『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』

『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』

原題:“X-Men Origins : Wolverine” / 監督:ギャヴィン・フッド / 脚本:デヴィッド・ベニオフスキップ・ウッズ / 製作:ローレン・シュラー・ドナー、ラルフ・ウィンター、ヒュー・ジャックマン、ジョン・パレルモ / 製作総指揮:スタン・リー、リチャード・ドナー / 撮影監督:ドナルド・M・マカルパイン,ACS,ASC / 特殊メイク:アレック・ギリス、トム・ウッドラフJr. / プロダクション・デザイナー:バリー・ロビンソン / 編集:ニコラス・デ・トス、ミーガン・ギル / 衣装:ルイーズ・ミンゲンバック / 音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ / 出演:ヒュー・ジャックマンリーヴ・シュレイバーリン・コリンズダニー・ヒューストンテイラー・キッチュライアン・レイノルズ、ウィル・アイ・アム、ダニエル・ヘニー、ドミニク・モナハン、ケヴィン・デュランド、ジュリア・ブレイク、マックス・カレン、ピーター・オブライエン、アーロン・ジェフリー、アリス・パーキンソン / ドナーズ・カンパニー&シード製作 / 配給:20世紀フォックス

2009年アメリカ作品 / 上映時間:1時間48分 / 日本語字幕:松崎広

2009年9月11日日本公開

公式サイト : http://www.xmen-zero.jp/

TOHOシネマズ日劇にて初見(2009/09/11)



[粗筋]

 ――彼の呪われた運命の始まりは、19世紀半ばにまで遡る。ジェームズと呼ばれていた少年は、ある貴族の息子として育てられたが、ある日育ての父が殺害された。殺したのが実の父であると知ったとき、彼はミュータントとして覚醒した。拳から伸びた爪で彼が初めて手にかけたのも、実の父だった。このとき、初めて兄弟であると知った召使いの少年、ビクターとともにジェームズは逃走し、ふたりして戦いの世界へと身を投じていく。

 以来100年近いあいだ、ジェームズことローガン(ヒュー・ジャックマン)と兄ビクター(リーヴ・シュレイバー)はその驚異的な身体能力、回復力を駆使して、多くの戦争で獅子奮迅の活躍を成し遂げていったが、その果てしない繰り返しが、やがてビクターを狂わせていった。彼は大義よりも、血を欲する衝動に従って戦いに身を投じるようになっていったのである。ローガンが制止しても、歯止めにはならなかった。

 ある戦場でビクターは遂に上官を手にかけ、ローガンもろとも銃殺刑に処された。しかし銃弾程度で死ぬはずのない2人はそのまま投獄され、地位は宙に浮いてしまう。そんな彼らを下界へと連れ戻したのは、ストライカー(ダニー・ヒューストン)という軍人であった。

 ストライカーはミュータントのみで秘密の部隊“チームX”を組織していた。彼らの備える特殊能力を活かした使命は血を欲するビクターに充実感を齎すが、ローガンには強い違和感を齎すようになる。そして、天から飛来したという稀少金属を巡る使命で、無抵抗の住人を殺害するに至って、ローガンは“チームX”、ひいては100年近く行動を共にしてきた兄との訣別を決意した。

 ……それから6年ののち、ローガンの姿はカナダ、ロッキー山脈にあった。学校教師のケイラ(リン・コリンズ)と恋に落ちたローガンは林業に勤しみ、山小屋で静かだが平和な暮らしを送っていた。

 そんな彼を、突如ストライカーが訪ねてくる。ストライカーは、ビクターが“チームX”を抜け、仲間たち――ミュータントを狩っている、と言う。自分には関わりのないこと、と突っぱねたローガンだったが、そんな彼が目の当たりにしたのは、留守のあいだにビクターの手にかかり、物言わぬ身体となったケイラであった。

 すぐさまビクターを探し出し、ローガンは復讐を果たそうとするが、ブランク故に歴然とした力の差によって、叩き伏せられてしまう。やがて意識を取り戻した彼に、ストライカーが提案をした。

 お前に、復讐を可能にする不死身の肉体を与える、と――



[感想]

 この10年ほどのハリウッドにおけるアメコミ実写化ブームは『スパイダーマン』と、『X-MEN』という2つの人気シリーズが牽引した、と言ってもいいだろう。いずれも3部作が完成されたが、前者は同一のスタッフ、キャストによる第4作の製作が進行中と噂されており、後者は人気キャラクターのスピンオフ作品が多く企画されているという。その中でいち早く実現したのが、いちばんの人気キャラクターにして、実質的に『X-MEN』サーガの主人公であったウルヴァリンをフィーチャーした本篇である。

 もともと『X-MEN』の本筋において、ウルヴァリンは骨格がアダマンチウムという稀少金属を融合された特殊な肉体でありながら、過去の記憶を完全に失っている、という謎めいた状態で登場している。シリーズ第2作でその背景が仄めかされたが、彼自身が過去に何を目撃してきたのか、具体的なところにまでは踏み込んでいなかった。それだけに、従来のシリーズを観てきた者ならば、本篇は興味深い内容であるに違いない。

 そういうファンの欲求にきちんと応えた本篇は、正しく『X-MEN』シリーズの1篇として鑑賞できるが、しかしその一方で手触りはかなり異なっている。本質的に群像劇であり、個性的なキャラクターを登場させながらもひとりのキャラクターを重点的に描くことはなかったのが、本篇は視点が終始ローガン、のちのウルヴァリンに固定されている。ひとりの男が成長し、傷つき、のちに私たちが知るウルヴァリンという戦士に変貌していくまでを克明に辿っているので、従来のような群像劇というイメージはない。

 もともとウルヴァリン自身が、人間社会と距離を置いたところに立っているせいもあって、従来のシリーズにあったマイノリティの苦しみ、マジョリティへの憎悪といったテーマは完全になりをひそめてしまったが、その分、ウルヴァリンの半生を極めてストイックに描き出すことに成功している。一時期身を潜め、言い方は妙だが、ミュータントとしての花形の世界から消えていたウルヴァリンが、悲劇を経て復讐のためにかつての仲間を訪ね、倒すべき仇を捜し出そうとする。その感覚は、一人称のハードボイルドを読んでいるのに近い。問題意識、テーマ性としては薄くなった一方、人物像を掘り下げる、という意味合いからは理想的な語り口を採用し、見事に徹底しているのだ。

 それ故なのだろう、ウルヴァリンやビクターことセイバートゥースといった一部を除いて、多くのキャラクターが登場しながらも、アクションシーンでの見せ場がそれぞれに多く設けられていないのが少々残念に思える。長年に亘って連載を続けているコミック『X-MEN』のシリーズには多くの名物キャラクターが存在し、それぞれに出番や活躍の機会を窺っている、という状況らしい。そんな中から特に選抜された人物たちも、やはり100分ちょっとという限られた尺においては、充分に魅力を発揮できていない、と感じられた。特に、映画的には非常に魅力的な特技を持ったデッドプールやエージェント・ゼロがその超絶技巧を披露できたのが、彼らの初登場パートぐらいであったのが惜しまれる。そのあとにも出番はあるのだが、いずれも不利な状況であったり、何らかの変化が訪れたあとなので、趣が異なってしまっているのだ。

 しかし、アクションシーン各個として眺めると実に解り易く、衝撃がストレートに感じられる仕上がりとなっている。ほとんどが基本一対一のシンプルな直接対決であることに加え、勝敗が決しないことも多いが、ウルヴァリンも相手方もその能力を存分に発揮して、強烈な見せ場を作っている。やはりウルヴァリンの、ヘリコプターのプロペラを爪で引き裂くくだりや、兄ビクターとの因縁の対決、そしてクライマックスでの意外な構図が出色だが、終盤に入っての登場ながら実にいい味を出しているガンビットにも注目していただきたい。

 テーマ性を省いた分、物足りないと感じるファンもあるだろうが、焦点をウルヴァリンに絞り、その心情を丹念に辿ることで、ドラマとしての見応えは充分に備わっている。宿命的な脱出劇と、旅を共にしてきた兄との訣別、そしてそのあとにウルヴァリンを襲う悲劇と、順次判明していく真実が齎す葛藤。製作を兼任までして、当たり役を掘り下げたヒュー・ジャックマンの俳優としての真価が充分すぎるほどに発揮された仕上がりだ。地味な締め括りも、シリーズ旧作含むそれまでの描写を踏まえると、非常に余韻が深い。

 サービスも含め、細かな要素まで吟味しようと思うならば、やはりシリーズ旧作を鑑賞しておく必要があるだろうが、仮に本篇を観たあとで原点のシリーズに戻ったとしても、また違った味わいがあるはずだ。いずれにせよ、シリーズのファンにとっては無論のこと、単独としても良質の娯楽映画である。



関連作品:

X-MEN2

X-MEN:ファイナル ディシジョン

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彼が二度愛したS