『情婦』

情婦 [DVD]

原題:“Witness for the Prosecution” / 原作:アガサ・クリスティ / 監督:ビリー・ワイルダー / 脚本:ビリー・ワイルダーハリー・カーニッツ / 製作:アーサー・ホーンブロウJr. / 撮影監督:ラッセル・ハーラン / 美術:アレクサンダー・トローナー / 編集:ダニエル・マンデル / 音響:ラルフ・アーサー・ロバーツ / 音楽:マティ・マルネック / 出演:タイロン・パワーマレーネ・ディートリッヒチャールズ・ロートン、エルザ・ランチェスター、トリン・サッチャージョン・ウィリアムズ、ヘンリー・ダニエル、イアン・ウルフ、ノーマ・ヴァーデン、ウナ・オコナー、ルタ・キルニモス / 配給:日本ユナイテッド・アーティスツ×松竹 / 映像ソフト発売元:20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン

1957年アメリカ作品 / 上映時間:1時間57分 / 日本語字幕:柴田香代子

1958年3月日本公開

2008年6月27日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series2 青の50本》上映作品

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2011/05/19)



[粗筋]

 病気療養からようやく復帰したばかりの弁護士ウィルフリード・ロバーツ卿(チャールズ・ロートン)のもとに、厄介な依頼が舞い込んできた。裕福なフレンチ夫人(ノーマ・ヴァーデン)が殺害された事件で、屍体発見の直前まで逢っていたことから第一容疑者と目されているレナード・ヴォール(タイロン・パワー)が、事務弁護士であるメイヒュー(ヘンリー・ダニエル)の紹介で訪ねてきたのである。

 実際、状況証拠は極めてレナードに不利だった。発明家を自称するレナードは現在無職、孤独なフレンチ夫人は殺害される一週間前に、レナードに遺産を譲る旨を遺書にしたためている。そして、アリバイを証明できるのは、レナードの妻クリスティーヌ(マレーネ・ディートリッヒ)ただひとり。妻の証言は法廷では証拠として採用されず、八方塞がりに等しかった。

 だが、古ダヌキで通る老獪なウィルフリードはたじろがなかった。審判が始まると、検察側が呼び出す担当刑事やフレンチ夫人の家政婦の証言の疑問を容赦なく追求し、その信頼性を揺さぶっていく。

 しかし、さしものウィルフリードも、この証人が呼び出されたときには動揺を禁じ得なかった。検察側が決定打として喚問したのは、何とレナードの妻クリスティーヌだったのである――



[感想]

 いちおうそれなりに年季の入った推理小説の読者であり、ミステリ映画を愛好する者だが、何故かこの作品は、映画版はおろか舞台でも、小説版でも触れたことがなかった。今回ようやく“午前十時の映画祭”というきっかけを得て、劇場で鑑賞した次第である。

 今にして思うと、ビリー・ワイルダー監督はそもそもミステリを題材にして活かす才能のある映画監督であったと思う。練られた構成、緻密な伏線、ユーモアをたたえながらも緊迫感が途切れず、終盤では驚きとカタルシスを演出する。これを的確に行える監督は、そうそう多くはない。推理小説の映像化を手懸けるにはうってつけの人材だったわけだ。

 退院したばかりの弁護士が、看護婦に叱言を言われながらも刑事裁判に携わる、という導入の洒脱さは他のコメディ、ロマンス作品に通じるが、しかし依頼人レナードの過去に触れながら少しずつ事件の全容を描き出すさまはしっかりとミステリの味わいを醸している。

 出色なのは中盤以降、物語の舞台が法廷に移ってからだ。序盤で築きあげた弁護士の人物像、証人たちの関係性を押さえ、その証言の隙を的確についていくやり取りに胸のすく想いがする。だがその一方でなかなか事件の真相は判然とする、ジリジリとした焦りを感じさせる。そしてそれが、レナードの妻クリスティーヌに出廷が命じられた瞬間に最高潮に達し、以降まったく下がらない。次々に繰り出される衝撃的な展開に、観る側は釘付けにされてしまう。

 基本が法廷ものゆえに、焦点は如何にして依頼人を無罪に持ち込むか、ということに絞られているかと思っていると、終盤で繰り出される一撃には心底度胆を抜かれるはずだ。私のように、これほどの名作にも拘わらず未だ観ていない人もいるはずなので詳述は避けるが、決して派手ではない、しかし鮮烈な見せ方には、近年もしばしば作られている、サプライズを売りとした作品群の源流にあって、しかしそれ以上の洗練を感じさせる。

 そのうえで更に繰り返されるどんでん返しに圧倒してくるが、しかし最後には清々しい余韻を残す。古典的ながら、エンタテインメントの定石を外さずに、とことん謎解きの衝撃を演出する手管にはひたすらに唸らされるはずだ。

 演技のスタイルも今となっては古めかしさは拭えないが、しかしその枠の中で見事に魅力的な人物像を表現しきっており、見応えに優れている。とりわけ、クリスティーヌを演じたマレーネ・ディートリッヒは忘れがたいほどの名演だ。

 今まで観逃していた私が言うのも何だが、ミステリ映画を愛好しながら、たとえば近年のものばかり観ている、などの理由でチェックしていなかったというなら、たぶん損をしている、と断言できる、いまなお色褪せることのない名作である。特に、こういう邦題であるがゆえに、扇情的な内容だと思いこんで観ずにいたのなら尚更だ。



 ちなみに本篇、原作の邦題は、原題をほぼ直訳した『検察側の証人』となっている。映画も原題はこれに倣っているが、あまりに無味乾燥な題名に思えるせいか、こんな微妙に実態にそぐわない邦題をつけられて今に至っている。

 日本の推理小説愛好家のあいだでは有名な話だが、翻訳家・小説家の小泉喜美子は、この邦題に不満を抱くあまり、「絶対にタイトルを変えられないものを書く」と誓って、『弁護側の証人』と題した長篇を執筆した、という話がある。

 この映画の邦題は未だに批判を受けているが、しかし翻って、実際以上の注目を集め、憤りが未だミステリ愛好家のあいだで題名を取り沙汰される傑作が生まれる契機をもたらしたのだから、これはこれでもう認めてもいいのかも知れない――こういうエピソードつきで紹介する必要はあるけれど。



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