『サロゲート』

『サロゲート』

原題:“Surrogates” / 監督:ジョナサン・モストウ / 原案:ロバート・ヴェンディティ、ブレット・ウェルデル / 脚本:マイケル・フェリス、ジョン・ブランカトー / 製作:デヴィッド・ホバーマン、トッド・リーパーマン、マックス・ハンデルマン / 製作総指揮:デヴィッド・ニックセイ、エリザベス・バンクス / 撮影監督:オリヴァー・ウッド / プロダクション・デザイナー:ジェフ・マン / VFXスーパーヴァイザー:マーク・ステットソン / 編集:ケヴィン・スティット / 衣装:エイプリル・フェリー / 音楽:リチャード・マーヴィン / 出演:ブルース・ウィリスラダ・ミッチェルロザムンド・パイク、ボリス・コジョー、ジェームズ・フランシス・ギンティ、ヴィング・レイムスジェームズ・クロムウェル、ジャック・ノーズワージー、デヴィン・ラトレイ、マイケル・カドリッツ / 配給:WALT DISNEY STUDIOS MOTION PICTURES. JAPAN

2009年アメリカ作品 / 上映時間:1時間29分 / 日本語字幕:戸田奈津子

2010年1月22日日本公開

公式サイト : http://www.movies.co.jp/surrogate/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2010/02/16)



[粗筋]

 サロゲート――人間の脳神経回路と接続し、本人の意思のままに遠隔操作することが可能な、いわば身代わりロボットである。身体障害者が健常者と同じ生活を体験することが出来るように、自らも歩くことの出来ない障害を抱えたキャンター博士(ジェームズ・クロムウェル)が開発したこの機械は、だがキャンター博士が想像だにしなかった発展を遂げていく。

 理想通りの容姿と身体能力とを手に入れることが出来、外界に偏在する危険に身を晒す必要がない、ということから、都市部を中心に急激な速度でサロゲートは普及していった。人類を長年悩ませていた人種の問題は解消し、犯罪率も低下、殺人事件はほとんど発生しないという、見ようによっては理想的な社会が築かれていく。その一方で、人間の尊厳を損なうと解釈した一部の人々があちこちに自治区を築く、という歪な状況を作りながらも、サロゲート主体の社会はほぼ完成するに至った――

 そして、サロゲートの誕生から14年。ボストンにあるナイトクラブのそばで、破壊された2体のサロゲートが発見された。いずれも眼球部分が著しく損壊し、うち1体のIDチップも黒焦げになっている。FBI捜査官のトム・グリアー(ブルース・ウィリス)と相棒のジェニファー・ピータース(ラダ・ミッチェル)が、IDの特定されたサロゲートのオペレーターの自宅を訪ねると、オペレーターは絶命していた――サロゲートと同様に、眼球を破壊された状態で。

 翌る朝、ある大学の寮で、ひとりの学生が、やはり眼球を破壊された屍体となって発見される。彼こそ、ナイトクラブのそばで発見されたID不明のサロゲートを操っていた張本人であった。しかも、この青年は名をジャレット・キャンター(ジェームズ・フランシス・ギンティ)と言う。彼の父親は他でもない、サロゲートの産みの親であるキャンター博士であり、事件当夜、ジャレットが用いていたのは、父親のサロゲートだったのだ……



[感想]

 実は、『トータル・リコール』や『シックス・デイ』など、設定がやたらと大掛かりなSFサスペンスが好きなほうである。

 こうした作品はたいてい娯楽を志向しているので、アイディアをきちんとアクションやクライマックスに活かす傾向にあるし、VFXを駆使して作り込んだ映像と派手な音響で、アトラクション的な楽しみを提供してくれる。謎や展開が大味でも、観ているあいだ退屈はしないものだし、ツッコミどころ込みで繰り返し鑑賞してストレス解消の役にも立ってくれる。重厚で味わいのあるドラマもいいが、こういう作品も共存してこそ映画の世界が娯楽たり得るのだ、と思っている。

 近年、似たような作り込みと娯楽志向を持ちつつ、既に強固なファンも擁していることから、アメコミ原作の映画にこのスタイルにおける主流から逐われ本数を減らしていたため、設定や粗筋から“大掛かりなSFサスペンス”っぽさの窺える本篇には、けっこう期待を寄せていた。

 その意味では、冒頭30分ほどはある意味で傑作、控え目な言い方をしても、私にとって待望の作品が現れた、という印象を受けた。プロローグ部分で設定や背景をまず伝えたあとで、いきなり“サロゲート”のイレギュラーな用法、そしてあり得なかったはずの事件を提示する。主人公であるグリアー捜査官が事件を追っていく過程で、“サロゲート”中心となった社会の特徴や、それ故の鬱屈をちりばめ、更には身代わりロボットだからこそのアクションとその顛末を見せる。こういう作品が好きな者としてはゾクゾクするような仕上がりだ。

 しかし、話が込み入っていくに従って、次第に様子が怪しくなってくる。背後関係が複雑化していくにつれて牽引力が乏しくなり、真相が判明すると、どうも腑に落ちない感覚に襲われるのだ。

 真相に触れるため詳しく記すことは避けるが、多くの魅力的な要素、他のところでも活かせば更に世界を広げることが出来た、と感じられるモチーフを、ほとんど1箇所に集約しているうえ、動機と行動がいまひとつ一致しておらず、観る側に“苦い共感”を覚えさせることも難しくなっているのが問題だ。折角の大掛かりな世界観が、どこか閉じた印象をもたらすものになってしまっているし、一方で不釣り合いな動機と行動は、その影響で主人公が導き出す結論からカタルシスを損なってしまっている。

 特に、題名にも掲げられている“サロゲート”というモチーフについて、事件の発端部分で巧みに活かしながら、それ以降あまり掘り下げていないのがもったいない。もっと広げられるのに、と感じる部分をかなり小さくまとめてしまっているために、折角の趣向も縮こまってしまっているのだ。

 ストーリーの狙いも解るし、ある程度はうまく描けている。クライマックスの異様な光景も印象的だ。しかし、観客がそこで衝撃や感動を味わうために必要な伏線が足りず、納得のいく動機付けも出来ていないために、充分な効果を上げていない。極端なまでに清潔に映された“サロゲート”と傷や皺のあからさまな生身との対比、“サロゲート”を駆使したアクションの描写など、優れた部分も散見されるだけに、まとめ方を間違っていることが惜しまれる。

 とはいえ、前述の『トータル・リコール』のような凝りまくった設定の面白さはある程度味わえるし、最近珍しくなった、近くて遠い未来の手触りを感じさせてくれるSFとしてはなかなかの完成度を示している。似たような嗜好をお持ちなら、チェックしておいて損はないだろう。



 ――なお冒頭で、こうした大掛かりなSFサスペンスはアメコミ原作の映画に取って代わられつつある、といった旨のことを記したが、実は本篇も、原作はアメコミなのである。あちらではグラフィック・ノヴェルと呼ばれる、ヒーローものアメコミよりもやや上の年齢層を狙った作品群に属しているようだが、いずれにせよ、ここ数年のハリウッドの偏りぶりが窺える事実と言えそうだ。



関連作品:

ターミネーター3

ターミネーター4

ダイ・ハード4.0