『ラスト・エクソシズム』

『ラスト・エクソシズム』

原題:“The Last Exorcism” / 監督:ダニエル・スタム / 脚本:ハック・ボトコ、アンドリュー・ガーランド / 製作:エリック・ニューマン、イーライ・ロス、マーク・エイブラハム、トーマス・ブリス / 製作総指揮:ハック・ボトコ、アンドリュー・ガーランド、フィル・アルトマン、ロン・ハルバーン / 共同製作:パティー・ロング、ガブリエル・ニーマンド / 撮影監督:ゾルタン・ホンティ / プロダクション・デザイナー:アンドリュー・ボーフィンガー / 編集:シルバ・カンナ / キャスティング:ローレン・ベース / 音楽:ネイサン・バー / 出演:パトリック・ファビアン、アシュリー・ベル、アイリス・バー、ルイス・ハーサム、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ / アーケード・ピクチャーズ製作 / 配給:Comstock Group×KLOCKWORX

2011年アメリカ作品 / 上映時間:1時間27分 / 日本語字幕:田中和香子 / PG12

2011年10月8日日本公開

公式サイト : http://www.lastexorcism.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2011/10/16)



[粗筋]

 コットン・マーカス(パトリック・ファビアン)は、長年にわたりルイジアナ州バトンルージュで牧師として働いていた。父から福音書の手解きを受け、幼くして祭壇に昇ったマーカスにとって、聖書は経営の指南書であり、説教は商売の手段であった。

 その必要性から、やはり小さい頃に“悪魔祓い”の儀式に携わっていたマーカスだったが、悪魔祓いの儀式によって子供が死んだ、という新聞記事を眼にしたときから、常々抱いていた疑念が一気に膨らんだ。この世に悪魔などいない、必要なのは精神科医であって、いたずらに幼い子供を危険に晒す儀式など、あってはならないのだ。

 そこでマーカスは、ドキュメンタリー映画の製作を企画した。私書箱に届く、悪魔祓いの依頼のなかから無作為に1通を選んで、本人を訪ねる。そしてその一部始終を撮影し、“悪魔祓い”が如何に欺瞞に満ちているか、はっきりと証明してみせよう。

 マーカスが引き当てたのは、都市部から遥かに離れた地点にあるアイヴァンウッドという集落に暮らす、ルイス・スウィーツァー(ルイス・ハーサム)という人物からの依頼であった。最近、家畜がやたらと殺される。どうやらそれは、悪魔に取り憑かれた娘の仕業らしい……

 疑う余地なく、娘が心を病んでいる、というのがマーカスの見解だったが、そうした感情は捨てて、いつものように“商売”を行うべく、マーカスは撮影クルーを伴って現地に赴いた。多くの農家が数百年にわたって根ざし、原理主義者が多いために教育も行き届かない傾向にあるこの土地での仕事は、マーカスにとって容易いもののはずだった……



[感想]

エクソシスト”×擬似ドキュメンタリー方式、という、ありそうでいてなかなか作例の思い浮かばない組み合わせも絶妙だが、本篇はたとえば安易に、“悪魔祓い”を取材に来たクルーが偶然目撃してしまった衝撃の光景をスクリーンに映す、というお定まりの設定を用いていない、その点がまず見事だ。

 あくまでフィクションではあるが、序盤で語られる情報は、少し調べてみれば事実に即していることが解る。実際に、ヴァチカンが認める公式な“エクソシスト”が活動していることは、『ザ・ライト 〜エクソシストの真実〜』の中でも描かれているし、その儀式の過程で哀しい犠牲者が出ていることも事実だ。宗教は違うが、日本においてもこうした“お祓い”の名目で施された暴行により、子供が死亡する事故が2011年にも報じられている。そういう背景に基づいて、これ以上死者を出すまいと、“悪魔祓い”の欺瞞を暴くドキュメンタリー映画を、他ならぬ牧師自身が企画する――このひねりの効いた切り口自体が既に巧い。彼がどのようにインチキ悪魔祓いを行ってきたのか、それをカメラの前でどう暴いていくのか、そういう一般のホラー映画とは異なった興味を惹くことで、やもすると退屈になりがちな導入を魅力的に見せている。

 主な舞台は、これもホラーではよく舞台に採り上げられる原理主義者の人々が暮らす、古い集落である。識字率の低い土地柄であるところへ、更に依頼人であるルイスは、問題が生じていると思しい娘を数年前から学校に行かせず、自ら教育を施している。それ故にスウィーツァー家に漂う危うい雰囲気が如何にもホラー映画めいた薄気味悪さを演出する一方で、そんな“無知”に映る彼らを前に、映画の企画者である牧師が見せる行動はいっそコメディめいている。なまじリアリティを保っているだけに、不謹慎な笑いにずっと唇を歪めてしまう人も少なくないはずである。

 中盤までのこうした描き方も秀逸だが、しかし本篇の凄味はそこから先だ。冒頭に掲げられる一文が暗示するとおりに、ここから事態は予想外の方向へと進んでいく。そうして辿り着く結末は、確かに“衝撃”と呼ぶのに相応しい。

 この状況そのものも、作品の背景を思えば決してあり得ないものではないだけに唸らされるが、しかし本当に瞠目すべきは、この結末を見据えた上で、本篇が最後まである一線を保ち続けていたことなのだ――最後の驚きにも直結することなので詳しくは書けないのが歯痒いが、この結末の発想と、それを支えるために選んだ描き方が、本篇を単なる“悪魔祓い”の映画に留めていない、ということぐらいは明言しておきたい。

 ホラー映画の基礎を押さえながら、一筋縄で行かない展開に持ち込んで注目を浴びた『キャビン・フィーバー』でデビュー、その後様々なスタイルで活躍を続けるイーライ・ロスが製作に名を連ねていることからも、恐らく単純な“悪魔祓い”で済ますまい、とは予想していたが、これは素晴らしかった。あちこちで血が流れ、凄惨である一方で、狂った笑いをも齎す描写にも異様な魅力を備えているが、しかし何よりも、ホラー映画ではお馴染みのシチュエーションを巧みにミックスして、マニアには受け入れやすく、その上で芯の通った意外性とおぞましさを演出していることが賞賛に値する。

 ある意味で、悪魔の奸計の恐ろしさを、他のどんな作品よりも正確に切り取った傑作と言えよう。





関連作品:

エミリー・ローズ

ザ・ライト 〜エクソシストの真実〜

インシディアス

宇宙人ポール

キャビン・フィーバー

ホステル

ホステル2