『死の十字路』

本格ミステリ作家クラブ10周年記念企画『美女と探偵〜日本ミステリ映画の世界〜』

原作:江戸川乱歩渡辺剣次原案) / 監督:井上梅次 / 脚本:渡辺剣次 / 製作:柳川武夫 / 撮影監督:伊藤武夫 / 美術:中村公彦 / 音楽:佐藤勝 / 出演:三國連太郎新珠三千代大坂志郎芦川いづみ山岡久乃、安部徹、三島耕、多摩桂子、東谷暎子 / 配給:日活

1956年日本作品 / 上映時間:1時間41分

1956年3月14日日本公開

本格ミステリ作家クラブ10周年記念企画『美女と探偵〜日本ミステリ映画の世界〜』(2011/6/4〜2011/7/1開催)にて上映

神保町シアターにて初見(2011/06/11) ※芦辺拓×辻真先トークイベント付上映



[粗筋]

 手が切れそうなほどに冷え込んだ2月末頃。愛人・沖晴美(新珠三千代)のアパート・若葉荘でくつろいでいた伊勢省吾(三國連太郎)のもとに、突如妻の友子(山岡久乃)が訪れた。晴美に対する殺意を滾らせた友子を省吾は懸命に制止したが、勢いあまって彼女を殺害してしまう。

 正当防衛であるが、訴えても認められる可能性は低く、いずれにせよ今の暮らしは失われる。伊勢は妻の屍体を処分することを決意した。折良く、伊勢の経営する会社で持っていた石切場が、間もなくダムの底に沈むことが決まっており、伊勢はそのそばの井戸に遺体を投棄、一方で晴美に妻のふりをして熱海まで赴かせ、自殺を装ってその痕跡を絶たせる、という計画を立てた。

 どうにか車に遺体を詰めこみ、出発した伊勢だったが、ここで不幸に見舞われる。トラックと衝突してしまったのである。自分が全面的に悪い、と認めて示談にし、早めに話を切り上げて出発したが、人気のない道に入ったところで、後部座席からにわかに男が姿を現し、愕然とする。そのまま男は昏倒し、慌てて伊勢が車を駐めて後部座席に回ると、男は既に息絶えていた。

 どうやら事故で取り調べを受けているあいだに潜りこみ、別の要因で息絶えたらしい男を、伊勢は妻の屍体共々、井戸に放り込んだ。気懸かりはあったが、すべてダムの底に沈むはずだ、と自らに言い聞かせ、東京へと戻っていった。

 伊勢の思惑に反し、熱海に残した妻の痕跡は、偶然の悪戯により2ヶ月のあいだ発見されなかった。そして、ようやく警視庁からの連絡が入り、妻の遺品を確かめに赴いた伊勢は、そこで驚くべきものと遭遇する――



[感想]

 江戸川乱歩原作、と表記されているが、実際にはこの作品は、当時乱歩のような役を務めていた渡辺剣次が原案を担当した、と言われている。文章は乱歩自身か、或いは乱歩がチェックを入れている可能性は高いが、いずれにせよ乱歩原作だから、と明智探偵が登場するような作品群と同じ類の、猟奇趣味的な物語を期待するとだいぶ違和感を覚えるはずだ。

 乱歩らしいか、と問われれば「否」と返さざるを得ないが、しかしミステリとしては非常に端整な仕上がりである。のちに『刑事コロンボ』シリーズなどで定着する“倒叙もの”――探偵や警察側ではなく、犯人の側から犯行の過程、或いは隠蔽の様子を描き、謎解きの代わりにクライマックスで何らかの誤謬などが発覚する、というタイプの趣向であり、小説の世界では既に多く執筆されていたが、映画の世界でこの完成度の作品が存在していたことに驚かされる。

 それも、脚色を原案担当である渡辺剣次自身が手懸けているがゆえ、だろう。たまたま原作をつい最近読んだため比較がしやすかったのだが、一部の場面を端折っているくらいで、極めて原作の流れに忠実に描かれている。

 ミステリとして鑑賞してみて驚かされるのは、理詰めで展開するのは間違いないのだが、そこに多くの“偶然”が絡むことで成立した話である、という点だ――いや、実際は多かれ少なかれ偶然に頼っているのだが、本篇ほどその偶然の悪戯を意識させる語り口をしているのは珍しい。実際、犯人である伊勢省吾に肉迫していくのは、警察や彼が直接手にかけた係累ではなく、伊勢が屍体を捨てに向かう途中で車に忍びこみ、死んでしまった男の妹が依頼した探偵なのである。そして、本篇か原作をご覧になった方はご存知の通り、この探偵のある設定にも偶然は作用している。

 原作でも映画でも、この探偵に関する偶然の性質については果たして必要があったのか、という印象を与えるのだが、しかし振り返ってみると、題名にある“十字路”でもたらされた偶然に、いっそう運命的な意味合いを添える、という点では極めて重要な描写なのだ。クライマックスの出来事の直後に見せる伊勢の虚ろな表情は、そうした配慮が生み出した、本篇ならではのコクと言えよう。

 倒叙ものミステリとして非常に完成された作品だが、それと同時に、昭和30年頃の日本の風俗が巧みに、生々しく織りこまれているという点でも、見所の多い作品だ。晴美が暮らす路地裏のアパートの生活感や、重要な舞台である十字路の路地裏に佇む街娼たちの姿、新宿の地下道に住みつく浮浪者たちの様子など、ほぼリアルタイムであるからこそ自然に描き出されている。

 音楽を鳴らしすぎることもなく、着実に積み重ねられていく演出には、心なしかハリウッドの上質な作品に似た香りさえ漂っている。日本でもこんなに端整なサスペンスが作られていた、ということに驚きを覚える1本であった。



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