『マイティ・ソー(3D・字幕版)』

『マイティ・ソー(3D・字幕版)』

原題:“Thor” / 監督:ケネス・ブラナー / 原案:J・マイケル・ストラジンスキー、マーク・プロトセヴィッチ / 脚本:アシュリー・エドワード・ミラー、ザック・ステンツ、ドン・ペイン / 製作:ケヴィン・フェイグ / 製作総指揮:アラン・ファイン、スタン・リー、デヴィッド・メイゼル、パトリシア・ウィッチャー、ルイス・デスポジート / 撮影監督:ハリス・ザンバーラウコス / プロダクション・デザイナー:ボー・ウェルチ / 編集:ポール・ルベル / 音楽:パトリック・ドイル / 音楽監修:デイヴ・ジョーダン / 出演:クリス・ヘムズワースナタリー・ポートマン、トム・ヒデルストン、ステラン・スカルスガルド、コルム・フィオーレ、レイ・スティーヴンソンイドリス・エルバ、カット・デニングス、浅野忠信ジェイミー・アレクサンダー、ジョシュア・ダラス、クラーク・グレッグレネ・ルッソアンソニー・ホプキンス、アドリアナ・バラッザ、マキシミリアーノ・ヘルナンデス、リチャード・セトロン、ダレン・ケンドリック、ジョシュ・コックス、ダコタ・ゴヨ、サミュエル・L・ジャクソンジェレミー・レナー / 配給:Paramount Pictures Japan

2011年アメリカ作品 / 上映時間:1時間55分 / 日本語字幕:川又勝利

2011年7月2日日本公開

公式サイト : http://www.mighty-thor.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2011/07/03)



[粗筋]

 天文学者のジェーン・フォスター(ナタリー・ポートマン)とセルヴィグ教授(ステラン・スカルスガルド)、そして助手の学生ダーシー(カット・デニングス)の3人は、ある天文現象を記録するために、ニューメキシコの広野に車を走らせていた。しかし成果がなく苛立っていたとき、天空から降り注ぐ光の滝のようなものを発見、ジェーンは危険を顧みず接近する。だがそこへ何かが落ちてきて、車と激しく衝突した。それは、奇妙ないでたちをしたひとりの人間だった――

 ――始まりは少し前のこと、場所はジェーンたちの生きる世界=ミッドガルドとは異なる次元にある、神々の国アスガルド

 長い年月にわたって優れたリーダシップを発揮し、アスガルドを導いてきたオーディン(アンソニー・ホプキンス)が引退し、王座を長男であるソー(クリス・ヘムズワース)に譲る日がやってきた。意気揚々と父のもとに足を運び、王冠を戴こうとしたそのとき、騒動が起こる。

 アスガルドは遙か昔、ヨトゥンヘイムに住む巨人族と長い戦闘状態に陥っていたことがあった。オーディンたちは辛くも勝利を収めたあと、巨人族たちの力の源である“箱”を王宮の宝物殿に封じ込めていたが、あろうことか戴冠の儀式のこのときに、宝物殿へと巨人族が潜入してきたのである。

 番兵デストロイヤーが辛うじて退け、箱は無事だったものの、短気なソーは怒り、事態を見守るべきだという父の忠告を破って、弟ロキ(トム・ヒデルストン)や仲間たちと共にヨトゥンヘイムへ赴いた。勇猛果敢なソーと仲間たちは、巨人族の王ラウフェイ(コルム・フィオーレ)とその軍勢にも怯むことなく戦うが、最終的に追いつめられた挙句、オーディンの手で辛うじて助け出される。

 勝手な振る舞いに及んだソーに対するオーディンの憤りは計り知れなかった。「お前は国に危機を齎した」と言い、オーディンはソーの持つ神器ムジョルニアと、彼の持つ神としての力を剥奪した上で、アスガルドから追放する。

 そうして天から墜ちたソーが衝突したのが、他でもない、ジェーンたちの乗用車だったのである……



[感想]

 日本人にとって北欧神話はあまり馴染みがない――と思われるかも知れないが、意外とあちこちでその片鱗を目にすることがある。オーディン、という神の名前はどこかで聞いたことがあるだろうし、映画『地獄の黙示録』などでお馴染みの楽曲“ワルキューレの騎行”、その出所である“ニーベルングの指輪”も北欧神話がベースになっている。何より、いわゆる“雷”=“Thunder”の語源は、本篇のタイトルロールであるソーだと言われているのだ。

 ただ、本篇は必ずしも、北欧神話の世界観をきっちりと踏襲しているわけではない。北欧神話は神々のサーガである以上に、並行する世界と世界の繋がりが重視され、その中でワルキューレ、英語読みではヴァルキリーが重要な役割を果たす。本篇は、そのあたりの繋がり、観念がかなりあっさりと扱われ、アスガルドはごくごくシンプルに神々の世界程度に描かれている。たとえばギリシャ神話などと大同小異で、多少でもこの世界観について知識があると、苦笑いするような処理でしかない。

 しかし、そうしてシンプルな解釈を許容すると、本篇は思いの外――と言っては失礼だが、本当に意外なほどに面白い。

 粗筋に書いたあたりまでは王道のファンタジーという趣だが、いざソーが地上に降り立つと、急にユーモラスな描写が際立ってくる。病院に担ぎ込まれて見境なく暴れ回ったあと、ふたたびジェーンたちの車に衝突する。レストランで食事を御馳走になると、おかわりを求めるためにカップをわざと落として叩き割る。更に、ジェーンたちと別れ、自分で移動するための脚を求めて立ち寄る先が傑作だ。人間世界での常識を知らないがゆえの浮世離れした言動が、見事にコメディとして機能している。

 他の登場人物、特に人間の世界に登場する人々の言動も、何処か人を食ったユーモアに彩られている。ソーを捕える組織“SHIELD”の捜査官の振る舞いも随所で笑いを誘うし、何よりも単位のことを心配しているダーシーが、色々と暗くなることばかりのジェーンたちのひと幕にいい明るさを添えているのだ。

 そして、意外なほどドラマ部分の表現に骨があるのも本篇の美点である。アスガルドの人々がミッドガルドの文化をどう認識しているのか、とかそもそもソーやロキたちの生い立ちなど、随所に微妙なぎこちなさ、矛盾を感じるのだが、それをさほど気にさせないほどに、各人の表情や感情が色濃く伝わってくる。その説得力と、一歩間違うと幼稚になりかねないファンタジー世界の表現の重厚さは、シェイクスピア作品の映像化で定評のあるケネス・ブラナーがメガフォンを取っているからこそだろう。本篇と入れ替わるようにして日本で上映の始まった『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』と比較すると、本篇の表現が如何に成熟しているのかがよく解るはずだ。

 正直にいえば、ヒーロー映画、アクションものとして鑑賞すると、若干食い足りないことは否定できない。明確な技が存在するわけでもなければ、成長や技術の習得といった、時間をかけて熱を高めていくような部分がないので、クライマックスになってもいまひとつ燃えない。そもそも主人公は“神”、それもオーディンの力を受け継ぐような存在なのだから強くて当たり前なのである。それでもカタルシスがあるのは、まさにケネス・ブラナー監督の演出力によるところが大きいと言えよう。

 同じ理由で、3Dゆえの旨味もちょっと物足りない、という印象だが、安定した構図の力もあって、ある程度は補われている。アスガルドやヨトゥンヘイムといった異世界の光景は神秘的な魅力があるし、クライマックス、遠くから巨大な敵が迫ってくる絵は、3Dだからこそのインパクトが感じられる。

 傑作と呼ぶにはあちこち不備が多い。だが、少なくとも観て損をした、という気分にはならないに違いない。己の得意分野を弁えた人々がうまく力を合わせて完成させた、職人芸と呼ぶに相応しい作品である。



 近年、マーヴェルでは自社のコミックに登場するヒーローを結集させた大作『The Avengers』の製作を進めている。『インクレディブル・ハルク』や『アイアンマン』のエンドロール後に組み込まれた意味深なシークエンスで伏線を張っているのだが、本篇でも同様の趣向が盛り込まれている。

 最近のマーヴェル作品をだいたいフォローしている私としても、この計画はちょっと楽しみなのだが……しかし、本篇を観ると、どーしても首を傾げたくなってしまう。

 作品それぞれが別の世界の出来事である、と捉えれば、各ヒーローの実力差は気にならない。だが、一堂に会することで、当然ながらそれは歴然となってしまう。

 とすれば、誰がいちばん強いか、というと――どう考えても、本篇のソーということにならないか。それどころか、他のキャラクターが何人集まったところで、ソーひとりに拮抗することも不可能ではないのか?

 本篇のエンドロール後に添えられるシークエンスは、考えようによってはその疑問に対する答だ、と捉えられなくもないのだが、それでもバランスの悪さは否めないように思う。そのあたりの問題を、いったいどのようにクリアしていくのか――2012年に予定されている公開を、ほんの少し不安を抱きつつも楽しみにしたい。



関連作品:

スルース

アイアンマン

アイアンマン2

メタルヘッド

羊たちの沈黙

ウルフマン

インクレディブル・ハルク

トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン