『トロン:レガシー』

『トロン:レガシー』

原題:“Tron : Legacy” / 監督:ジョセフ・コジンスキー / 脚本:エドワード・キツイス、アダム・ホロヴィッツ / ストーリー:エドワード・キツイス、アダム・ホロヴィッツ、ブライアン・クルーグマン、リー・スターンタール / 製作:ショーン・ベイリー、ジェフリー・シルヴァー、スティーヴン・リズバーガー / 製作総指揮:ドナルド・クシュナー / 撮影監督:クラウディオ・ミランダ,ASC / プロダクション・デザイナー:ダレン・ギルフォード / 編集:ジェームズ・ヘイグッド,A.C.E. / 衣装:マイケル・ウィルキンソン / 視覚効果スーパーヴァイザー:エリック・バーバ / 音楽:ダフト・パンク / 音楽監修:ジェイソン・ベントレー / 出演:ジェフ・ブリッジスギャレット・ヘドランドオリヴィア・ワイルドマイケル・シーン、ボー・ガレット、ブルース・ボックスライトナー / 配給:WALT DISNEY STUDIOS MOTION PICTURES. JAPAN

2010年アメリカ作品 / 上映時間:2時間6分 / 日本語字幕:戸田奈津子 / 用語監修:大口孝之

2010年12月17日日本公開

公式サイト : http://tron-movie.jp/

TOHOシネマズ日劇にて初見(2010/12/17)



[粗筋]

 デジタル業界の寵児にして、ゲームやネットワーク・システムの開発で大企業となったエンコム社のCEOであるケヴィン・フリン(ジェフ・ブリッジス)が突如行方をくらましてから、20年の時が経過した。

 27歳になった息子のサム(ギャレット・ヘドランド)は父の財産を引き継ぎエンコム社の筆頭株主となっていたが、現在の経営陣とはむしろ対立して、大胆な嫌がらせに及んでいる。

 そんな彼のもとを、ケヴィンの失踪後、父親代わりとして接してくれていたアラン・ブラッドリー(ブルース・ボックスライトナー)が訪ねてきた。アランはサムに、ケヴィンが経営していたゲームセンターの鍵を手渡すと、驚くべきことを告げる。前夜、閉鎖されているはずのゲームセンターから、アランの所持するポケベル宛に連絡があった、というのだ。

 半信半疑ながらゲームセンターへと赴いたサムは、父が開発したゲーム“トロン”の筐体の背後に秘密の地下室があるのを発見する。そこに設置されていた、タッチパネル式のコンピューターを起動し、アクセスを試みたサムは――次の瞬間、見知らぬ場所にいた。

 やがてサムは知る。そこは父ケヴィンが開発し、取り込まれたまま戻れなくなった、電脳空間であった……



[感想]

 本篇は1982年、当時としては極めて珍しかった、CGを多用して作りあげたSFアドヴェンチャー映画『トロン』の続篇である。まだリアリティのある作画など夢のまた夢であった時分、ほぼ線だけで構成された、いま鑑賞すると非常に未熟な映像であるが、当時は恐らくちょっとした衝撃を齎されたはずだろう。

 それから30年近く経過して、CGは長足の進歩を遂げ、ある程度の規模の作品であれば確実に導入されているほど、映画の世界で不可欠の技術となった。本篇は、そうして発展したCGを吸収して、前作で示した“電脳世界”を洗練し、より精密に描き出している。

 ただ、前作もそうであったように、意欲そのものは非常に感じられるのだが、如何せんドラマの構成や世界観の掘り下げ方が甘く、物語としての魅力にいまひとつ乏しいのが残念だ。枠組が異世界ファンタジー、或いはSFをベースにした冒険物の王道を踏襲して単純明快なのは一向に構わないのだが、それならそれで土台となる世界観や、登場人物の設定にもう少し工夫が欲しいところだが、本篇はそこが甘い。終盤の展開の鍵を握るキャスターやジェムにはそこで突然存在感を増すまでの伏線が欲しいところだし、黒幕についても周囲の葛藤なり紆余曲折を窺わせるものがほとんど描かれていないので、クライマックスの演説や表情に説得力がない。

 サムを軸とするストーリーにしても、背景や動機を伝える労を取っていないので、観ていて首を傾げる部分が多い。特に、協力者となるクオラ(オリヴィア・ワイルド)の思考や判断の根拠がほとんど不明なままなので、単に話を都合のいいように動かすための駒のように見えてしまっている。彼女の設定や、随所で見せる表情、振る舞いに愛らしさや掘り下げ甲斐のある要素が鏤められているだけに、非常に勿体ない。

 だが、映像のクオリティ、特異性は高く、異次元の空気を味わいたい、という人ならばどっぷり浸れるはずだ。前作の、ほぼ線のみで表現されていたような映像空間を敷衍し、色彩の極めて限られた無機質に近い背景に、スタイルの端整な人物たちがメタリックな衣裳をまとって動き回る様は、従来のオーソドックスなSFの雰囲気を踏まえながらも、より洗練されている。前作の基本ルールを押さえながら、それを二次元から三次元に拡張し、実写と最先端の視覚効果で組み立て直したゲーム場面の迫力も凄まじい。二次元での陣取りゲームという趣だったバイク・レースなど、階層の要素が加わることでよりスリリングになり、映像的な興趣も増している。

 人物像の掘り下げが不充分であるため、充分に活かされていないきらいはあるが、ジェフ・ブリッジスがさすがの存在感を示して演じたケヴィン・フリンとクルーも見応えがある。特にクルーのほう、あとでパンフレットを読んで知り驚いたのだが、ジェフ・ブリッジスを特殊メイクで若返らせたのかと早合点していたら、何とモーション・キャプチャーを用いて作られた、フルCGの人物なのだという。取り込まれたのは間違いなくジェフ・ブリッジスの動きらしいが、しかし周囲の登場人物が大半は実写であったろうことを思うと、まったく不自然さを感じさせなかったのは驚異的な技術と言っていい。『ベオウルフ/呪われし勇者』あたりを観ても解るが、CGで実在しない生物やデフォルメされた動物を自然に動かす技術はどこも磨きがかかってきたが、人物を違和感なく表現出来た作品はまだまだ珍しいのだ――まあ、例に挙げた『ベオウルフ』でも既に3年が経過しており、それだけあれば一気に発展してしまうのが近年のCGではあるが、レベルの高さは認めるべきところだろう。

 決してユニークなアイディアに富んでいるわけでも、展開に独自性があるわけでもないが、それを牽引してしまう演出のテンポの良さも本篇の美点である。もともとCMを中心に手懸けていた監督であるのに加え、ダフト・パンクによる音楽を単純なBGMとしてでなく、状況に応じて音の出し方を変えるなど、より繊細な編集を施して作品世界と一体化させて用いていることも奏功しているようだ。

 喧伝するほどに先進的とも、物語として完成されているとも感じなかったが、映像に対するこだわりと高い技術力、意欲は確かに漲っており、簡単に切って捨てられない魅力のある作品である。前作を何らかの理由で評価している人ならば、とりあえず観ておいて損はないはずだ。



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