『必死剣鳥刺し』

『必死剣鳥刺し』

原作:藤沢周平(『隠し剣孤影抄』所収・文藝春秋刊) / 監督:平山秀幸 / 脚本:伊藤秀裕、江島至 / 製作:伊藤秀裕、中曽根十治、平城隆司、尾越浩文、川村龍夫、外山衆司 / プロデューサー:江川信也 / 撮影:石井浩一 / 照明:椎原教貴 / 美術:中澤克巳 / 録音:田中靖志 / 編集:洲崎千恵子 / 殺陣&所作指導:久世浩 / 音楽:EDISON / 主題歌:alan風に向かう花』(avex trax) / 出演:豊川悦司池脇千鶴、吉川晃司、岸部一徳小日向文世戸田菜穂関めぐみ村上淳高橋和也 / 制作:エクセレントフィルムズ / 配給:東映

2010年日本作品 / 上映時間:1時間54分

2010年7月10日日本公開

公式サイト : http://www.torisashi.com/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2010/07/21)



[粗筋]

 海坂藩の侍、兼見三左エ門が、藩主・右京の側室・連子を殺害したのは、能楽会が終わった直後のことであった。突然の凶行に周囲が騒然とするなか、三左エ門は端然と正座し、刀を置くと、深々と頭を下げた。

 最近、海坂藩の藩政は連子によって翻弄されていた。右京は連子の歓心を惹こうとするあまり、華奢を好む連子の我が儘を悉く許容してしまった。折しも海坂藩は財政難であったが、緊縮案は骨抜きにされ、能楽会の中止を提案した勘定方は詰め腹を切らされてしまう。

 三左エ門は先日、妻女・睦江(戸田菜穂)を病で失っていた。二人の間に子供はなく、お家取り潰しで迷惑を被る者は少ない。彼にとって、思案に思案を重ねた上での凶行であることは、周りの目にも明白であった。

 だが、そんな三左エ門に下された裁きは、彼自身にとっても意外なものだった。本来切腹、お家取り潰しが妥当だと思われる三左エ門を、お上は禄を削ったうえ、一年間の閉門という軽い罰に処したのだ。

 三左エ門自身が訝るような判決であったが、彼に拒絶する権利はなかった。使用人たちを解雇し、睦江の姪で兼見家に居候していた里尾(池脇千鶴)のみを身辺の世話に残して、三左エ門は蔵の中に籠った。

 一年後、閉門を解かれた三左エ門はしばらくのあいだ人を避けて、領地を巡って過ごしていたが、そんなある日、またしても予想外の沙汰が下る。主君の側室を殺めた彼が、何と右京の物頭筆頭――警護の責任者に抜擢されたのだ。

 いったい何故、自分をこのように重用するのか? 困惑する三左エ門に、中老・津田民部(岸部一徳)は、ある目論見を語った……



[感想]

 近年、藤沢周平作品の映画化が相次いでいる。山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』を皮切りとする三部作の成功をきっかけに、『蝉しぐれ』『山桜』『花のあと』と、ほぼ毎年のペースで作られている。それだけ藤沢作品が完成されているから、とも言えるが、それと共に、歴史的大事件を潤色したり、チャンバラばかりで古臭い、というイメージのまとわりついていた時代劇に、市井の人々の佇まいや侍の生々しい実像を織り込んで、現代にも通ずるドラマとしての魅力を印象付けたのが大きかったのだろう。更に、日本の原風景を感じさせる庄内平野が積極的に映画撮影を受け入れ、その美しさと作品の世界観が溶け合ったことも奏功したと思われる。

 だが、本篇はそうしたイメージに囚われて、格別な予備知識もなく鑑賞すると、間違いなく度肝を抜かれるはずだ。なにせ、いきなり粛々と催される能楽会の場面から始まり、すぐに三左エ門の犯行に至る。以降、三左エ門への処罰と並行して描かれる過去の話も、他の藤沢周平原作映画と比してやたらと政治的であり、生臭い。

 一方で、主人公たる三左エ門は、異様に言葉数が少ない。動機を問われても口を開かず(自明の理だった、という事情もあろうが)、唯一彼に尽くし続けた里尾に対してさえ真意を語ろうとしない。黙ったまま己の意思、信念を貫こうとするさまは、まるでハードボイルドの主人公だ。

 しかし、そう捉えると実に腑に落ちる作りである。どこかクラシカルな映像のトーンも、誰かの語りやナレーションに依拠することなく、回想を織り交ぜた構成によって観る側に事情を理解させていくという、言葉数を抑えた編集も、海外のハードボイルドに近い、突き放したような客観性と熱い静けさを作品に齎している。

 他方で、妻の姪・里尾との交流を介して情感も膨らませている。初手から彼女は三左エ門への好意を半ばあからさまにし、三左エ門も薄々それを察している節があるが、それでも世間体や互いへの気遣いで、決して深く踏み込もうとしない。世間的には決して望まれない関係が、作品に彩りを添えているのだ。

 理解に苦しむ三左エ門の重用と、海坂藩の中にくすぶる火種、そうしたものが丹念に地道に描写され、クライマックス15分近くに及ぶ殺陣へと結実する。それまで抑え込まれてきた確執の種子や激情が一気に暴発するかのようなこのくだりの重量感はただごとではない。そして、ある意味で満を持して放たれる、三左エ門の奥義“鳥刺し”が、見事なまでに彼の生き様を象徴する。

“鳥刺し”という秘剣の使い途が、解る人には簡単に読み解けるにも拘らず最後まで引っ張っていることや、どう考えてもハッピーエンドではない――三左エ門の行動自体に虚しさを覚えるような顛末は、時代劇に痛快さを求めるような向きには不満だろう。だが翻って、そうした単純明快さに倦んでいたような人、重厚感を欲していたような観客には、豊潤な余韻と共に満足感を与えてくれるはずだ。

 ごく地味な作品、とも言える。だが、だからこそ日本映画が本当に必要としていた類の秀作だと私には思える。成熟の味わいを堪能できる、良質の時代劇である。



関連作品:

たそがれ清兵衛

隠し剣 鬼の爪

武士の一分

山桜

座頭市 THE LAST