『プロジェクト・イーグル』

『プロジェクト・イーグル』 プロジェクト・イーグル [Blu-ray]

原題:“飛鷹計劃” / 英題:“Armour of God II : Operation Condor” / 監督:ジャッキー・チェン / 脚本:ジャッキー・チェンエドワード・タン / 製作:ウィリー・チェン / 製作総指揮:レイモンド・チョウ、レナード・ホー / 撮影監督:アーサー・ウォン / 編集:チェン・ユーチョン / 音楽:マイケル・ライ / 出演:ジャッキー・チェン、ドゥ・ドゥ・チェン、エヴァ・コーボ、マーク・エドワード・キング、池田昌子 / 配給:東宝東和 / 映像ソフト発売元:Twin

1991年香港作品 / 上映時間:1時間46分 / 日本語字幕:?

1991年3月9日日本公開

2011年11月11日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray DiscamazonBlu-ray Disc Box Set:amazon]

大成龍祭2011上映作品

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2011/10/16) ※イベント付上映



[粗筋]

“アジアの鷹”ことジャッキー(ジャッキー・チェン)はイタリア滞在中にふたたび伯爵に呼び寄せられ、仕事を頼まれた。第二次世界大戦中、敗色濃厚となったドイツ軍は、サハラ砂漠に設けた基地から撤退する直前に、資金である数百トンに及ぶ金塊を基地に埋めてきたらしい、という。伯爵は独自のルートで、封印された場所を開くための鍵だけは手に入れたが、他に必要となる情報が未だ見つからない。そこで伯爵はジャッキーに、手懸かりを含めた探索を依頼することにしたのだ。報酬は、発見される金塊の1%。

 ひとまずジャッキーは、当時サハラ砂漠に設けられた基地の副官の家族を当たってみることにした。赴いた住所は売り家になっており、試みに潜入してみたところ、そこには副官の孫娘エルザ(エヴァ・コーボ)が未だ暮らしており、ジャッキーたち同様に財宝を狙うイスラム教徒の二人組が潜入していた。家にもエルザの手許にも手懸かりはなく、ジャッキーは成り行きで二人組を撃退しただけに終わったが、エルザは大戦以降行方をくらました祖父のことが知りたい、とジャッキーに同行を願い出る。

 かくしてジャッキーは、伯爵に紹介された女性歴史家エイダ(ドゥ・ドゥ・チェン)と、イタリアの広場で出逢い道中で再会した日本人女性・桃子(池田昌子)を加えたパーティで、サハラ砂漠へと赴く。しかしそこには、予想外の危険が彼らを待ち受けていた――



[感想]

プロジェクトA2/史上最大の標的』、『ポリス・ストーリー2/九龍の眼』に続く、ジャッキー自身の監督作としては3つ目となるシリーズ化である。この時期にどうしてシリーズ化作品が増えたのかについては『〜九龍の眼』の感想の中で少し考察してみたので省くが、本篇の場合、20年を経た今年になって第3作の製作が始まろうとしていることを思うと、彼にとって純粋に愛着があったからこそシリーズに仕立てた、という背景があるのかも知れない。

 そうした思い入れも窺える、相変わらず問答無用に愉しい出来映えではあるのだが、同時にこの頃ジャッキーが繰り返してきた手法の限界が近づいてきたことをも感じさせる内容だったことに触れないわけにはいかないだろう。

 この時期のジャッキー作品は、そろそろパターンが固定しつつあった。荒唐無稽スレスレ、そして観ていて生命の危機を感じるくらいに際どいアクション・シーンをふんだんに盛り込む一方、狭い部屋の構造を活かした、コメディ描写を必ず何箇所か組み込んでいる。『スパルタンX』以降はここに女性を加え、ロマンスもコメディの枠内で描くようになっていった。

 本篇はこうした、少しずつひねりを加え新味を添えてきた演出が、遂に窮まってしまった感がある。

 味方側に女性を3人も加えたのは、シリーズ前作『サンダーアーム』で最後の敵がアマゾネス集団だった、というジャッキー作品でも異色の展開の逆を衝く、という趣向だったのかも知れないが、シャワーを浴びていた女性を巻き込んでのアクションや、砂漠で自由を奪われていた中でのやり取りに艶笑を添えるための狙いもあったのだろう。だがそれにしても、3人もいる必要はあったのか、という訝しさは否めない。

 アクションでも、橋やパイプ、タンクの上などを縦横無尽に行き来する立体的な表現は相変わらずだが、クライマックスでは基地内の実験施設を用いて、ほとんどコントとしか思えないような派手な格闘が繰り広げられる。渡り廊下の手摺などを駆使したトリッキーな動きはもはやヴァリエーションが限られ、前作で山腹から気球へのダイヴ、という極限に近い見せ場を繰り出してしまったため、それ以上のインパクトを示すために極端なアイディアを採用したのでは、と思われるが、突飛すぎるあまりに、ジャッキーや香港映画ならではの身体能力を駆使した映像、というよりは悪ふざけのように映ってしまう。

 そうした工夫が悪いわけではないし、ファンが愉しめるものを、そして期待に応えながらも新鮮な驚きを与える映像を、という意欲は一貫しており、そういう意味での快さ、娯楽性は充分に満たしている。ただその趣向の極端さは、敢えてパターン化を図ってきたこれらのスタイルが、そろそろ限度に来てしまったことをも感じさせてしまう。単独でみれば、やや支離滅裂、伏線を考慮したり終始一貫したテーマ性でもって観客を惹きつけるようなこともしていない、どちらかと言えば稚拙なストーリーではあるものの、理屈抜きの面白さがあって、約100分間退屈することのないパワーを漲らせていることは確かだが、ジャッキー作品を続けて鑑賞してきた者、こと私のように意識的に製作順に鑑賞する、ということをしてきた者には、その袋小路が間近に迫ったことを痛感してしまう内容だった。クライマックスの、あの状況だからこそ出来る大技や派手な見せ場には笑い興奮もしたものの、心境はかなり複雑だった。

 だが、ここで更に反復を繰り返して自家中毒に陥るような真似をしなかったこと、それこそ恐らく、ジャッキー・チェンという人物の、未だに第一線で活躍する映画人としての資質を証明する事実なのだろう。実際、更にシリーズが継続されることになった『ポリス・ストーリー3』は3作目以降ジャッキーがメガフォンを手放し、新しい才能に委ねられたうえで、題名を引き継ぎつつもシリアスな方向性へとシフトしていった。そして、充分な経験を積み重ねたうえでもういちど挑んだハリウッドで、遂に成功を手にするに至る。そう考えると本篇は、極めて重要な分岐点に位置する作品だったのかも知れない――『ポリス・ストーリー3』やハリウッドでの成功をもたらした『レッド・ブロンクス』はこれから観るところなので断言はしたくないが、フィルモグラフィーを眺める限り、そんなふうに思えてならないのである。

 そして、20年を経た今になって3作目に着手したのは、もはやスタイルに縛られる必要も感じなくなった、本当の自信の現れなのかも知れない――ふたたび復活する“アジアの鷹”が、この頃のように妙にニヒルで、しかし愛すべき人物のまま再登場するのか、それとも年輪を得て重厚な人間性を備えた新しい表情を見せるのか。ジャッキーの出す答を愉しみに待ちたい。



関連作品:

サンダーアーム/龍兄虎弟

プロジェクトA2/史上最大の標的

ポリス・ストーリー2/九龍の眼