『1408号室』

1408号室 [Blu-ray]

原題:“1408” / 原作:スティーヴン・キング / 監督:ミカエル・ハフストローム / 脚本:マット・グリーンバーグ、スコット・アレクサンダー、ラリー・カラゼウスキー / 製作:ロレンツォ・ディ・ボナヴェンチュラ / 製作総指揮:ボブ・ワインスタインハーヴェイ・ワインスタイン、リチャード・サパースタイン、ジェイク・マイヤーズ / 撮影監督:ブノワ・ドゥローム,AFC / プロダクション・デザイナー:アンドリュー・ロウズ / 編集:ピーター・ボイル,A.C.E. / 衣装:ナタリー・ウォード / キャスティング:エレイン・グレインジャー / 音楽:ガブリエル・ヤーレ / 出演:ジョン・キューザックサミュエル・L・ジャクソン、メアリー・マコーマック、トニー・シャローブ、ジャスミンジェシカ・アンソニー / 配給:MOVIE-EYE / 映像ソフト発売元:東宝

2007年アメリカ作品 / 上映時間:1時間44分 / 日本語字幕:栗原とみ子

2008年11月22日日本公開

2009年3月20日DVD日本盤発売 [DVD Video:bk1amazonBlu-ray Discbk1amazon]

公式サイト : http://room1408.jp/ ※閉鎖済

Blu-ray Discにて初見(2010/02/20)



[粗筋]

 各地にあるオカルト・スポットを歴訪し、レポートする書籍を多く出版している作家マイク・エンズリン(ジョン・キューザック)。ひとり娘を病で亡くして以来、妻との接触も断ち、追われるように車を走らせて仕事を続けていた。

 ある日、マイクのもとに一通の奇妙な手紙が届く。ニューヨークにあるドルフィン・ホテルの写真をあしらった絵葉書で、メッセージ欄には“1408号室には決して泊まるな”と記されていた。マイクが連絡を取り、予約を申し込もうとすると、日付を指定する前から「埋まっている」という返事だった。日曜日も、木曜日も、来月も、ずっと。

 却って強く興味を惹かれたマイクは、下調べの上、直接ドルフィン・ホテルに乗り込んだ。カウンターで名乗ると、すぐさま支配人のオリン(サミュエル・L・ジャクソン)が現れて、彼を支配人室へと迎え入れる。

 オリンは高級品のワインを進呈し、1408号室にまつわる死者の記録を示して、柔らかな物腰ながら宿泊を取り止めるよう、マイクを懸命に説得した。しかし、必死になればなるほど、マイクは好奇心と反抗心とに燃え、いよいよ1408号室に宿泊する意思を硬くする。遂にオリンは折れ、マイクに鍵を手渡した。

 ようやく通された1408号室は、古めかしいバー型の鍵と、ほどほどに清潔でほどほどに安っぽい、これといってなんの変哲もない部屋だった。いささか拍子抜けする思いをするが、しかしマイクはやがて身を以て痛感することになる――この部屋が、これまでに彼が訪ねてきたオカルト・スポットとは、まるで性質の異なる場所なのだ、ということを。



[感想]

 怪奇現象が起きることで知られる宿に泊まって、実際に体験し、その様子を記事にする――羨ましがるのは怪談やオカルトを好む私のような人種くらいで、ほとんどの人は物好きな、ぐらいに思い、なんでわざわざそんな危険に踏み込むような真似を、と本気で恐ろしがる人もいるかも知れない。ただ、いずれにしても、奇妙だが決して不自然には感じない類の“仕事”であり、映画の導入として興味を惹くうまい設定であることは疑いない。

 だが、本篇がどうも微妙な評価を受けているのは、そうした前提に惹かれて劇場に足を運んだ、或いは映像ソフトを入手した人の求める刺激や結末と、本篇で実際に描こうとしているものがかなり食い違っているせいだろう。

 有り体な“化け物屋敷”ものの映画ならば、“化け物”が居つく、そこに存在する理由があり、巧みな伏線によってじわじわと、ということもあれば、最後に衝撃、或いは事態打開の手段として急激に明かされる、というのが定石だ。だが本篇は、そのいずれにも該当していないように感じられる。起きる怪奇現象から原因を辿ることも出来ず、事態打開のヒントを探り出すことも出来ないし、クライマックスにしても、もう一段階何か仕掛けがあるような曖昧な印象を残し、結局“1408号室”が何だったのかは判然としない。

 もっとも、よくよく考えれば読み解く道はちゃんと存在している。まさしく本篇は、オーソドックスな“化け物屋敷”映画の法則を壊す“化け物”を創造し、その脅威を描こうとした作品であり、そう捉えれば決して間違った作りではない。

 だがそう判断した上でも、まるで観客の介入できる率が異様に高い“アトラクション”と思えるようなギミックの数々や、確かに方法としてはアリでも、主人公が最終的に導き出した脱出法、それを正解だと感じさせるための工夫等々、必要なものを多く欠いたまま終わってしまった作品である、という印象は拭えないように思う。恐らく当事者は怖いだろうし、狂気に踏み込んでしまうのもおかしくはない、と感じられる文字通りの“悪夢”であることは間違いないが、生憎それが観客のほうにまでは伝わってこない。むしろあまりの狂奔ぶり、挙句の微妙な締め括りに呆気に取られ、苦笑いを浮かべてしまう。

 ほぼひとり芝居に近いジョン・キューザックの抑制と解放を繰り返す迫力のある演技、ぽつぽつと現れて美味しいところを攫っていくサミュエル・L・ジャクソンの怪演ぶりは見応えがあるし、世界観を堅実に押さえた美術にテンポのある演出が、B級ホラー然とした内容に風格を与え、何だかんだと最後まで観客の目を惹きつける牽引力に繋がっていることも事実だ。

 これが無名の役者や妙にモタモタした、或いは勢いだけの演出で描かれていたら……むしろ別種の魅力が醸し出されたかも知れない。趣向として間違ってはいないのだが、それが作中の様々な要素の兼ね合いにおいても、作り手の狙いと観客の欲求とのすり合わせにおいても、うまく噛み合うことが出来なかった、不幸な作品だと思う。そして、その微妙さが、困ったことに私は決して嫌いではなかったりする。



関連作品:

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2012