『海洋天堂』

『海洋天堂』

原題:“海洋天堂 Ocean Heaven” / 監督&脚本:シュエ・シャオルー / 製作:ビル・コン、ハオ・リー、トーマス・チョウ / 製作総指揮:ビル・コン、マ・ハェフン、ハオ・リー / 共同製作:マシュー・タン、シノ・ジウ、アリス・ヤン、ジェイソン・リン / 撮影監督:クリストファー・ドイル / 美術:イー・チュンマン / 編集:ウィリアム・チャン、ヤン・ホンユー / 衣装:スタンリー・チャン / サウンドデザイン:ハー・ウェイ、ロッキー・チャン / 音楽:久石譲 / 主題歌:ジェイ・チョウ“Say Goodbye” / 出演:ジェット・リー、ウェン・ジャン、グイ・ルンメイ、ジュー・ユアンユアン、カオ・ユアンユアン、ドン・ヨン、イェン・ミンチュー、ヨン・メイ、チェン・ルイ / 配給:Crest International

2010年中国作品 / 上映時間:1時間38分 / 日本語字幕:益満久美子

2011年7月9日日本公開

公式サイト : http://kaiyoutendo.com/

シネスイッチ銀座にて初見(2011/07/09)



[粗筋]

 心誠(ジェット・リー)はけっきょく、帰るつもりのなかった我が家に悄然と戻った。息子・大福(ウェン・ジャン)は、まさか自分が無理心中に導かれていたとも知らず、いつも通りの暮らしに戻ろうとしている。しかし心誠には、安穏と日々を暮らすわけにはいかない事情があった。

 ただの旅行から帰ってきたふうに装って、心誠は水族館での仕事を再開すると、その一方で大福が昔通っていた福祉学校を訪ねる。当時世話になった校長は既に退職しており、現在の校長に心誠は「大福をもういちど預かって欲しい」と懇願するが、法的に不可能、と断られた。事情を問われた心誠は、診断書を示す。それは、心誠自身の余命が残り僅かであることを告げるものだった。

 校長から、何らかの手は打てないか、上に掛け合ってみる、という返事を貰う一方で、心誠は自らも懸命に立ち回った。孤児院や老人介護施設に打診し、更には精神病院まで訪ね……日一日と病魔に蝕まれる我が身に鞭打って、どうにか大福の生きるべき道を指し示そうと試みる……



[感想]

 この作品には骨格として、“誠実さ”が備わっている。

 主題を物語として観客に伝えるために、ある程度の伏線を埋め込み、ドラマとして形作る工夫はしてあるが、しかし最後に無理矢理涙を誘うような展開を用意しているわけでなければ、主人公・心誠の行動に真っ向から反発したり妨害するような、いわゆる憎まれ役、物語を劇的に盛り上げるような仕掛けも組み込んでいない。そういう意味では、お話として少々物足りない仕上がりではある。

 だが、本篇における自閉症の青年とその周辺の人々の描き方は、極めて実感的で、フィクションとしての嘘や彩りはあっても、決して不自然さやいい加減な解釈は見受けられず、こういう状況を知っている人がいわゆるお涙頂戴のドラマに覚えるような反発を感じることはないはずだ。

 ドラマとして眺めたとき、恐らく最も引っかかりを覚えるのは、当初心中を試みながらも、以後主人公がそんな素振りさえ見せず、触れることもしない点であろう。

 しかし、これは心誠が置かれた立場を考えれば至極当然なのだ。彼がそもそも死を決意したのは、残される息子の生活を慮ってのことだ。だが、そもそもそういう父の悲愴な決心を知らない大福は、日頃水族館のプールで鍛えた泳ぎの腕前であっさりと助かってしまう。当人は無自覚でも、そこに生きる意志を感じてしまった父親に、ふたたび死ぬ、という選択はあり得ない。生きる以外に道がないなら、何とか彼の居場所を見つけ出し、自分がいなくても他人になるべく迷惑をかけず生活が出来るように、導いてやるしかないのだ。

 最初に自殺未遂のシーンを置いたのは、その悲劇性を観客に強調したかったのではなく、むしろ父親の覚悟と誠実さとを印象づけるためだった、と考えられる。どちらかと言えば、お話として地味な本篇の“引き”に用いたかったのかも知れないが、そのことがむしろ、本篇のひたむきさを強め、ただの“お涙頂戴”タイプのドラマと一線を画す仕上がりに貢献している、と言えるのだ。

 とは言い条、その描写の細やかさは、気づくほどに胸に迫ってくるものがあり、なかなかに憎い。どうにか見つけた施設に息子を預け、初めてたったひとりで過ごす心誠が、我が子の何気ない仕草を真似し、想い出を手繰り寄せるくだりもさることながら、終盤で心誠の地道な努力が報われる描写の数々は、いちいち涙腺を刺激せずにおかない。

 とりわけ巧みなのは、水族館の傍で興行を始めたサーカスのピエロを演じる女性・鈴々(グイ・ルンメイ)と大福との交流だ。大福の置かれている苦境を知るわけでもない彼女の存在が、終盤でそれとなく主軸となる物語に絡む様は、観ているときに感じる以上に記憶に残るはずである。

 この地味だが丁寧で誠実な物語に、役者たちが決して気負いすぎない演技で説得力をもたらしている。自閉症の青年を演じ本国で賞に輝いたウェン・ジャンは無論、親子の隣人や水族館の館長もいいが、やはり特筆すべきはジェット・リーであろう。

 アクション映画を代表するスターである彼が一切アクションなし、それどころか英雄ですらない人物に扮する、というのは驚きながら、しかし彼らしさをきちんとちりばめ、ごく自然に“平凡な男”を演じている。生活に疲れ病に蝕まれながら、ときおり見せる真摯な憤りにはヒーローを演じているときの彼に通じる気高さがあり、何より喜びに触れたときの笑顔は出色だ。最近の出演作では、ベテランの域に達したせいもあり、どうしても重責を負った人物に扮することが多く、しかめっ面が多い印象があったが、『少林寺』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズ、そして『ダニー・ザ・ドッグ』で見せていたのに近い笑顔は、彼の名前目当てで劇場に足を運ぶ人々の気持ちを安らがせてくれるに違いない。

 題名通りにまるで水の中と外とを行き来するような清冽な美しい映像、最小限で効果的に用いられている音楽もいい。大作では決してないし、題材ゆえにもっと劇的な物語を期待すると物足りなく感じられるかも知れないが、たとえ直後に不満を覚えたとしても、観終わったあとできっと胸のなかに温かなものを感じることが出来る、快い1本である。



関連作品:

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