『ワイルドバンチ』

『ワイルドバンチ』 ディレクターズカット ワイルドバンチ 特別版 [DVD]

原題:“The Wild Bunch” / 原作:ウォロン・グリーン、ロイ・N・シックナー / 監督:サム・ペキンパー / 脚本:サム・ペキンパー、ウォロン・グリーン / 製作:フィル・フェルドマン / 撮影監督:ルシアン・バラード / 美術監督エドワード・カレール / 編集:ルー・ロンバルドー / 音楽:ジェリー・フィールディング / 出演:ウィリアム・ホールデンアーネスト・ボーグナインロバート・ライアンウォーレン・オーツベン・ジョンソンエドモンド・オブライエン、ジェイミー・サンチェス、ストローザー・マーティン、アルバート・デッカー、エミリオ・フェルナンデス、ボー・ホプキンス / 配給&映像ソフト発売元:Warner Bros.

1969年アメリカ作品 / 上映時間:2時間17分 / 日本語字幕:高瀬鎮夫

1969年8月9日日本公開

2009年7月8日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

第1回午前十時の映画祭(2010/02/06〜2011/01/21開催)上映作品

第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series1 赤の50本》上映作品

TOHOシネマズみゆき座にて初見(2011/04/13)



[粗筋]

 長年、強盗団のリーダーとして各地を荒らし回ってきたパイク(ウィリアム・ホールデン)も、そろそろ潮時だと感じていた。最後に大きく稼ぐつもりで、パイクは得た情報を元に、鉄道会社の事務所を襲撃する。

 だがそこで、鉄道会社が雇っていた賞金稼ぎの待ち伏せに遭い、一般人をも巻き込む壮絶な銃撃戦に陥る。仲間を多く失い、生き残ったのは僅かに5人。しかも、情報自体が偽物であり、パイクたちが持ち帰ったのはワッシャーだった。

 賞金稼ぎたちの追撃を逃れて国境を越えたパイクたちは、今回の襲撃で初めて仲間に加わったメキシコ人の青年・エンジェル(ジェイミー・サンチェス)の郷でいちど羽を休めたあと、隣町アグア・ベルデまで赴く。そこはメキシコの政府軍が拠点として用いており、マパッチ将軍(エミリオ・フェルナンデス)を中心にお祭り騒ぎを繰り広げていた。

 勝算があっての訪問ではなかったが、ここで事態は意外な展開を迎える。マパッチ将軍がはべらせていた女のひとりが自分の婚約者であったことに気づいたエンジェルが逆上、マパッチ将軍に抱きついた彼女を射殺したのである。一時、周囲は騒然としたが、パイクたちがアメリカ人ながらあちらでは禁制の銃器を所持していることに気づいた将軍は、ある提案を持ちかけてきた。

 政府軍は現在、周辺の反政府ゲリラに手を焼いていたが、対抗するための弾薬が乏しい。そこでパイクたちに、近くを通過するアメリカ軍用列車から物資を強奪して欲しい、というのである。

 報酬は1万ドル。鉄道会社襲撃の失敗で追いつめられていたパイクたちは、最後の花道とばかり、この依頼を引き受けた――



[感想]

 西部劇にトドメを刺した、と言われる伝説の傑作である。

 私は西部劇を意識して鑑賞するようになったのが比較的最近のこと、しかもどちらかというと、本篇でトドメを刺された、と言われた以降の作品群を好んで観る傾向にあるため、本篇以前と本篇以降でどのような違いが生まれたのか、実のところ確信を持って断言は出来ない。

 だが、本篇がこれ以降のヴァイオレンス・アクションや、新たに生み出される西部劇に相当な影響を及ぼしたのは充分に理解できた。

 本篇はヒーロー的な精神性など持ち合わせのない人物たちばかりが登場する。メインとなるパイク率いる強盗団はいわゆる義賊などでもなければ、伝説的な犯罪者というわけでもなく、むしろ生きることに窮した連中、というイメージで描かれる。彼らを狩るべく雇われた賞金稼ぎたちの多くは、無関係な人々に累が及んでもさほど意に介さない男たちが混ざり、行く先々で惨劇が繰り広げられる。その壮絶さ、空疎な価値観は、目的意識やある種の格好良さに彩られた、かつてのムービー・ヒーローたちの姿と一線を画す。彼らは何らかの特技や際立った目的意識はおろか、最後まで英雄に祭りあげられることもなく終わるのだ。

 だが、にもかかわらず本篇は、惹かれて物語を観続けてきた者に強烈なカタルシスをもたらす。物語は終始空虚、登場人物たち、とりわけパイクたちは窮地から脱するために様々に尽力するが、結局は追い込まれていく。最終的に、ある選択をすれば生き延びることだけは可能、という状況に辿り着くが、それを振り払って武器を手に取るのだ。一見したところ、彼らの行為はあまりに無意味であるし、ただの自殺行為であることは明白なのだが、そこに敢えて臨むことに、ギリギリの矜持が閃く。特に、その最後の決断を前に、中心人物たちが一切言葉を交わさず、黙々と目的地へと赴く姿は、愚かだからこそいっそ清々しい。

 もうひとつ、本篇はそのヴァイオレンス・シーンの描き方も衝撃的だ。のちにサム・ペキンパー監督のトレード・マークとなるスローモーションを多用した表現は、今となっては逆にすっかり手垢が付いてしまった感があり、意識して避ける場合もあるようだが、しかし本篇クライマックスの壮絶なインパクトは、それだけフォロワーを無数に生み出した今もなお衰えていない。絶え間なく増殖する敵、飛び散る血に、破壊されていく建物、転落していく人人人。装弾する描写がないのに弾切れする気配もないのが引っ掛かる人もいるだろうが、この驚異的な“弾幕”を前にしてその程度のことに突っこむのはむしろ野暮というものだろう。

 本来空虚な争いにもかかわらず、カタルシスは色濃い。最後に生き残った人々の、いささか人を食った振る舞いも、皮肉さよりは快い余韻を残す。“滅びの美学”と呼ばれる所以だが、なるほど、痺れる者が多かったのも頷ける、残虐さにもかかわらず詩情の濃厚な描写が秀逸だ。

 だが、これで“西部劇にトドメを刺した”と言われるのは、頷ける一方で、全面的に承服はしかねる、というのが正直なところだ。確かに本篇以降、従来と同じスタイルで西部劇を作るのは難しくなり、そのせいで元もと本数を減らしていた西部劇の衰退が明白になった、という一面もあるだろう。だが、クエンティン・タランティーノロバート・ロドリゲスら1990年以降に活躍を始めた、ヴァイオレンスをふんだんに盛り込んだエンタテインメントを撮り続ける映画監督たちが本篇の影響を受けているのは確実のように映るし、袋小路にあった西部劇の幅を広げ、のちにクリント・イーストウッド監督『許されざる者』やジェームズ・マンゴールド監督『3時10分、決断のとき』のような作品が誕生したのも、本篇が西部劇に一区切りつけたことと無縁ではないように思う。

 何にせよ、タランティーノやロドリゲスの作品群、最近製作された西部劇に惹かれるような向きにとって、必見と断言できる、極上の傑作であることは間違いない。



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