『ピラニア3D(吹替)』

『ピラニア3D(吹替)』

原題:“Piranha 3D” / 監督&製作:アレクサンドル・アジャ / 脚本:ピーター・ゴールドフィンガー、ジョシュ・ストールバーグ / 製作:マーク・キャントン、マーク・トペロフ、グレゴリー・ルヴァスール / 製作総指揮:ボブ・ワインスタインハーヴェイ・ワインスタイン、アリックス・テイラー、ルイス・G・フリードマン、J・トッド・ハリス、チャコ・ヴァン・リューウェン / 撮影監督:ジョン・R・レオネッティ,ASC / 特殊メイク効果:グレゴリー・ニコテロ、ハワード・バーガー / 特殊効果:デレク・ウェントワース / プロダクション・デザイナー:クラーク・ハンター / 編集:バクスター / 衣装:サーニャ・ミルコヴィッチ・ヘイズ / キャスティング:アリッサ・ワイスバーグ,CSA / 音楽:マイケル・ワンドマッチャー / 出演:エリザベス・シューアダム・スコットジェリー・オコンネルヴィング・レイムスジェシカ・ゾー、スティーヴン・R・マックイーン、ケリー・ブルック、ライリー・スティール、リカルド・アントニオ・チャビラ、ディナ・メイヤー、ポール・シェアー、ブルックリン・プルー、セイジ・ライアン、ブライアン・クーバッハ、グレゴリー・ニコテロ、イーライ・ロスクリストファー・ロイドリチャード・ドレイファス / 日本語吹替版声の出演:櫻井孝宏坂本真綾三石琴乃東地宏樹小山力也穂積隆信柴田秀勝白石涼子釘宮理恵田村ゆかり勝杏里出川哲朗 / 配給:Broadmedia Studios

2011年アメリカ作品 / 上映時間:1時間29分 / 日本語字幕:岡田壯平 / R-15+

2011年8月27日日本公開

公式サイト : http://www.piranha-3d.jp/

TOHOシネマズ渋谷にて初見(2011/08/27)



[粗筋]

 アメリカ南西部にあるヴィクトリア湖に面した田舎町で、“スプリング・ブレイク”恒例のお祭り騒ぎが始まろうとしていた。開放的になった女たちと、欲望を剥き出しにした男たちが群れ集い、乱痴気騒ぎを繰り広げるこのイベントを、ジェイク(スティーヴン・R・マックイーン/櫻井孝宏)も楽しみにしていた。

 だが、ジェイクには母ジュリー(エリザベス・シュー三石琴乃)から仰せつかった、妹ローラ(ブルックリン・プルー/釘宮理恵)と弟セイン(セイジ・ライアン/田村ゆかり)の子守り、という重大な使命がある。半ば諦めかかっていたジェイクだが、前日にダニー(ケリー・ブルック白石涼子)とデリック(ジェリー・オコンネル東地宏樹)というふたりと知り合ったことで、母の命令に背く覚悟を決めてしまった。

 デリックは各地で、男性の欲望剥き出しの下世話なポルノ映画を撮影している監督であった。スタッフが直前でひとり欠けてしまい、現地の情報を提供させる狙いもあって、たまたま知り合ったジェイクに縋ったのである。母にバレたら殺される、と畏怖しながらも、欲望に屈したジェイクはこの話を受けてしまう。

 ジェイクが期待に悶々としているころ、母のジュリーは保安官として、同僚のファロン(ヴィング・レイムス出川哲朗)に呼び出され、古い船着き場に向かっていた。前日から行方不明になっていた海洋学者のマット(リチャード・ドレイファス柴田秀勝)のボートがその近くで発見されたのである。現場に赴いたジュリーは、その付近でマットの遺体も発見する。彼の肉体は、惨たらしく食い千切られていた。

 静かなヴィクトリア湖に、なにか危険が迫っている。ジュリーは湖を立ち入り禁止にすべきだ、と提案したい想いに駆られたが、この書き入れ時に提案される可能性は低かった。

 そして、お祭り騒ぎが始まった。やがてそれが、地獄絵図にすり替わることも知らずに……。



[感想]

 映画を観ることで、何か貴重な経験、教訓を得ることを欲しているような人は、本篇など観ない方が無難だろう。そういう境地から、最も遠いところに本篇は位置している。

 いちおうざっと粗筋を記しはしたが、これは結局、本筋への少々迂遠な導入に過ぎない。結局のところ本篇の目的は、ラスト40分ほどに繰り広げられる阿鼻叫喚の地獄絵図を描き出すことにしかないのだ。

 そもそも、何か複雑な意志があるわけでもなく、ひたすら食欲に駆られ水中を跋扈するピラニアたちを主役にして、何らかのドラマが生まれるはずもない。この作品では、湖の平和を守る立場にある保安官であるジュリーと、彼女の家族を軸にすることでいちおう物語に起承転結をつけているが、そこに教訓めいたものはないし、多くの登場人物の行動はおよそ類型的で、映画として何か先進的なアイディアを付与しているわけでもない。常に新しい趣向や変革を、と前向きに志向している人にとっては、はっきりと観る価値のない映画と言い切れる。

 では駄作か、詰まらない作品か、と問われれば、私は真っ向切って“Nooooo!!”と応える――いやそこまで大声は出さないか。

 確かに、ただただ人が喰われるのみ、そこにお色気を付け加えただけ、という表現をすると駄作に思えるが、しかし本篇はその徹底ぶりがただ事ではない。

 序盤は、随所にのちの阿鼻叫喚を予見させる惨劇を組み込みながら、基本的にはお色気過剰なバカ騒ぎを徹底して描いている。たぶん脳味噌桃色の健全な男子が、せっかくの3D映画ならこういうものが観たい、と妄想するものは、直接的な性行為以外ほとんど詰まっている、と言っていい。湖畔で大騒ぎする女性達の胸許、腰回りにズームアップするのは当たり前、中盤では踊る女たちの胸を覆うTシャツを水で濡らして透けさせるイベントがあり、湖中で絡みあうように泳ぐ全裸の美女ふたり、なんて場面もある。『アバター』やアメコミ・アクション系統のお行儀のいい作品ではあり得なかった、けれど観られると言われたら観たくなる類の映像がふんだんに詰めこまれている。あったら面白いけど出来れば避けて欲しい、というものまで立体視させるのだから、苦笑いするほかない。

 そしてそのくだりが過ぎると一転、これでもか、とばかりに残酷描写のオンパレードとなる。浮き輪に座っていた女性はお尻から貪られ、泳ぎ逃げ惑う人々の肉体を無数の悪魔たちが食い荒らす。そんな中で、湖上に浮かせたステージを支えるワイヤーが外れて、というお定まりの惨劇も起きるし、自身が悽愴な描写を詰めこんだゴア・ムービーで高く評価されたイーライ・ロスが演じるイベント司会者など、ピラニアとは別の原因で絶命する。流れ出した大量の血で湖が血に染まる光景はまさに悪夢だ。

 なのに爽快なのは、ホラー映画では多用される手法だが、殺される者を徹底的に悪者か、観ていて苛立つ大バカヤローに仕立てる、というのを過剰なまでに徹底していることだろう。基本的にこの作品に悪人と言える人物は多くない――惨劇のさなかでサイテーな真似をする奴がひとりいるが――が、ほぼ全員大バカヤローである。序盤の乱痴気騒ぎまではいいが、関係者までが惨殺されるに及んで、ジュリーたち保安官が一刻も早く水から上がるよう指示しているのに、お祭り騒ぎを続け、むしろこれ見よがしに湖中に飛び込んでいくさまは、観ながら「死ねばいいのに」とちょっと本気で思うほどだ。そして、期待通り無惨に殺されるか、壮絶な状態で引き上げられる。顔をしかめながらも画面から目が離せないのは、このホラー映画としてはオーソドックスな仕掛けを、過剰なまでに実践しているが故だ。

 一方で、こちらもごくごくオーソドックスではあるが、物語としての起承転結をつけるための細工も怠りない。実質的な主人公ジェイクの、恋や家族との関係に悩み、自分の行動にも迷いを禁じ得ない姿、そんな彼を翻弄する幼い弟妹に、気のある女友達。お色気やユーモアをまぶしながらも、そうしたジェイクの心情を巧みに揺さぶる出来事を組み込み、クライマックスに繋げていく。ジェイクと関わる人々の死ぬ順番まで、お約束通りではあるがきちんと考慮してあるのだから、いっそ感心させられる。

 とことん俗悪で下品、欲望に忠実極まりない作品。だが、だからこそ現実世界では味わえないカタルシスを、この作品は与えてくれる。

 良識派でいたいというなら、無理に観る必要はない。ただ、ここに記されたことに少しでも興奮を覚えるような人は、恐る恐るでも劇場に足を運ぶことをお薦めする。きっと、罪悪感を覚えながらも、最近なかなか味わうことの出来なかった種類の爽快感に浸れるはずだから。



 ――と、内容的にはほぼ満足なのだが、ちょっと惜しむらくは、ところどころ3D効果がおかしくなっている箇所があることだ。

 既に3D専用のカメラが普及しつつある時期に製作が始まったはずの本篇だが、予算の都合から2Dのカメラを用い、3D効果を考慮して撮影を行ったという。それ故に、ある程度3Dならではの醍醐味が堪能できる画になっているのは確かだが、後処理で3Dにしているため、例えば金網越しの光景や、草木の密集する箇所での映像は、どうも立体感が狂っているような気がしてならなかった。本来、奥にあるべき光景が、草木や金網の手前にあるような錯覚を起こし、違和感がある。

 3D上映のシステム、観るこちらがわのコンディションも影響しているのかも知れないところなので、本篇の欠点である、とは断言しにくい。まして、立体的に見せたい、と製作者たちが考えたであろう箇所とは別の場面の話なので、観ていて違和感を覚えたとしても、さら、っと過ぎてしまうだろう。

 それでも、出来ればもう少し丁寧に作って欲しかった、という印象は受けた――不要な部分で敢えて手を抜き、肝心の部分に力を傾注する、という趣向を本気でやっていたのだとしたら大人しく平伏するが。



 ふだん私は、あまり吹替版で映画を観ることはしない。絶対に駄目、ということはないが、吹替版と字幕版が同じ劇場でかかっているなら、出来るだけ字幕版を選ぶ。

 だが、本篇に限って、ほとんどの劇場で字幕版を上映しているなか、敢えて吹替版で鑑賞したのは、吹替のキャストが“本気”だったからだ。

 一般に、劇場でかけられる洋画の吹替版には、有名俳優やタレントなど、声優として活動していない著名人が起用されがちだ。こういう人々は、一部の例外を除いて、たいてい声の演技を学んでいないので、非常に聞きづらかったり、馴染まずに終わってしまうことがままある。話題作り、という側面もあるため致し方ないのだが、劇場でも自宅でも頻繁に映画を観るような人間は、プロによる安定感のある吹替に慣れているので、そうした宣伝目的の吹替版に拒絶反応を示すことが多い。

 しかし本篇は、本職の声優を起用している。逞しい母親であるジュリーに、セーラームーンや『エヴァンゲリオン』のミサト役で知られる三石琴乃、彼女と共にクライマックスで活躍する学者には『24』ジャック・バウアーですっかりお馴染みになった小山力也など、ツボを押さえた配役が光っている。アジャ監督らが悪戯心で起用したクリストファー・ロイドリチャード・ドレイファスには、元ネタの吹替を実際に行った声優をあてがっているあたりなど、実に気が効いている。

 これも逆の話題作りではあるのだが、どちらのほうがマニアに好感を齎すか、と問われれば、間違いなく本篇のやり方のほうだろう。前述の通り、吹替版の上映館は少なめなのだが、日本の配給元の心意気に打たれた、という方は多少無理をしてでも吹替版を鑑賞するために足を伸ばしていただきたい。

 ……ちなみに私は、特に白石涼子の声が聴きたい、という理由で吹替版を選択しました。大満足です。ほとんどあらゆるパターンの声が聴けたし。



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