『Dr.パルナサスの鏡』

『Dr.パルナサスの鏡』

原題:“The Imaginarium of Doctor Parnassus” / 監督:テリー・ギリアム / 脚本:テリー・ギリアム、チャールズ・マッケオン / 製作:ウィリアム・ヴィンス、エイミー・ギリアム、サミュエル・ハディダ、テリー・ギリアム / 製作総指揮:デイヴ・ヴァロー、ヴィクター・ハディダ / 撮影監督:ニコラ・ペコリーニ / 美術監督:デイヴ・ウォーレン / 編集:ミック・オーズリー / 衣装:モニク・プリュドム / 音楽:マイケル・ダナジェフ・ダナ / 出演:ヒース・レジャージョニー・デップジュード・ロウコリン・ファレルクリストファー・プラマーリリー・コールアンドリュー・ガーフィールドヴァーン・トロイヤートム・ウェイツ / 配給:Showgate

2009年アメリカ作品 / 上映時間:2時間4分 / 日本語字幕:松浦美奈 / PG-12

2010年1月23日日本公開

第82回アカデミー賞衣裳部門候補作品

公式サイト : http://www.parnassus.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2010/02/16)



[粗筋]

 ロンドンのうらぶれた街角で、みすぼらしい移動式の見世物小屋がときおり幕を上げる。齢数千歳という触れ込みのパルナサス博士(クリストファー・プラマー)が作りだした魔法の鏡に入ると、その人の想像力が描き出す異世界を堪能できる、というものだが、客引きの手際が悪く、なかなか人は集まらない――鏡をくぐれば、売り文句通りの摩訶不思議な世界が目の前に広がるというのに。

 とある雨の晩、一座が移動している最中、パルナサス博士の娘ヴァレンティナ(リリー・コール)は橋の下に吊された男(ヒース・レジャー)を発見する。放っておけ、という父の言葉に逆らって救出した男はすっかり記憶を失っていたが、恩返しのために、と一座の講演を手伝うと、見事な口上で瞬く間に客を集め、これまでにない稼ぎを上げた。

 ……だが、この成果を喜んでいるのは、ヴァレンティナひとりだけだった。仕事仲間のアントン(アンドリュー・ガーフィールド)は突然現れた“恋敵”が首尾よく点数を稼いだことに不平顔をし、パルナサス博士と長年付き従っている小男のパーシー(ヴァーン・トロイヤー)はそれでもまだ求める成果に達していない現実に苛立ちを示す。

 一方で、見事な手際を示した男――トニーにも、素直に喜べない事情があった。それぞれが秘密を抱えながらの一座の講演はやがて、奇想天外なヤマ場に差しかかっていく……



[感想]

 映画ファンならば、テリー・ギリアムという現代映画界きっての奇才が、これまでに様々な不運に見舞われてきたことをご存知だろう。中でも本篇のメインキャストであるヒース・レジャーを、撮影半ばに失ったことは、才能ある若き名優の死と共に、鮮烈に記憶している人は多いのではないか。

 一時は完成も危ぶまれた本篇だが、幸か不幸か、撮影終了していたのがいわゆる“現実世界”のパートのみで、“鏡の向こうの世界”が手つかずになっていたことを逆手に取り、鏡を潜ると別の顔になっている、という設定にすることで追加撮影を敢行、ヒースが演じていたトニーを、生前の彼と親交のあったジョニー・デップジュード・ロウコリン・ファレルの3人が代わって演じることで、どうにか公開に漕ぎつけた形となった。

 映画好きなら、恐らく説明されるまでもなく承知している、という人も多いだろうが、この事実を知っているかいないかによって、本篇の評価は違ってくるだろう。実際、この事実を知っている方の感想を読むと、継ぎ接ぎという印象を受けている場合が多く見受けられる。

 だが私は、本篇の組み立てに継ぎ接ぎという印象はあまり受けなかった。鏡の向こうに行くと容姿も変わる、という設定は間違いなく後付けだろうが、それ以外の部分は案外伏線が綺麗に組まれている。

 むしろ、ヒースの早すぎる死によって、彼の演じるトニーというキャラクターを当初の予定以上にクローズアップする必要が出て来たことで、脚本がそもそも孕んでいた危うさが欠陥となって顕わになってしまったのではないか、と感じた。本篇のクライマックスでは、コリン・ファレル演じる4番目のトニーを巡るドタバタが中心に描かれるが、あそこで用いられている伏線は他の形でも転用できたはずだ。しかし、ヒース・レジャーを失ったという事実で撮影不能になった部分を補うことと、同時に彼の死をも作中に取り込もうとしたことで、ああいう扱いになってしまった。結果として、他にも準備していた伏線を黙殺せざるを得なくなり、ストーリー展開に潜んでいた無理が露呈してしまった。やはりヒース・レジャーを失ったのが大きかった、と言わざるを得ない。
 そうしたドラマ部分の奇妙な魅力と、悪夢めいた歪さを押しだした美術がうまく噛み合って、作品の空気を唯一無二のものにしている点にも注目したい。幻想世界の、CGを多用したあり得ない映像群も素晴らしいが、ロンドンのうらぶれた路地の片隅で幕を上げる幻想館の、如何にも見世物小屋らしいチープな佇まい、そこでけばけばしい衣裳に身を包んだヒース・レジャーらが見せる立ち居振る舞いの、陽性にして淫靡な雰囲気は忘れがたいものがある。

 ここまでに掲げたような歪さが誰の心にも響くわけではなかろうし、事情を考慮しても構成の破綻は如何ともし難く、やはり傑作と呼ぶことは出来ない。しかし、一度観て忘れがたく、いちど魅せられたらあとを引くような、今後も奇妙に愛されそうな作品に仕上がっている。

 何より、死を以て葬られるには惜しい、と周囲が感じたヒース・レジャーの、従来の出演作とは一風異なる――そしてどこか、彼の代表作『ダークナイト』のジョーカーと表裏一体をなすような“道化廻し”トニーの演技を堪能できるだけでも、非常に意義のある1本であると思う。



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