『コクリコ坂から』

『コクリコ坂から』

原作:高橋千鶴佐山哲郎(角川書店・刊) / 監督:宮崎吾朗 / 企画:宮崎駿 / 脚本:宮崎駿、丹羽圭子 / プロデューサー:鈴木敏夫 / キャラクターデザイン:近藤勝也 / 作画監督:山形厚史、廣田俊輔、高坂希太郎、稲村武志、山下明彦 / 美術監督:吉田昇、大場加門、高松洋平、大森崇 / 撮影監督:奥井敦 / 編集:瀬山武司 / 音楽:武部聡志 / 主題歌:手嶌葵『さよならの夏〜コクリコ坂から〜』 / 声の出演:長澤まさみ岡田准一竹下景子石田ゆり子風吹ジュン内藤剛志風間俊介大森南朋香川照之柊瑠美 / 制作:スタジオジブリ / 配給:東宝

2011年日本作品 / 上映時間:1時間35分

2011年7月16日日本公開

公式サイト : http://www.kokurikozaka.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2011/07/16)



[粗筋]

 1963年、横浜。

 松崎海(長澤まさみ)は丘の上にある下宿屋・コクリコ荘を、アメリカに赴いている母や病気で身動きの取れない祖母に代わって切り盛りしている。毎朝、誰よりも早く起きて食事の支度をし、それから信号旗を上げるのが彼女の日課だった。

 海の通う高校では現在、ちょっとした騒動が起きていた。男子生徒の魔窟と化している文化部棟、通称“カルチェ・ラタン”を、新しいクラブハウス建設のために取り壊す、という計画が持ち上がり、入居している文化部の部員たちを筆頭に、抗議運動が起こっていた。

 運動の中心にいるのは、考古学研究部員であり、学内誌を編集している風間俊(岡田准一)という3年生の生徒である。伝統の、屋根からプールへの飛び込みで抗議の意志を示した風間は時の人となっており、海の妹・空がにわかに憧れを抱いたために、海は初めてカルチェ・ラタンを訪れ、風間と言葉を交わすことになった。

 成り行きで学内誌のガリ版の制作を手伝ったり、急の買い物のときに自転車に乗せてもらったり、と交流が生まれ、いつしか海は、風間に惹かれるようになっていく。

 他方、“カルチェ・ラタン”の保存運動は、生徒の8割が建て替えに賛成していて、思わしい状況ではない。風間や生徒会長の水沼(風間俊介)に意見を求められた海は、「綺麗にすれば、女子の関心も得られる」と建物の大掃除を提案する。

 こうして、“カルチェ・ラタン”の住人と海の同級生を中心にして、大掃除が始まったが、時を同じくして、海と風間の関係に波風を立てる出来事が起きる――



[感想]

 ここ数年、スタジオジブリ宮崎駿中心の体制からどうにか脱却し、次世代に繋いでいく道を模索しているように映る。そもそも『ハウルの動く城』自体、当初は別の監督の名前がクレジットされていたというし、『猫の恩返し』や『ゲド戦記』で宮崎駿監督以外に作品を委ねたのも、そうした紆余曲折の一部だったのだろう。生え抜きの米林宏昌監督を起用した『借りぐらしのアリエッティ』が一定の成功を収めた次に発表した本篇でも、やはり宮崎駿監督が前面に立たなかったのは、自然な成り行きと言える――それが、興行的にはともかく批評的には失敗に終わった感の強い『ゲド戦記』を手懸けた宮崎吾朗監督が担当していることが不安材料ではあったが。

 かくいう私も、映像感覚や手嶌葵の起用などは評価しつつも、全体としては失敗、と評していただけに、本篇には不安を覚えていたのが正直なところだった。

 だが、公開された作品は、思いの外――といっては失礼だが、しかし確実に想像を超えて上質の仕上がりだった。

 少女漫画を原作に、ある恋愛を中心に描く、という趣向はジブリの名作のひとつ『耳をすませば』を想起させるが、全体のトーンも近しい。ただその一方で、あの作品にあった過剰すぎる生活臭や、いささか突き抜けてしまった台詞回しはかなり抑えられている。人物の生活感を漂わせながらも、オーソドックスすぎるがゆえに虚構じみた設定は保っていて、その両者のバランスは『耳をすませば』よりも絶妙と言っていい。

 話運びのテンポも上々だ。『借りぐらしのアリエッティ』よりは長いが、手頃な90分に収めており、無駄がなくなっているのだろう。『ゲド戦記』で最大の収穫と言っても過言ではない手嶌葵をふたたび起用した歌と音楽が、物語の柔らかさや活気、終盤の繊細なムードを引き立てている。

 物語としての道具立ては、原作が古いことを差し引いてもごくごく有り体で決して目新しいものではない。若くして下宿屋の経営を手伝う少女、周囲からの信頼を集める少年、解体されようとしている施設を守るための抗議活動と、それを通して育まれる恋心、そして思わぬところから現れた障害、などなど。それらを華々しく、芝居っ気たっぷりに描けば戯画的に過ぎてしまうところを、小気味いいテンポでさっぱりと綴ることによって、地に足の着いた印象をもたらしている。

 テンポ良く、さり気なく、というトーンを保った結果、犠牲になってしまった部分があるのは否めない。人柄は明確だが、圧倒的なインパクトを備えた登場人物はおらず、物足りなく感じられる。また、海と風間の恋心に大きく関わってくる過去の出来事を、あまりに断片的に綴ってしまっているせいで、唐突かつ御都合主義的な印象を強めてしまっているのももったいないところだ。

 何より、本篇の描写は、表面だけを撫でていると解りにくいところが多々ある。予告篇で用いられていた、ポールの上から落ちてくる少年のイメージが意味するところは、考えてみれば理解は出来るが、漫然と眺めていれば意味不明なままに終わりそうだし、具体的にどういう想いを抱いたか、何を感じたのか、など語る場面が乏しいので、海の風間に対する想いが変化した時期も読み取りにくい。それ以前に、学生運動が盛んで、古いものを新しいものに造り替える、という機運の高かった時代の空気や価値観は、当時を生きた人や、この時代を扱ったフィクションに親しんでいる人でないと、伝わりにくいように思う。

 だが、そういう説明を最小限にした語り口、抑えた表現には味わいがある。風間を前にした海の振る舞いの変化は、吟味するうちに微笑ましさを覚えるし、クライマックス手前で、覚悟を伝える場面の、他のドラマであればもっと大胆な行動や思い切った台詞を放ちそうなところをギリギリで踏み止まっている感じは快い。特にここの海の台詞は、『耳をすませば』の特徴であり欠点でもあったある部分に、時を経て挑んだような趣さえある。

 抑えたトーンは最後まで続き、結末はまるで冒頭に描かれた日常に戻ったような印象さえある。だが、ここで描かれる僅かな違いが、穏やかだが膨らみのある余韻をもたらすのは、終始そのリズムを狂わせなかったからに他ならない。

 あいにく私は原作を読んでいないので、比較して何処が削られているのか、どういう風に変更が施されているのかは解らない。或いは、原作に思い入れのある人にとってはやはり噴飯ものの出来である可能性は否定できない。だが、原作についてこだわりがなく、またさり気ない表現を吟味して楽しむことの出来る人であれば、きっと好感を抱くはずだ。

 物足りない部分があちこちにあることも事実だが、それを補う美点をきっちりと備えた、良質の青春映画である。



関連作品:

ゲド戦記

千と千尋の神隠し

猫の恩返し

ハウルの動く城

借りぐらしのアリエッティ

カラフル