『僕と妻の1778の物語』

『僕と妻の1778の物語』

原作:眉村卓 / 監督:星護 / 脚本:半澤律子 / 製作:堤田泰夫、亀山千広、飯島三智、島谷能成、細野義朗 / プロデューサー:重松圭一、種田義彦、岩田祐二 / アソシエイト・プロデューサー:川上一夫、瀬田裕幸 / 撮影監督:浅野仙人 / 美術:柳川和央 / 照明:三上日出志 / 編集:河村信二 / 録音:山成正己 / 音楽:本間勇輔 / 出演:草彅剛竹内結子谷原章介吉瀬美智子陰山泰小日向文世浅野和之佐々木すみ江大杉漣風吹ジュン / 配給:東宝

2010年日本作品 / 上映時間:2時間19分

2011年1月15日日本公開

公式サイト : http://bokutsuma.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2011/01/11) ※試写会



[粗筋]

 牧村朔太郎(草彅剛)はSF小説家として活動している。昨今SFはあまり売れず、決して多くない収入を補うために、妻の節子(竹内結子)は未だに銀行に勤めている。だが、お互いに生活に不満などなく、穏やかに、幸せな日々を送っていた。

 ある日、節子は隣人の応対中に腹部に痛みを覚え、うずくまってしまう。おめでたでは? という勘繰りに、いちどは喜ぶ節子だったが、病院に到着した彼女を待っていたのは緊急手術だった。

 やがて呼び出された朔太郎に告げられた病名は、大腸ガン。大きな腫瘍は取り除いたが、既にあちこちに細かく転移しており、処置しきれないのだという。抗ガン剤による治療を行うが、32歳という若さで患ったガンは極めて進行が早い。5年後の生存率は0%、1年先のことを考えることも難しいという、それはあまりに無情な宣告だった。朔太郎は妻に病状を説明しながらも、余命について打ち明けることは出来なかった。

 治療は当座、通院しての投薬が主体となるため、間もなく節子の退院が決まった。病院を出ようとしたところへ現れた担当医の松下(大杉漣)は、退院後は愉しく過ごすように助言する。笑うことで免疫力が上がる場合がある、というのだ。

 帰宅後、節子を気遣い家事を代わろうとする朔太郎だったが、如何せん夢見がちで普段手伝うこともなかった朔太郎は、はっきり言って役立たずだった。自分は節子に何がしてあげられるだろう――そう考えたとき、松下医師の言葉が彼の脳裏をよぎり、ひとつのアイディアが閃いた。

 その日から朔太郎は、妻のために小説を書き始めた。1日1篇、節子のために、笑える小説を書こう――



[感想]

 実話に基づいている、とは言うが、かなり大幅な脚色が施されている。作中では若い夫婦として描かれているが、実際に妻のために毎日小説を書き続けた作家の眉村卓は、既に60代だった。

 SFに限らず小説が好きな人は、実のところ本篇の朔太郎の設定や境遇自体に違和感を覚えるかと思う。本気でSFを愛し、好んで執筆するような人、とりわけ専業で書いているような書き手が、作中の朔太郎のようにあまりに古色蒼然としたモチーフを採り上げることはないし、それで連載を持つのはたぶん難しい。ほとんどの作家は雑誌連載や短篇で稼ぐことは出来ず、書き下ろしの長篇の印税でどうにか収入を得るのが実情だ。SFが歓迎されていないのは事実だが、朔太郎の友人・滝沢(谷原章介)のように恋愛小説に転向したからといって簡単に売れるようものでもない。新人作家の売り方や扱いも奇妙で、本好きとしては据わりの悪い想いをするはずだ。

 ただ、小説家や出版業界の現実をリアルに描くことがこの作品の狙いでないことは明白なので、あまり拘泥するべきところではない。むしろこの作品の場合、朔太郎が古典的なSFのモチーフを愛していることが、物語にとっていいエッセンスになっており、彼の居心地のいい世界観を構築する役割を果たしている。決して人気作家ではないし、物語中盤では意に染まない小説の仕事を引き受けようとするひと幕も描かれているが、妻をはじめ、牧村朔太郎という人物の浸る妄想に、この作品の世界はとても優しい。

 そうして、朔太郎の作品世界、脳裏に描く空想を印象づけた結果として強調されるのは、妻を冒す病の非情さと、それに勝る周囲の優しさ、そして夫婦の絆の確かさだ。

 この作品において好感が持てることのひとつに、「1年先のことを考えるのは難しい」と宣告されたにも拘わらず、思いの外平穏に1年を超え、更に数年間、彼女が命を永らえたことを、決して朔太郎が毎日書き続けた小説のお陰と断じていないことが挙げられる。確かに医師は笑うことが免疫力の向上に繋がることを指摘したし、実際そういう説があるのだが、だからと言ってそれですべてが解決したわけではない。病は重くなり、用いられる薬もどんどん強いものに変えられている。間違いなく治療の上での工夫で節子を救っている部分も大きく、その事実を決してないがしろにはしていない。

 しかし、そういう認識をちらつかせているからこそ、この物語の持つ優しさが際立っている。不器用で、お話を作ることでしか妻の役に立てないことを痛感し、その一事に没頭する夫。そんな彼を理解して、病の痛みに苛まれ、余命を悟りながらも夫の書く小説を待つ妻。このふたりの絆の美しさもさることながら、周囲の眼差しも真摯で快い。特に、相変わらず過剰なまでの美男子的な芝居で異彩を放つ谷原章介が演じる友人の、朔太郎と節子、双方に投げかける言葉が秀逸だ。医師や、終盤に入院した節子と付き添う朔太郎の姿に感銘を受ける看護師や患者たちと異なる、敢えて本質を突いた言葉が、しかしこの夫婦の互いを思いやる気持ちの深さを余計に濃密に伝えてくる。

 詰まるところ、この作品はいわゆる難病ものではあるが、病との戦いから生きることの尊さ、死と向き合う心を問うているのではなく、その主題はあくまで夫婦愛なのだ。最期の一瞬まで、互いを気遣い、想う気持ちがこんなに森々と感じられる映画も珍しい。

 朔太郎が愛する、古風なガジェットを用いたSF的空想世界と、そこに満ちるノスタルジックな空気、優しさ、笑いの要素は、故に闘病の苦しさを節子にとっても、観客にとっても和らげる緩衝剤として、確実に意味を持っている。あまりに古いステレオタイプで描かれた文学界の様子も、そんな彼の世界観を作品に組み込むためには必要だったと言えるのだ。

 本篇は主演である草彅剛の、高く評価されたドラマシリーズ『僕の生きる道』のスタッフが中心となって製作されており、同シリーズの特徴であった清潔な画面作りと、美しい音楽を多用することで却って静けさ、間を強調する独特の演出なども踏襲している。あの作品世界に惹かれ、好感を抱いていたような人であれば、間違いなく本篇にも心を打たれるだろう。仮にそうでなくとも、多少空想的でも真摯に作り込まれ、厳しさと同じくらい優しさを描いた物語に、心癒されるはずだ。



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