『アリス・イン・ワンダーランド(3D・字幕版)』

『アリス・イン・ワンダーランド(3D・字幕版)』

原題:“Alice in Wonderland” / 原作:ルイス・キャロル / 監督:ティム・バートン / 脚本:リンダ・ウールヴァートン / 製作:リチャード・D・ザナックスザンヌ・トッド、ジェニファー・トッド、ジョー・ロス / 製作総指揮:ピーター・トビヤンセン、クリス・レベンソン / 共同製作:カッターリ・フラウエンフェルダー、トム・ペイツマン / 撮影監督:ダリウス・ウォルスキー,ASC / プロダクション・デザイナー:ロバート・ストロンバーグ / 編集:クリス・レベンソン,A.C.E. / 衣装:コリーン・アトウッド / シニア視覚効果スーパーヴァイザー:ケン・ラルストン / メイクアップ・デザイン:ヴァリ・オライリー / 音楽:ダニー・エルフマン / 出演:ジョニー・デップミア・ワシコウスカ、ヘレナ・ボナム=カーター、アン・ハサウェイクリスピン・グローヴァー、マット・ルーカス、マートン・ソーカス、レオ・ビル / 声の出演:マイケル・シーンスティーヴン・フライアラン・リックマン、バーバラ・ウィンザー、ポール・ホワイトハウスティモシー・スポール、マイケル・ガフ、クリストファー・リー / ロス・フィルムズ/ザナック・カンパニー/チーム・トッド製作 / 配給:WALT DISNEY STUDIOS MOTION PICTURES. JAPAN

2010年アメリカ作品 / 上映時間:1時間49分 / 日本語字幕:石田泰子

2010年4月17日日本公開

公式サイト : http://alice-movie.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2010/04/21)



[粗筋]

 アリス・キングスレーが“不思議の国”を旅したのは、6歳のときのことだった。ベッドで目醒め、それを奇怪な夢だと思いこんだアリスは、父(マートン・ソーカス)に「わたし、頭が変なの?」と訊ねる。父は彼女の手を握り、優しく微笑んで告げるのだった――「確かに変だ。でも、優れた人というのは、みな頭が変なんだよ」

 それから13年の時が経った。最愛の父は病でこの世を去り、19歳になったアリス(ミア・ワシコウスカ)は家のために、と母親から結婚を急かされている。アリスにその気はなかったが、親類から招かれたパーティにて、衆人環視のなか貴族からプロポーズされて、アリスは困惑し、動揺した。

 貴族がひざまずき返事を待つ四阿から逃げ出したアリスは、パーティの会場に着いたときから視野の隅をかすめていたなにかの影を追って、庭の奥にある樹のうろに辿り着く。覗きこんだアリスはそのまま転落し、地の底へ闇の底へ下っていった。

 ようやく着いたのは、奇妙な小屋。四方に扉はあるがすべて鍵がかかっており、唯一鍵が用意されていた扉は小さくてくぐれない。室内には身体を小さくする液体と大きくするケーキがあり、四苦八苦した末にどうにかアリスは小屋を脱することに成功した。

 ……アリスはまだ夢だと信じこんでいる。けれどそこに広がっていたは、他ならぬアリスが13年前に迷い込んだ“不思議の国”の、変わり果てた姿であった……



[感想]

 ティム・バートン監督の作品は、空想的だが妙に毒の色濃い世界観を特徴としている。子供を意識して作ったと思しい『チャーリーとチョコレート工場』でさえ扱われるモチーフには残酷さが見え隠れするし、手法としてはやはりファンタジーが主体になりがちなストップモーション・アニメの分野でも『ティム・バートンのコープスブライド』のような、ホラー的オカルト的な作品を繰りだしてくる。

 そういう彼がよりによって、子供向けファンタジーの代名詞とも言える『不思議の国のアリス』を手懸けた、と聞くと一瞬違和感を覚えるかも知れない。だがよく考えてみれば、ルイス・キャロルの執筆した『アリス』2作品の世界観は恐ろしく歪で奔放で、個々の要素を並べてみると極めてグロテスクなのである。これは、もともと子供に読み聞かせることを念頭に執筆したキャロルが、子供が本来そうした奇妙なモチーフに惹かれやすい、ということを知っていたからだろう、と個人的には考えている。

 従って、ティム・バートン監督がアリスの世界を敷衍して映画を撮ることは、むしろ必然的な帰結だったと思う。実際に提示された作品を観て、細々としたモチーフの描き方や、登場人物の取捨選択に異存を唱えたくはなっても、その相性に文句をつける人はあまりいないはずだ。

 さすがに毒は薄れているものの、しかし決して『アリス』の世界観を幼稚なものと高を括って描いていないことは、随所に窺える。赤の女王の暴虐ぶりはファンタジーだからこそユーモラスのひと言で済ませられるが、現実にやっていれば相当な地獄絵図が展開していただろうし、小さくなったアリスを巡るマッドハッター(ジョニー・デップ)らとのやり取りにはそこはかとないエロティシズムが漂っている。とりわけ、魔法の道具の作り方には、ファンタジーを敷衍しつつもかなりえげつない要素が混ざっている。他のお行儀の良い映画監督に撮らせていればまずカットされていたであろう描写で、こういうのを意識的に残しているあたりにティム・バートン監督の悪趣味さ、強い毒が窺える。

 ただ、ストーリーの精度がいまひとつなのは少々残念だ。オリジナルがそもそもストーリーで魅せる作品ではないのでそれを踏襲したとも言えるが、モチーフの奇妙さに引きずられるように、密な構成を放棄して奔放なイメージにばかり頼って、いささか結末が唐突に訪れている感がある。アリスの行動に秘めた主題は明白だし、そこはきちんと伝わるのだが、もう少し迷いや困難との対決を描いて欲しかったように思う。あまりに素直に決着してしまっている。

 だがそれでも、奔放にちりばめられたモチーフの中にもちゃんとアリスが最後に示す決意と結びつく要素が隠されており、それで“不思議の国”でのアリスの決意と、現実世界での彼女の成長を象徴する手管はさすがに洗練されているし、なかなかグッとくるものがある。この辺りの、さり気ないドラマ作りの巧さこそ、ティム・バートン監督がただのマニアックなクリエイターに留まらず、一定の支持を集め続けている一因になっているのだろう。

 ティム・バートン監督の、たとえば『シザーハンズ』、たとえば『ビッグ・フィッシュ』、たとえば『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』といった傑作群と並べると格別可もなく不可もなく、という出来には思える。だが、『不思議の国のアリス』という作品の持つ世界観をきっちりと押さえたうえで、決して愛読者たちが不満を抱かないレベルでその“続き”を描き出した点は高く評価されるべきだろう。ティム・バートンらしさを極力損なわずに、見事に“ご家族向け”を装った、ある意味奇跡的な作品と言える。



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