『カサブランカ』

『カサブランカ』 カサブランカ [Blu-ray]

原題:“Casablanca” / 原作:マーレイ・バーネット、ジョアン・アリソン / 監督:マイケル・カーティス / 脚本:ジュリアス・J・エプスタイン、フィリップ・G・エプスタイン、ハワード・コッチ / 製作:ハル・B・ウォリス / 製作総指揮: / 撮影監督:アーサー・エディソン / 美術監督:ハンス・ドライアー、ジョン・ミーハン / 編集:ドエイン・ハリソン、アーサー・シュミット / 衣裳:イーディス・ヘッド / 音楽:マックス・スタイナー / 出演:ハンフリー・ボガートイングリッド・バーグマン、ポール・ヘンリード、クロード・レインズ、コンラート・ファイト、ピーター・ローレシドニー・グリーンストリート、ドゥーリイ・ウィルソン、モンテ・ブルー、マルセル・ダリオ / 配給:Warner Bros.×セントラル / 映像ソフト発売元:Warner Home Video、他

1942年アメリカ作品 / 上映時間:1時間43分 / 日本語字幕:岡枝慎二

1946年6月13日日本公開

2011年2月14日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|DVD Video廉価版:amazonBlu-ray Discamazon]

第1回午前十時の映画祭(2010/02/06〜2011/01/21開催)上映作品

第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series1 赤の50本》上映作品

TOHOシネマズみゆき座にて初見(2011/06/01)



[粗筋]

 第二次世界大戦まっただ中のフランス領モロッコにあるカサブランカは、ナチス・ドイツの猛威が振るうなかで、リスボンを経由しアメリカに帰還しようとする人々が集い、奇妙な活況を呈していた。渡航許可がなかなか下りないために、長いこと滞在する亡命者も少なくない。

 アメリカ人リック(ハンフリー・ボガート)が経営するナイト・クラブは毎夜、そんな亡命者たちでごった返していた。扉の奥にある賭場にはフランスの警察署長ルノー(クロード・レインズ)らも出入りしており、中立地帯のような趣を呈している。

 そこへ、ドイツ軍の将校ストラッサー(コンラート・ファイト)たちが現れた。ドイツ軍の伝令を殺害し、その通行証を奪った者が、このナイト・クラブに潜伏している可能性がある、というのである。折しも現れたウーガーテ(ピーター・ローレ)がその犯人であったが、彼は逮捕される直前にリックに通行証を託し、証拠隠滅を図っていた。

 やがてナイト・クラブをひと組の夫婦が訪れる。夫のラズロ(ポール・ヘンリード)は地下で反ナチの活動を行っている人物だが、より広範に活動することが可能なアメリカへの渡航を望んでいた。そこで、このナイト・クラブの経営者の協力を求めて訪れたのだが、当のリックはある事実に驚愕する。

 ラズロが同伴してきた妻イルザ(イングリッド・バーグマン)は、誰あろう、かつてリックがパリに滞在していたときに、恋に落ちた女だったのだ――



[感想]

 本篇を観たことがなくとも、「ゆうべは何をしていたの?」「そんな昔のことは覚えていない」「今夜は逢える?」「そんな先のことは解らない」、或いは「君の瞳に乾杯」、といった名台詞により、非常に気障な会話の飛び交うロマンス映画、というイメージでこの作品を捉えている人は多いのではなかろうか。かく言う私もそのひとりだった。

 が、しかしこれらの台詞、物語のなかに当て嵌めてみると、決して気障ではない。いや、確かに字幕のうえでは“君の瞳に乾杯”という語句は充分に甘いし、そこにロマンティックな想いが籠められていることも間違いないのだが、本篇は決して色恋沙汰に浮き世をやつしている人々の甘ったるいロマンスではなく、時代に翻弄された人々それぞれの想いが交錯する、骨のある物語なのだ。

 たとえば「昔のことは〜」云々という台詞、どうもヒロイン格であるイルザに対してリックが発した台詞のように捉えている人もあるようだが、実際にはイヴォンヌという女性に対して、しかもリック自身は小切手に署名をしながらお座なりに返している言葉なのである。この台詞が示すのは、リックの気取った性格ではなく、自身の享楽にも他人の感情にもさほど関心を抱かない、頽廃的な感情なのだ。

 そして、あまりにも有名な「君の瞳に乾杯」という台詞だが、これは原語では“Here's Looking at you, kid.”と言っている。“Here's (to)”は「〜に乾杯」という意味になるが、しかし素直に訳すと「君を見ているよ」ぐらいにしかならず、どこから「君の瞳に乾杯」という表現になったのかいささか困惑する。実際、これを名訳ではなく酷い誤訳と捉えている人もいるようだ。

 しかしこの台詞、作中何度も繰り返され、重要な意味合いを帯びているのに、同じ訳にするのが非常に難しいのである。時系列的に、いちばん最初に発されるのはパリ、イルザとの逢瀬の場でだが、他の場所と比較すると微妙なニュアンスの違いが生じる。何より、いちばん最後で繰り出されるときは、明らかに意味合いが違っているのだ。かといって、それぞれの場面に合わせて訳文を変えてしまうと、わざわざ同じ語句を用いた意味がなくなってしまう。訳文を変えることなく、すべてのシーンである程度の効果を上げて、同じ程度に印象に残る表現、という意味では、これ以上に絶妙な訳はなかなか存在しないだろう。

 いずれにせよ、これらの台詞は決してロマンティックにしよう、という意図から放たれたのではなく、リックという人物像と、彼を巡るドラマに芯を通すための真っ当な工夫だったのだ。本篇はロマンス、ではあるが、それ以上に戦争という特異な状況下で繰り広げられるやり取りを描き出す、リックを中心とした会話劇と見るべきだと思う。

 率直に言えば、序盤は少々退屈だ。盗まれた通行証、というドラマはあるが、別に犯人捜しも、それを巡って息詰まる駆け引きがあるわけでもなく、淡々と会話が繰り広げられているだけ、という感がある。雰囲気はあるが、浸れないとなかなかに乗りきれないのだ。

 リックを中心とする人間関係、感情が複雑にもつれ、緊張感が高まるクライマックスは見応えがあるが、ただいささか社会的な大義名分を重く描いている点に、如何にもリアルタイムで描かれた暑苦しさがあるのも否めないところである。だが、そういう感想を抱きつつも、前述したような積み重ねが生み出す会話の厚みは秀逸だ。とりわけ、「君の瞳の乾杯」というこの台詞がもういちど繰り出される場面、単純に字幕通りに捉えても印象的だが、原語のまま咀嚼してみると実にシンプルだが奥深い。

 職人気質の監督と芸術派を好むイングリッド・バーグマンが対立していた、とか実は撮影中も脚本が完成せず騙し騙し撮影していた、など聞こえてくる裏話からすると決して狙いすました代物ではなかったようだが、時代の熱気が巧みに凝縮された、奇跡的な名品であることは間違いない――ただ、私のように、いい作品であると認めつつもしっくり来ないものを感じてしまう人も少なくないように思われるが。



関連作品:

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