『NYスタテンアイランド物語』

『NYスタテンアイランド物語』

原題:“Staten Island” / 監督・脚本:ジェームズ・デモナコ / 製作:セバスティアン・ルメルシエ / 共同製作:リュック・ベッソン、ピエランジュ・ル・ポギャム / 撮影監督:クリス・ノアー / 美術:ステファン・ベアトリス / 編集:クリステル・ディウィンテル、エルヴェ・ド・ルーズ / 衣装:レベッカ・ホファー / キャスティング:ベス・ボウリング、キム・ミシア / 音楽:フレデリック・ヴェリエ / 出演:イーサン・ホークヴィンセント・ドノフリオシーモア・カッセル、ジュリアン・ニコルソン、リン・コーエン、ジェレミー・シュワルツ / ホワイ・ノット・プロダクションズ製作 / 日本配給未定

2009年アメリカ作品 / 上映時間:1時間35分 / 日本語字幕:東野聡

2009年10月21日・23日東京国際映画祭コンペティションにて上映

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2009/10/23)



[粗筋]

 ニューヨークは5つの行政区が存在するが、その中でスタテンアイランド知名度はずば抜けて低い。時としてテレビの天気予報でスルーされるほど存在感に乏しく、自慢できる資産といえば、先住民の時代から残る豊かな自然と――どこよりもたくさん暮らしているマフィアぐらいのものだった。

 そんなスタテンアイランドが誇るマフィアのひとりであるパルミ(ヴィンセント・ドノフリオ)は、以前から“歴史に名を残したい”という野心を持っている。潜水時間の世界記録に何度も挑戦しているが、9分の大台にどうしても近づけない。だが、大事な母親(リン・コーエン)が強盗に襲われるという事件があり、数ヶ月を費やして犯人のひとりを確保、報復をしているうちに、新しい目標を思いついた――というより、原点に戻った。多くのファミリーが割拠するスタテンアイランドを、自分の力で1つにまとめよう、と考えた……

 一方、特に取り柄も何もない、清掃員のサリー(イーサン・ホーク)にも新しい目標が生まれていた。妻メアリー(ジュリアン・ニコルソン)との子作りがなかなかうまく行かず、相談のために訪れた病院で、受精卵の段階で遺伝子改良を行い、賢く健康な子供を得る研究が行われていることを知ったのだ。自分のおつむが軽いことを自覚しているサリーは、子供に苦労をかけさせたくない一心で、この施術を受けることを考える。費用は5万ドル――一介の清掃員に易々と払える額ではない。悩んだ挙句、サリーは地元の住人に詳しい同僚エディ(ジェレミー・シュワルツ)に、とんでもない相談を持ちかけた……

 野望に燃えるふたりと異なり、肉屋のジャスパー(シーモア・カッセル)には特に大それた願い事などなかった。聾唖の彼は常に黙々と、たまにマフィアから託される屍体処理の仕事もこなしながら、競馬だけを趣味につましく暮らしているだけで幸せだった。だが、20年近く場外馬券売り場に通い詰めて、初めて万馬券を当てたとき、改めて自分にこれといって欲しいものがないことに気づき、愕然とする。仕事着を新調しただけで引き出しに仕舞いこんだ大金の使い途に悩んでいたジャスパーに、天啓を齎したのは、テレビで流された、イラク戦争に赴いた若い兵士へのインタビュー映像だった……



[感想]

 ニューヨークを舞台にした映画はごまんとあるが、スタテンアイランドが舞台だ、と強調した映画はほとんど覚えがない。恐らく登場はしていたのだろうが、本篇のように堂々と謳った映画にお目にかかったのは、少なくとも私は初めてだった。閑散とした物寂しい水辺の公園から対岸を臨むと、峨々たる摩天楼がそびえ立っている様はいっそシュールに映るほどだ。

 題名に“スタテンアイランド”と掲げた本篇は、だが決して街に人を呼び込もうと意図して作られていない。それでも幾つかは華のある名所旧跡の類がありそうなものなのに、まったく言及することなく、街の来歴やニューヨークにおける立ち位置を自虐的に紹介したあと、いきなり血腥い場面に突入し、以後も地味な街並を背景に、俗物たちが右往左往する様を見せるのみだ。

 しかし、自身がスタテンアイランド出身であるという監督にとって、こういう人々の有様こそがスタテンアイランドらしさであり、この街を描く上で最も相応しい素材だったのだろう。実際、観ているうちにまるでスタテンアイランドという街に暮らしているかのような感覚に浸っていることに気づく。その雰囲気を愛せるか否かは別として、知らず知らずのうちに呑みこまれてしまったような気分にさせてしまう手際は見事だ。

 最初に登場するのが、スタテンアイランドに多く居を構えているというマフィアのひとり、そして物語の中でかなり凶悪な犯罪を扱っていることもあって、クライム・サスペンスと分類したくなるところだが、観終わってみると妙に違和感がある。視点人物各々に危険な局面が訪れているので、サスペンスは確かにあるのだが、それ以上に濃密に漂うのは、思わず脱力してしまうようなユーモアだ。しかも笑いよりも、もの悲しさ、切なさのほうが色濃い類の笑いである。

 登場人物たちの心情は、ニューヨークにおけるスタテンアイランドという土地の持つ空気と一致している。作中、清掃員サリーが作業車で移動している途中、アッパー湾を挟んだ向かい側にそびえる摩天楼を羨ましげに見つめる表情が、そのまま本篇の基調と言えよう。成功への憧れがマフィアに分を超えた欲望を抱かせ、愚かな清掃員に危険な冒険をさせる。つましい生活を送っていた聾唖の肉屋もまた、普段目にしたことのないような大金を手にしたとき、柄にもない感情を抱いて、周囲の予想を超えた行動に出ているのだ。

 彼らの行動とその結果は、伏線の意味、事態の成り行きをきちんと考察しながら観ていると、だいたい察しはつく。しかし、だからと言って退屈な印象はない。ちゃんと紆余曲折があり、随所で緊張感をも演出しているので気を逸らされることはないし、観る側が予想した着地点に非常に綺麗に足を下ろしてくれるので、終盤の展開は壮絶極まりないが、奇妙な爽快感さえ覚える。

 そして、そのあとに添えられたエピローグがまた不思議なほどに快い。マフィアが多く居を構えており、貧しい住人も多い、という危険な要素を孕みながらも、住人たちの本質にある優しさ、良心を感じさせる挿話の手触りはとても柔らかだ。個人的にあの部分、もっと厭らしいひねりがあるものと期待していたので、若干肩透かしを食わされた気分になったが、物語の方向性、ムードを考慮すれば、あれこそ正しい締め括りだろう。

 とても残酷で、幸せになった人間は数少ない。それでも妙にほっこりと暖かな後味を残す、変わった犯罪映画である。きっと観終わったあと、不思議な愛おしさを感じるはずだ。