『母なる証明』

『母なる証明』

英題:“Mother” / 監督・原案:ポン・ジュノ / 脚本:パク・ウンギョ、ポン・ジュノ / 製作:ソウ・ウォシク、パク・テジョン / 製作総指揮:ミッキー・リー / 共同製作:カテリーヌ・キム、ムン・ヤンクオン / 撮影:ホン・クンピョ / 美術:リュ・ソンヒ / 編集:ムン・セギョン / 衣装:チェ・ソヨン / 音楽:イ・ビョンウ / 出演:キム・ヘジャ、ウォンビン、チン・グ、ユン・ジェムン、チョン・ミソン / CJエンタテインメント/バルンソン製作 / 配給:Bitters End

2009年韓国作品 / 上映時間:2時間9分 / 日本語字幕:根本理恵 / PG12

2009年10月31日日本公開

公式サイト : http://www.hahanaru.jp/

新宿武蔵野館にて初見(2009/12/12)



[粗筋]

 知的障害を持つトジュン(ウォンビン)と母親(キム・ヘジャ)はずっとふたりっきりで暮らしてきた。ひとりで生きていくには不安の多いトジュンを母親は献身的に支え、様々な薫陶を施してきた。薬を飲ませ、少しでも健康に長生きできるよう配慮し、他人から馬鹿にされたときは必ず反論するように諭してきた。

 母親にとって不安の種は、トジュンの友人ジンテ(チン・グ)の存在である。血気盛んなこの男はトジュンを可愛がりながら、その愚かさを利用して、働いた悪さをしばしばトジュンに押しつけて罪を免れていた。近ごろは淫らなことを教え、トジュンの異性に対する好奇心を助長している節がある。

 ――そして、悲劇が起きた。町の女子高生ムン・アジョンが殺され、ビルの屋上の縁に引っかけられた、異様な状態で発見されたのである。数年振りの殺人事件に浮き足立ちながらも警察は目撃証言から、最後にアジョンと接触したと思しいトジュンを重要参考人として尋問、間もなく彼を逮捕した。

 母親は狂乱した。虫も殺せないトジュンが、人殺しなど出来るはずがない。事件を担当したジェムン刑事(ユン・ジェムン)に慎重な捜査を懇願し、有り金をはたいて著名な弁護士を雇うが、世間はトジュンの犯行を疑っていない。

 周囲の非協力的な態度にしばし悄然とした母親であったが、トジュンからどうにか話を引き出しているうちに、あることに気づく。犯行のあった日、トジュンはジンテと約束してバーに赴いたのにすっぽかされた。そして、トジュンの犯行を証明する手懸かりとして提示された品物の存在を知っていた、数少ない人間はジンテではなかったか……?

 息子を救い出したい一心のあまり、母親は遂に自ら真犯人捜しに奔走し始める――純粋なトジュンを陥れたのは、いったい誰なのか。



[感想]

 本当にまったく意図していなかったことなのだが、たまたまこれと同日、直前に鑑賞したベルギー産の映画『ロフト.』と本篇は、見事な好対照を為していた。

 いずれも優秀な作品であることは確かであり、恐らく国の東西を問わず受け入れられるであろう傑作であると断言できるのだが、題材の描き方、切り込みの姿勢に大きな隔たりがある。

『ロフト.』は都会に舞台を置き、カメラは複数の人間の視点を行き来して、それぞれの意思や思惑が絡みあって複雑な謎を構築していく様を描いているが、本篇は登場人物の大半が倹しい暮らしを送っているような田舎町が舞台、序盤こそ息子の視点で描かれるものの、途中からはほぼ母親の視点に統一され、じわじわと真相に迫っていく形を取っている。中心人物は年老いて非力な女性であり、モチーフが生臭く薄汚れているのですぐにはそう感じないが、全体を見渡すと一種の私立探偵もの、ハードボイルドの趣さえある語り口だ。

 事件現場の痕跡や登場人物の行動を理詰めで解きほぐしていく、というスタイルではなく、捜査の過程で段階的に明らかになる事実の積み重ねによって真相へと近づいていく、というのも『ロフト.』と近いが、ただ本篇の場合、その見せ方も少し違っている。

 どこがどう、と説明すると終盤のインパクトを損ないかねないので詳述はしないが、『ロフト.』以上に伏線が効いている、とだけは言っておきたい。終盤で明かされる事実に、それまでさほど意識していなかった描写が突如、杭のように貫いてきて、観客を打ちのめす。なまじ、“衝撃の真相”“驚異のどんでん返し”などと謳った作品などよりも、本篇のほうがよほど強烈なダメージを残す。

 ラストの衝撃がきちんと機能してくるのは、人物描写、彼らのドラマの描き方が完璧であればこそだ。大きなポイントは嫌疑を掛けられる息子トジュンと、苦しい生活の中で大きな闇を背負った被害者アジョンにあるが、しかし彼らの描写が効果を上げているのも、すべては事件の謎を懸命に追う母親の造形が堅牢であるが故だ。

 冒頭から彼女の、息子に対する献身ぶりはいささか常軌を逸している。店の前で事故に遭った息子を心配して飛び出した母親は、自分が押切で手を怪我したことにも、指摘されるまで気づかない。何らかの漢方薬を息子に常用させているが、それを飲ませるために、立小便する息子の横へと平気で近づき、体調を窺うために尿を覗きこむ。そんな彼女だからこそ、息子にかけられた疑いを晴らすべく、常識では考えられない行動に及ぶのも頷ける。

 時として滑稽にさえ映る母親の行動は、だが物語が佳境に迫るにつれ、被害者の哀しい境遇を炙り出し、最終的に辿り着いた真相において、容赦なく彼女を打ちのめす。挙げ句の果てに彼女が選んだ行動と、意のままにならないところで進行した決着に対する彼女の態度には、胸が潰れるような想いを抱くはずだ。

 その結末は、道義的に見てとうてい正しいとは言えない。しかし、その成り行きに従ってしまったのは、母親の行状からして不自然ではないし、その心情がまるっきり理解できない、という人もいないはずだ。だからこそ本篇の齎す感動はとても重く、いつまでも観る者のなかに響き続ける。

 真相に辿り着くまでに描かれた情報の多くが意識して観る者をミスリードし、謎解き部分での驚きを増幅させるミステリ的手法の成熟ぶりもさることながら、それがただ“観客を惹きつける技術”としてのみ消費されず、ドラマの厚みにも貢献しているのだから、ただただ恐れ入るほかない。サスペンスの醍醐味と、物語表現の奥行きとを同時に堪能させてくれる、極上のミステリ・ドラマである。

 この作品は冒頭、広原で母親が踊る様を映した奇妙なオープニングを設けているが、それがラストシーンと響き合い、あとになってより深い印象を齎している。この一場面と、バックに流れるラテン風の楽曲が、観終わって3日経過したいまも忘れられない――単体であれば、よく撮られてはいるがさほど美しいとも感じないだろう場面にも拘わらず、である。その一点だけでも、本篇の構成の巧みさと、物語の奥行きは窺い知れる。



関連作品:

ロフト.