『エイリアン』

エイリアン [Blu-ray]

原題:“Alien” / 監督:リドリー・スコット / 原案:ダン・オバノン、ロナルド・シャセット / 脚本:ダン・オバノン / 製作:ゴードン・キャロル、デヴィッド・ガイラー、ウォルター・ヒル / 製作総指揮:ロナルド・シャセット / 撮影監督:デレク・ヴァンリント / 美術:ロナルド・コッブ、レスリー・デイリー、ロジャー・クリスチャン / 衣裳:ジョン・モロ / キャラクター・デザイン:H・R・ギーガー / 特殊効果:カルロ・ランバルディ / 特撮:ブライアン・ジョンソン / 編集:テリー・ローリングス、ピーター・ウェザリー / 音楽:ジェリー・ゴールドスミス / 出演:トム・スケリットシガーニー・ウィーヴァージョン・ハートヤフェット・コットーハリー・ディーン・スタントン、ヴェロニカ・カートライト、イアン・ホルム / 声の出演:ヘレン・ホートン / 配給&映像ソフト発売元:20世紀フォックス

1979年アメリカ作品 / 上映時間:1時間57分 / 日本語字幕:岡枝慎二

1979年7月21日日本公開

2011年11月23日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon|アンソロジー Blu-ray BOX:amazon]

第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series2 青の50本》上映作品

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2011/10/05)



[粗筋]

 宇宙貨物船ノストロモ号は、一路地球を目指していた、はずだった。長期睡眠中だった7名の乗員たちが管理コンピューター“マザー”(ヘレン・ホートン)に起こされてみると、船は何らかの要因により軌道を変更され、地球から遥か離れた場所にいた。

 原因はどうやら、謎の信号を受信したことによるらしい。パーカー(ヤフェット・コットー)やブレット(ハリー・ディーン・スタントン)たち整備士は構わずに帰路に就くことを主張するが、船員は救難信号を受け取った場合、救助することが契約で義務づけられている。ダラス船長(トム・スケリット)は信号を発する惑星へとシャトルを発進させた。

 惑星には、激しい嵐が吹き荒れていた。ダラス、ケイン(ジョン・ハート)、ランバート(ヴェロニカ・カートライト)の3人が宇宙服をまとい、発信源に赴くと、そこには遙か昔に着陸したと思しい、異星人の宇宙船がある。既に化石となっている遺体を乗り越え、内部を奥へと進むと、広大な空間に何らかの生物の卵らしきものが産みつけられていた。先行してそれらを発見し、様子を窺っていたケインは、卵から突如飛び出してきた生物に襲われてしまう。

 船内に残っていた飛行士のリプリー(シガーニー・ウィーヴァー)は、他の船員たちを守るために24時間隔離することを主張したが、技師のアッシュ(イアン・ホルム)は独断で3人を中に入れた。

 感染症に対する恐れの拭えないリプリーをよそに、船員たちはケインの容態を確かめる。ケインの顔には、未知の生命体ががっしりと貼りついていて、容易には引き剥がせなくなっていた。触手を切り落とそうと刃を入れると、強酸性の体液が船体に穴を開けてしまい、迂闊に手出しすることも出来ない。

 船員たちの要請もあり、解決のつかないまま、ノストロモ号は既にふたたび宇宙空間に戻っていた。自らがどんな悪夢を招き入れたのか、理解することもなく……



[感想]

 本篇の製作された当時は、まだ映画にCG技術はほとんど採り入れられていなかった。今となってはかなり稚拙なクオリティであったCG映画『トロン』が発表されるより前であるだけに、恐らくこうした技術の変化を本気で予測していた人も少なかっただろう。

 だが、CGが本格的に導入される以前に、常識を超え、想像を刺激する映像が作れなかったわけではない。SF映画の金字塔となった『スター・ウォーズ』シリーズは1977年の製作であったし、本篇もそれから僅か2年のちの作品なのである。

 いま観ても『スター・ウォーズ』の映像には唸らされるが、しかし本篇のオープニングのインパクトはそれ以上と言っていい。恐らくミニチュアなどを用いたものなのだろうが、その精巧さ、リアリティにしばし見惚れてしまう。

 しかし、本篇の場合は臨場感に加え、その美術、撮影手法に独特の美学が感じられることが大きな魅力となっている。いまとなっては古典的に思える、だがさほど類例の思い浮かばない貨物船の外観に内装もさることながら、とりわけ傑出しているのは、タイトル・ロールでもある“エイリアン”の造形だ。日本ではこの作品によって一躍その名を知らしめた、しかし海外では少し前から注目度の高かったH・R・ギーガーによる、グロテスクながらも生き物らしい妖しさを湛えた“エイリアン”のデザインは、映画に登場したクリーチャーの最高峰のひとつと言っても過言ではないだろう。

 そして、そのデザインに負けず劣らず、巧妙に構築された“エイリアン”の生態が秀逸だ。作品がシリーズ化されることによって、その設定や個々の形態についての解説が為されるようになり、初めてリアルタイムで鑑賞したのは『エイリアンVS.プレデター』のような派生作品だった、という私は、“エイリアン”についての細かな生態を知ったうえで鑑賞したのだが、そうした予備知識をなかったものと自分に言い聞かせつつ観ると、まったく詳細は不明ながらも、きちんと筋の通った、そして物語の展開に奉仕するような設定を組み込んでいることに驚かされる。かなり長い時間卵の状態で留まりながら、生物の接触で突如孵化して襲いかかり、獲物を生かしたまましばし寄生する。メスで体表に傷をつけると、宇宙船の隔壁を溶かすほど強い酸性の体液を流す。やがて幼体は息絶えるのだが、本当の恐怖はそこから始まる――SF映画だからこその独創性、意外性のある生態は、これをトレースしていくだけでもドラマが生まれるほど完璧だ。

 その上で本篇は、人間側の配置、状況にも、リアリティを感じさせる工夫や、緊張感を膨らませるための仕掛けを欠かしていない。惑星に着陸し、負傷した乗員を収容する際、責任の所在を巡って行われる駆け引き。契約内容について、乗員ごとに認識の違いがあり、それが終盤での思わぬ事態に繋がっていくあたりの趣向は、“エイリアン”の奇妙な生態に劣らぬ、人間たちのグロテスクな実像をも仄めかす。このあたりは、ゾンビ物のお約束や制約を敷衍した傑作をのちに発表する、優れた脚本家であったダン・オバノンの手腕かも知れない。

 プロット的には単純に見えて、巧緻に組み立てられた物語を、リドリー・スコット監督が優れた感覚で、いっそう研ぎ澄ませている。2000年代に入って以降もスタイリッシュな映像に彩られた傑作を繰り返し発表しているスコット監督のセンスは、長篇映画デビュー間もない頃に手懸けた本篇で既に遺憾なく発揮されており、空間の広がりも閉塞感もビリビリ来るほどに体感させる。これは脚本の時点で既にそうだったのだろうが、あまり“エイリアン”の本体を過剰に見せなかったことも、その緊迫感の演出に寄与している。緻密に組み立てた設定を誰ひとりきちんと解説せず、異様な外観も積極的に見せないからこそ、本篇は異様な恐怖が持続するのだ。

 多大な犠牲を払いながら、どうにか落着した、かに見えるラストシーンも、しかしすれっからしの観客の眼には、不穏な気配を宿しているように映る。果たしてそこまで狙っていたか、実のところ疑わしいように思うが、何一つゆるがせにせず組み立てているからこそ、狙いを越えた効果も生まれるのだろう。綺麗に締めくくったあとに3作もの続篇が制作され、更に別のクリーチャーとの対決を描いた番外篇まで誕生したこと、それ自体が本篇の驚異的な完成度を証明している。



関連作品:

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