『ゴーストライター』

『ゴーストライター』

原題:“The Ghost Writer” / 原作:ロバート・ハリス(講談社文庫刊) / 監督:ロマン・ポランスキー / 脚本:ロマン・ポランスキーロバート・ハリス / 製作:ロマン・ポランスキー、ロベール・ベンムッサ、アラン・サルド / 撮影監督:パヴェル・エデルマン / プロダクション・デザイナー:アルブレヒト・コンラート / 編集:エルヴェ・ド・ルーズ / 音楽:アレクサンドル・デスプラ / 出演:ユアン・マクレガーピアース・ブロスナンキム・キャトラルオリヴィア・ウィリアムズトム・ウィルキンソンティモシー・ハットンジョン・バーンサル、ティム・プリース、ロバート・パフ、ジェームズ・ベルーシ、デヴィッド・リントゥール、イーライ・ウォラック / 配給:日活

2010年フランス、ドイツ、イギリス合作 / 上映時間:2時間8分 / 日本語字幕:岸田恵子

2011年8月27日日本公開

公式サイト : http://www.ghost-writer.jp/

新宿武蔵野館にて初見(2011/10/22)



[粗筋]

 有名人の著書を代理で執筆する、いわゆるゴーストライターで稼ぐ男(ユアン・マクレガー)のもとに、エージェントのリック(ジョン・バーンサル)が大きな仕事を持ち込んできた。先のイギリス首相アダム・ラング(ピアース・ブロスナン)の自叙伝の執筆である。

 政治に関心のない男は自分には不向きな仕事だ、と乗り気ではなかったが、その率直さが側近に認められ、雇われる。

 性急な展開には、事情があった。かつてラングの書記官を務めていた前任者マカラが、大部の原稿を突き返され、プレッシャーのあまり泥酔し、フェリーから転落し溺死した、というのだ。男に与えられた執筆期間は僅かに4週間。至急着手するために、男はアダムが滞在する別荘のあるアメリカに発つ。

 男が到着した早々に、事件が起きた。ラング在任当時の国務長官イカート(ロバート・パフ)が、テロの容疑者を極秘にCIAに引き渡したというのだ。拷問を受けた容疑者のひとりは死亡しており、つまりラングに戦犯の容疑がかけられている。男は更に不安に駆られたが、大金のかかった仕事を逃すわけにもいかず、そのままラングの別荘へと赴く。

 原稿の持ち出しは厳禁、異様とも思える厳戒態勢のなか、男の執筆は始まった……





[感想]

 最近はサスペンス、というと“アクション”というフレーズが付け加えられたり、かなり極端なサプライズが用意されていたりと、派手な趣向のものが多い、ように感じる。実際にはそれなりに作られているはずだが、印象に残らないまま消えたり、そもそも日本に輸入されずに終わったり、というパターンがほとんどなのだろう。

 本篇はそうしたなかでは久々に、堂々たる、という形容詞を添えたくなるほど、惚れ惚れする佇まいのサスペンスである。

 大物政治家のゴーストライターを依頼される、という、よく聞くが物語としては特異なシチュエーションから、しばしば織り込まれる不穏な出来事。前任者の不審な死、ところどころに散りばめられた違和感や食い違いが、主人公を霧の中へと導いていく。

 やもすると登場人物を大仰に振る舞わせたり、派手な演出をしがちなところを、本篇は終始冷静な眼差しで描き続ける。視点が動揺していないからこそ、主人公が感じる得体の知れない脅威に対する怖れがはっきりと伝わる。終盤、フェリー乗り場を中心とする駆け引きが緊迫感を帯びるのは、そこまでに醸成した異様な気配があってこそだ。もし安易に騒ぎ立てるだけの演出にしていたら、あの成り行きは道化芝居にしか思えなかっただろう。監督を筆頭に、一級のスタッフが集ったことによる格調の高い映像や音楽も、物語に力を与えている。

 ムードは上々、あとは謎解きの出来栄えである。仮にサスペンスをテレビドラマなど安い仕上がりのものばかり観ていたとしたら、充分に驚かされるかも知れないが、多少こういうジャンルを掘り下げて楽しんだような人なら、恐らく“仕掛けを施したポイント”は察しがつく。だが、その結果が示すもの、生み出す余韻は絶妙だ。

 本篇の登場人物の行動は、すべてが明確に解き明かされる訳ではない。その中には、意図的に用意したものではなく、作り手がやや軽率に描いてしまったのではないか、と疑われる部分もあって、手放して賞賛するのは躊躇われる。だが、物語の流れに沿って深読みをすると、薄気味悪さ、おぞましさを齎す事実が幾つもあって、訝る以上に唸らされる。推測される黒幕の言動もさることながら、その立ち位置を誤認させ攪乱させるためのレッド・ヘリングが無数に泳がされ、それら自体もドラマとして成立させていることにも驚かされる。

 無駄が少なく、成熟した語り口は、結末の苦さにも拘わらず、甘美な後味を残す。きちんと現代を舞台にしながら、オールド・ファッションなサスペンスに似た香気を蘇らせた、逸品である。私が鑑賞した時点で既に2ヶ月という、入れ替わりの激しい昨今の封切り映画のなかで異例のロングランを続けているのも頷ける。





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