『卒業』

卒業 【Blu-ray ベスト・ライブラリー100】

原題:“The Graduate” / 原作:チャールズ・ウェッブ / 監督:マイク・ニコルズ / 脚本:バック・ヘンリーカルダー・ウィリンガム / 製作:ローレンス・ターマン / 製作総指揮:ジョセフ・E・レヴィン / 撮影監督:ロバート・サーティース / プロダクション・デザイナー:リチャード・シルバート / 編集:サム・オスティーン / 衣裳:パトリシア・ジプロット / 音楽:ポール・サイモンデイヴ・グルーシン / 演奏:サイモン&ガーファンクル / 出演:ダスティン・ホフマンアン・バンクロフトキャサリン・ロスマーレイ・ハミルトンウィリアム・ダニエルズエリザベス・ウィルソンバック・ヘンリーエドラ・ゲイル、ウォルター・ブルック、ノーマン・フェル、アリス・ゴーストリー、ブライアン・エイヴリー、マリオン・ローン / 配給:日本ユナイテッド・アーティスツ / 映像ソフト発売元:GENEON UNIVERSAL ENTERTAINMENT

1967年アメリカ作品 / 上映時間:1時間47分 / 日本語字幕:須賀田昭子

1968年6月8日日本公開

2011年6月22日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series2 青の50本》上映作品

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2011/08/25)



[粗筋]

 両親が催した卒業パーティのさなか、主役であるはずのベンジャミン・ブラドック(ダスティン・ホフマン)は苛立っていた。原因は自分でもよく解らない。ただ、先の見えない将来に言いようのない不安を感じているからかも知れなかった。

 場を逃れるように部屋に駆け込むと、なぜかそこで、ロビンソン夫人(アン・バンクロフト)が煙草を吸っていた。車で送って欲しい、という彼女を、ベンジャミンは最初は拒むが、妙に執拗な彼女の態度に根負けして、プレゼントされたばかりの車で送り届ける。

 だが、ロビンソン夫人の奇妙な行動はそれだけに留まらなかった。家に着くと、夫のロビンソン氏(マーレイ・ハミルトン)が数時間戻らないことを仄めかし、現在バークレー大学に通っている娘の部屋のベッドでアクセサリーを外し、不穏な成り行きに帰ろうとするベンジャミンの前で全裸を晒し……ロビンソン氏の車の気配に、慌てて階下で一杯飲んでいるふうを装って事無きを得たが、ベンジャミンの動揺は著しかった。

 そして、結局は誘惑を断つことが出来なかった。後日、ベンジャミンはロビンソン夫人に連絡を取り、ホテルのバーで待ち合わせ、ぎこちなく部屋を取ってロビンソン夫人と別々に入り、更に逡巡した挙句に、ベッドを共にする。

 ろくに会話もせず、身体を重ねるだけの奇妙な逢瀬は数ヶ月に及んだ。卒業以来、進路を見いだせずに実家でうだつの上がらない日々を送る我が子に、ベンジャミンの両親は、折しもバークレー大学から一時的に帰省したエレイン(キャサリン・ロス)とデートをするように薦める。

 だが、どういうわけかロビンソン夫人はエレインとベンジャミンが接近することに拒否反応を示した。しかし、両親が頑強に薦めるのを断り切れなかったベンジャミンは、久々に逢ったエレインを、とんでもないところに連れて行ってしまう……



[感想]

 この映画と言えば、誰しもが思い浮かべるのが有名なクライマックスだろう。ダスティン・ホフマン演じるベンジャミンが、他の男と結婚式を挙げるエレインを攫っていく、有名なくだりである。コメディ映画でも無論、テレビのコントでも、それ以外の様々な作品でパロディが披露されているので、『卒業』といえばあのシーン、というぐらいに定着している。

 それ故に、本篇をロマンスと捉えている向きもあるのではなかろうか。かく言う私も、どちらかと言えばロマンス風味の強い青春映画、ぐらいに考えていた。

 だがこの作品、ロマンスと捉えると、いささか背骨が弱く感じられる。ベンジャミンとエレインが惹かれあう過程や、すれ違いを起こす局面が非常にさらっと描かれているうえ、あのラストシーンを除くと、ロマンティックというよりは全体にコミカルだ。

 実は――と言っても粗筋をご覧いただければ解るとは思うが――エレインよりも遥かに存在感を発揮するのは、彼女の母親であるロビンソン夫人である。最初、家族ぐるみの付き合いをしている彼女からの誘いをベンジャミンは固辞するが、恐らくは好奇心と、大人になる、ということへの焦りから屈してしまう。そして、それがお互いにとって非常に危ういものであることを察しながら、ずるずると関係を続けてしまう。

 本篇はロマンスであるよりも遥かに、ベンジャミンという人物の青春を描き出したドラマなのである。そして、ロビンソン夫人やその娘エレインとの関係を通して描かれるのは、家族を中心とする人間関係に縛られ、ろくに自分で思考することも出来ない青年の煩悶だ。

 そう考えると、この物語は最初から象徴的な描写に彩られている。ベンジャミンが初めてスクリーンに顔を見せるとき、その前には別の人物の姿がかぶっている。何か行動を起こそうとすれば、誰かしら声をかけて遮り、ようやく解放されたと思ったら、早い話がロビンソン夫人の蜘蛛の巣に絡め取られている。

 ロビンソン夫人との爛れた関係が続く中で、ベンジャミンは終始、虚しさを感じているように映る。学校生活の中で得たものも、両親が自慢の種に使うだけで、彼の進路を決める役には立たない。卒業後も怠惰にモラトリアムを過ごす彼に、エレインと逢うことを勧めるのも両親なのだ。

 物語を追うにつれ明瞭になるのは、何も自分で決めることが出来ない、という主人公像だ。勉強は出来るようだが、何一つ決められない。両親に促されてデートしたエレインを、普通女性を伴って訪れないような店に連れて行ったのは、非常に幼稚な抵抗だ。

 そんな彼が、エレインに対して本当に抱いた恋心をきっかけに、初めて自分の意志で行動する。傍目には突拍子もなく、両親の財産と自らのモラトリアムに依存した甘ったれた振る舞いであり、どうしても滑稽に映るが、それでも未来を見定められない序盤の姿よりは遥かに精気に満ちている。

 それでも幾度か巡り逢う難局の果てにようやく辿り着くのが、あのエンディングなのである。確かに、決して尺は長くなくとも、紆余曲折をちゃんと織りこんだエレインとのロマンスがあってこそ成立するクライマックスであり、その意味ではロマンスでもあるのだが、あの場面で重要なのは、自らの行動を制約していた家族のしがらみを断ち切る行為そのものなのだ。

 客観的に考えれば、賢明な選択とも言い難い。最初のくだりで、ベンジャミンがロビンソン夫人をエスコートするのは、両親からの卒業祝いである高級車であるのに対し、花嫁姿のエレインの手を取って乗り込むのは、大勢の年老いた人々を乗せた、古びたバスである。しがらみに組み込まれたままであれば安穏と過ごせたかも知れない人生を、わざわざ苦労の多いほうへとシフトしていってしまったようにも映る。

 だがそれでも、自分で道を定め、飛び出していったベンジャミンの姿は活き活きとしている。実際に彼らが幸せになったかどうかは別として、エレインと微笑みあう様は観ていて確かに快い。

 だからこそ本篇のタイトルはたとえば“愛の逃避行”とかいった、エレインとのロマンスを匂わせたものではなく、“卒業”というタイトルが選ばれたのだろう。作中では、実際にベンジャミンが大学を卒業するくだりは描かれていないが、本篇はいわば長い長い、本当の卒業式を描いたものであり、あのラストシーンが印象的なのはロマンスの頂点にあるからではなく、長すぎる式次第のフィナーレだからなのだ。



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