『小川の辺』

『小川の辺』

原作:藤沢周平 / 監督:篠原哲雄 / 脚本:長谷川康夫飯田健三郎 / 撮影:柴主高秀 / 照明:長田達也 / 美術:金田克美 / 装飾:大坂和美 / 編集:奥原好幸 / 音楽:武部聡志 / 出演:東山紀之菊池凛子勝地涼片岡愛之助尾野真千子松原智恵子藤竜也笹野高史、西岡恕y馬 / 製作プロダクション:デスティニー / 配給:東映

2011年日本作品 / 上映時間:1時間44分

2011年7月2日日本公開

公式サイト : http://www.ogawa-no-hotori.com/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2011/07/14)



[粗筋]

 海坂藩藩士戌井朔之助(東山紀之)のもとに、老中(笹野高史)からの呼び出しがかかった。脱藩のかどで追われている佐久間森衛(片岡愛之助)の討手に、朔之助が選ばれた、というのである。

 最初は固辞した。森衛は朔之助にとって、妹・田鶴(菊池凛子)の婿であり、義理の弟にあたる。だが、藩主(池内万作)の農業施策に異議を唱え不興を買った結果出奔した森衛の行動は、一部から同情を受けていたものの、戌井家の立場を悪くしていた。このうえ、上意討ちの命を拒めば、いよいよただ事では済まなくなるのは眼に見えている。母(松原智恵子)は大いに嘆いたが、父(藤竜也)の後押しもあり、朔之助は出立を決意した。

 旅立ちの前夜、戌井家に幼い頃から仕える若党の新蔵(勝地涼)が朔之助の部屋を訪ね、同行を申し出る。森衛たちの潜伏先に辿り着いたあと、朔之助自らが探し歩けば、相手に勘づかれる恐れがある。その際は自分が代わりに行方を探る――この申し出を、朔之助は神妙に受け入れた。

 森衛と田鶴の夫妻は、先に赴いた討手により、江戸の先、行徳宿の周辺にいるらしい、ということまで突き止められている。朔之助は、田鶴や新蔵と過ごした幼い日々を脳裏に蘇らせながら、ゆっくりと足を進めた……



[感想]

たそがれ清兵衛』以来、藤沢周平の小説に基づいた時代劇がコンスタントに作られるようになった。チャンバラや歴史の背後にある愛憎劇を描き出すのではなく、海坂藩という虚構の舞台を東北に置き、役人として生きる侍たちや、それぞれの領分を守って働く庶民たちの暮らしぶりを描き出す筆致や、日本ならではの風景を織りこんだ物語が、昨今の日本映画に求められるものとうまく一致したからであろう。先鞭をつけた山田洋次監督は『武士の一分』を最後にいちど藤沢作品と訣別したが、それ以降にも『山桜』や『必死剣鳥刺し』が他のスタッフによって制作され、愛好家を喜ばせている。

 本篇はそのうちの『山桜』を手懸けたスタッフとキャストが再結集して作りあげたものだ。山田洋次作品のように、言葉に訛を採り入れ、毛のうっすら生えた月代や襤褸になった着物、といったディテールまで緻密に、リアルに組み立てることこそしなくなったが、藤沢周平の小説にある味わいを巧みに再現した作品であっただけに、あの作品を評価していた人であれば自然と本篇には期待を寄せたくなるはずである。

 基本的に、仕上がりでは決して期待を裏切っていない、と感じる。ただ、見ようによっては安っぽい出来になってしまった、と捉える人も少なくないのではないか。

 最大の原因は、物語の舞台が実質的に海坂藩を離れてしまっていることにある。冒頭こそどこか寒々とした光景に、如何にも北の小藩、といった雰囲気を感じられるが、旅に入ればほとんどがロケによる自然の描写になり、そして主に新蔵が脚となって逃走者を捜すくだりは、テレビ放送されたものも含めた日本の時代劇にある程度馴染みがある者なら確実に見覚えのあるセットで撮影されている。実際には、時代劇のほとんどは太秦などの常設されたセットを活用しているわけで、庄内平野に設けられたセットが持てはやされる最近の作品ではその類似性がさほど目立っていないなかで、たまたま本篇が際立って印象に残ってしまっているだけかも知れないが、少なくとも、さほど手を加えていないことで“安く上げた”感を与えていることは否めない。訛や独特の固有名詞を組み込まず、俳優たちの挙措が極めてオーソドックスな時代劇の様式に嵌っているだけに、既視感を覚える出来になってしまっている。藤沢作品ならではのムードをより濃密に味わいたい、と思っていると、どうも物足りないのだ。

 しかし、際立って人情味溢れるドラマ作りと、たっぷりと間をとった穏やかな作り、という藤沢作品の多くに見られる特徴もきちんと押さえており、その意味では抜かりがない。原作はかなり短めであり、上意討ちの命を受けたあと、ほとんどすぐさま逃走者の潜伏する宿場に到着してしまっているが、本篇は旅の過程にたっぷりと尺を割き、そこを利用して朔之助、田鶴、新蔵の幼少時代の回想を組み込んでいる。そうしてじわじわと、運命の時に向かって情感を募らせていく筆捌きが秀逸だ。原作をいい形で膨らませている。

 短めではあるが、殺陣の出来映えもいい。互いに敬意を払いながらも、かつての遺恨を孕んで臨む凛々しさ、切実さ。最後のもうひと幕も、それまでに描かれたドラマを快く締めくくっている。

 率直に言えば、ここ数年に生まれた藤沢周平原作による時代劇のなかでいちばん軽い仕上がりだ。ただ、このくらいの量感で、きっちりと時代劇ならではの味わいを堪能できる作品が劇場でかけられることは喜ばしいことではないか、と思う。このレベルの作品を定期的に発表できるようになれればいいのだが――これを書いている時点でほぼ上映の終了した本篇の成績を思うと、かなり厳しいと言わざるを得ないか。



関連作品:

山桜

たそがれ清兵衛

隠し剣 鬼の爪

武士の一分

必死剣鳥刺し