『座頭市 THE LAST』

『座頭市 THE LAST』

原作:子母澤寛座頭市物語』 / 監督:阪本順治 / 脚本:山岸きくみ / 製作:亀山千広 / 撮影:笠松則通(JSC) / 美術:原田満生 / 照明:杉本崇 / 編集:蛭田智子 / 衣裳:岩崎文男 / 殺陣:菅原俊夫 / 録音:橋本文雄 / 音楽:プロジェクト和豪 / 出演:香取慎吾石原さとみ反町隆史仲代達矢倍賞千恵子原田芳雄岩城滉一工藤夕貴寺島進高岡蒼甫ARATA、加藤清史郎、ZEEBRA宇梶剛士柴俊夫豊原功補、でんでん、中村勘三郎 / 制作プロダクション:セディックインターナショナル / 配給:東宝

2010年日本作品 / 上映時間:2時間12分 / PG12

2010年5月29日日本公開

公式サイト : http://www.the-last-1.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2010/05/29)



[粗筋]

 座頭市(香取慎吾)。盲目の按摩にして、居合剣術の達人。ならず者の世界では名の知られた存在であり、常に命を狙われている。妻女となるタネ(石原さとみ)との出逢いにより、堅気に戻る意を固めたが、世間は容易にそれを許さなかった。これが最後、と臨んだ決戦の場で、タネは市を庇う格好で、その命を儚くする。

 失意の中、放浪を続けた市は、ある三叉路で行き倒れたところを、ひとりの農民に拾われた。その男、柳司(反町隆史)はかつて渡世人になろうと志して村を飛び出した経験があり、その際に市と知己を得ていた。市の衰弱しきった姿に胸を痛めた柳司は、彼を家に運び、養生させる。

 やがて恢復した市は、柳司の家に留まり、野良仕事を手伝い始めた。タネと手を取り合い旅立ったとき、仕込み杖を離す、と約束していた市にとって、それは決して悪い暮らしではなかった。柳司の母ミツ(倍賞千恵子)は最初こそ極道と市に厳しい態度を取っていたが、本気で堅気になろうとする彼を、次第に手助けするようになっていく。

 だが、時を同じくして、柳司らの暮らす大山村に思わぬ騒動が持ち上がる。最近台頭してきた天道組というヤクザが、大山村の海を拠点として“おろしあ”との貿易を始めることを目論見、地元を牛耳っていた島地組から権利を奪い始めたのである。浜辺の市場は解体されて倉庫の建築が始まり、島地組に金を借りていた農民たちは、その証文を天道組に渡されたことで、激しい取り立てに晒されるようになった。

 柳司もまた、既にほとんど払い終えた借金のかたに三両の支払を求められる。市が賭場で稼いでひとまず凌いだものの、天道組の横暴に農民たちの不満は募り、やがて柳司は、市に仕込み杖を握らせてしまうのだった……



[感想]

 座頭市をまったく知らない、という日本人はあまりいないだろう。勝新太郎がこの稀代のアウトローを演じた映画そのものを観たことがなかったとしても、盲目ながら居合の達人で、独特の逆手による構えを得意とする、といった特徴ぐらいは知っているはずだ。勝新太郎の没後は、北野武監督による金髪の『座頭市』、はぐれ瞽女という設定で女性に翻案した『ICHI』などが作られてきた。

 生憎と私は勝新太郎が演じた座頭市は未だ観ていない。それだけによけいこだわりがなかったからかも知れないが、世間では否定的な反応の多かった“SMAP香取慎吾主演”“これが最後”という要素はあまり気にならなかった。寧ろ、『闇の子供たち』の阪本順治監督がメガフォンを取ると知って、却って期待したほどだった。この監督が撮って、単純明快なチャンバラ映画や、名キャラクターの知名度に便乗した軽薄な作品が出来るはずがない。

 そして、実際に完成した作品は、私の期待通りに重量感のある仕上がりになっていた。

 唯一、事前の情報から不安を抱いていたのは“愛”という単語だった。ここに拘り過ぎれは、情緒過多に陥ってしまう――だが本篇はプロローグで、その不安を破壊してしまった。払拭ではなく、破壊だ。少しでも、甘い恋愛物の味付けを期待していた人は、あそこで仰け反るに違いない。

 だが、この導入を得たことで本篇は、終始その表現に深みをもたらすことに成功している。主演した香取慎吾の人懐っこい表情が、村において市がいっときでも農民たちと心を通わせる姿に説得力を添える一方で、観る側に痛ましさを感じさせる。そして、そのあとの戦いのモチベーションとなり、ひいては結末に大きな意味を与えている。絶妙極まりない幕開けだ。

 愛にまつわる部分を脇に置いても、本篇の描写は非常に重い。登場する者の多くが身勝手で、そのエゴが市に絡みついて振りまわす。ある種ステレオタイプともいえる悪人に徹した天道一家が私欲にまみれているのは当然だが、良かれと思って、と言いながら漁港の権利や借金の証文を天道一家に譲り渡して多くの者を窮地に追いやった島地の親分、一度は市を受け入れながら、事態が逼迫すると市に責任を押しつけようとする農民たち。特に、市の知己であった柳司の言動に滲む身勝手さには苛立ちすら覚える。

 しかし本篇の優れた点は、人々のそうした行動が、愚かには感じられても不自然とは思わせないことだ。寧ろ、ご都合主義ではない、生々しい人間性を感じる。既に半ば以上返済を終わらせた証文で支払を求められた柳司に詰め寄られた島地の親分が「良かれと思ってやったんだ」と弁明したのが象徴的で、基本、彼らの行動に悪意はない。観客が観ていて最も苛立ちを覚えるだろう柳司の終盤の行動にも、迷いや苦しみがあって、必ずしも憎めない。状況を思えば、同情さえ抱いてしまうだろう。

 こうしたドラマの泥臭さに、殺陣もまた足並みを合わせて、無様と言えるほどに荒々しい。冒頭の竹藪にしても終盤の斜面にしても、たとえ盲目でなかったとしても決して戦いやすくはない。敵味方問わず何度も転倒し、屈強な市でさえたびたび手傷を負わされる。満身創痍になった状態での一騎討ちもまた極めて切迫した空気があり、一般のテレビ時代劇や、VFXを多用した時代劇とは異なる。だが、これほど剥き出しに人間性を描き出した作品には、洗練された立ち回りよりよほどそぐわしい。

 挙句に訪れる結末には、強烈な遣り切れなさが漂っている。だが、どれほど渇望しようとも人並みの幸せを得られるはずのなかった男にとって、この結末は寧ろ、命を全うした、とも言える。望みはけっきょく叶えられなかったが、幸せを夢見、いっとき安らいだ温もりへと還っていくような市の心情を静かに、情感豊かに描き出したラストシーンは、無常観をたたえながらも、奇妙な清々しささえ滲ませている。

 近年の成功した時代映画と比較して、本篇のタッチは泥臭く、無様で、不条理さが漲っている。だが、だからこそアウトローの最期を描いた作品に相応しい重みと悲壮感をたたえている。

 たぶん、座頭市というキャラクターに真っ向から取り組んだ作品はいずれ作られるだろう。私はそれで一向に構わないと思う。“座頭市”というキャラクターに真っ向から挑み、その生き様を全うさせた本篇の価値は、たとえ新しい“座頭市”が誕生したところで否定は出来ないはずだ。



関連作品:

座頭市

ICHI

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闇の子供たち

NIN×NIN 忍者ハットリくん・ザ・ムービー

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スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ

フルタイム・キラー