『アマルフィ 女神の報酬』

『アマルフィ 女神の報酬』

原作:真保裕一 / 監督:西谷弘 / 製作統括:豊田晧 / 製作:堀口壽一、島谷能成、高田佳夫、尾越宏文、杉田成道、永田芳男 / プロデューサー:臼井裕詞、和田倉和利 / エグゼクティヴプロデューサー:亀山千広 / 企画・プロデュース:大多亮 / 撮影監督:山本英夫 / アートディレクター:赤塚佳仁 / プロダクション・デザイナー:種田陽平 / VFXプロデューサー:大屋哲男 / 照明:小野晃 / スクリプター:藤島理恵 / 編集:山本正明 / 音楽:菅野祐悟 / 主題歌:サラ・ブライトマン『Time to Say Goodbye (Solo Version)』(EMI Music Japan) / 出演:織田裕二天海祐希戸田恵梨香佐藤浩市、大塚寧々、伊藤淳史小野寺昭平田満佐野史郎大森絢音サラ・ブライトマン福山雅治 / 声の出演:中井貴一 / 製作プロダクション:シネバザール / 配給:東宝

2009年日本作品 / 上映時間:2時間5分

2009年7月18日日本公開

公式サイト : http://www.amalfi50.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2009/07/18)



[粗筋]

 クリスマス間近のイタリア。日本大使館は川越亘外務大臣(平田満)が現地開催のG8に参加することを受け、スケジュールの調整や根回しに忙殺されていた。あまりの多忙さに、研修生の安達香苗(戸田恵梨香)は新任の外交官の出迎えをしなければならないことさえ忘れてしまうほどだった。

 事件はそんな混乱のなかで発生する。大使館に、邦人の迷子が出た、という連絡があった。西野道生参事官(佐野史郎)は未だイタリア語の会話に自信のない安達と、当座仕事の決まっていない新任の外交官・黒田康作(織田裕二)を現地に向かわせる。

 姿が見えなくなったのは、矢上紗江子(天海祐希)のひとり娘・まどか(大森絢音)。カピトリーニ美術館で、紗江子が友人からの電話を受けている際、トイレに赴いたまま忽然といなくなってしまったのだという。黒田の提案で美術館の監視カメラを確認すると、奇妙な事実が判明する。まどかは確かに女子トイレに入っている、だが監視カメラには、出てくる場面がまったく映っていなかったのだ。

 3人が困惑しているところへ、紗江子の携帯電話が鳴る。相手は、まどかの携帯電話――しかし呼びかけてくるのは声を変えたイタリア語。やむなく電話に出た黒田に、相手はこう告げた。「娘は預かった。返して欲しければ、身代金を用意しろ」

 営利誘拐が多く、その身代金がマフィアの資金源になるという事実から、イタリアでは一般人が身代金を支払うこと自体が違法になっている。そのことを知っていた黒田はすぐさま通報するが、紗江子は彼を責めた。犯人は警察に通報するな、と言っていたのに、と。

 しかも拙いことに、黒田は電話に出た際、犯人に不審に思われぬよう咄嗟にまどかの父親を名乗っていた。犯人が監視していることを警戒し、警察は黒田にしばらく紗江子と同じ部屋に滞在するよう命じる。

 黒田と紗江子、この微妙に噛み合わないふたりを中心として、警察と大使館は誘拐事件に対処する。やがて黒田は、この誘拐事件に何らかの“裏”があることを察知する……。



[感想]

 本篇はフジテレビの開局50周年を記念して製作された作品である。だからこそだろう、一流のキャストを招きながら、全篇をイタリアで撮影する、という豪華な趣向を用いている。

 往年の名画を彷彿とさせる美しい映像が見所となっているのは間違いないが、しかし本篇の優秀なところは、名所旧跡を多く舞台に盛り込みながら、その事実が物語に対して不自然さを齎していない。スペイン階段やサンタンジェロ城カゼルタ宮殿といった著名な場所を舞台にする必然性が、きちんと用意されているのだ。

 プロットの段階から協力したという真保裕一は、ダイナミックな冒険や駆け引きを描きながら、驚きのある仕掛け、トリックを盛り込んだ作品を多く発表している。その技術は本篇においても遺憾なく発揮されており、ストーリーは起伏に富み、それでいて実に周到な仕掛けが組み込まれている。先を読むのは容易ではないが、終わってみて物語を遡ってみると、きちんと矛盾なく描写がなされているのに気づくはずだ。

 真保裕一原作による『ホワイトアウト』でも主演している織田裕二は、どちらかというと“熱い男”“慕われる人柄”を演じることが多かったが、本篇では非常に静かで、知的だが冷淡さが際立つようなキャラクターに扮している。しかし、その謎めいた言動と冷静な立ち居振る舞いが、物語のなかで織田の持つスター性を程よく抑制し、彼を語り部、物語の道化廻しとして有効に機能している。やもすると存在感だけで映画そのものを支配しがちだった織田裕二という俳優が、この作品においては主人公としての主張を損なわないまま、物語を構成する要素として巧く馴染んでいる。

 その代わりに気に懸かったのは、一部の広告で“頭脳戦”という表現が用いられているわりには、主人公や被害者側からはほとんどまともなアプローチが出来ずに終わっている、戦いと呼ぶには一方的な成り行きになっている点だ。結局黒田たちは終盤まで犯人側の目論見を阻止することが出来ず、

 ただこれは終わってみれば当然のことで、犯人側の計画は実に周到に組み立てられているうえ、誘拐というのは犯人側の裏を掻くことが非常に難しい犯罪である。頭脳戦といえども仕掛けられる反撃は限られており、しかも本篇の場合、主人公である黒田は何やら秘密の役割を帯びている気配はあれど表向きはあくまで外交官、作中の言葉を借りれば「邦人を保護するのが役目」ではあるが「捜査権限はない」。この限られたなかで、同僚には“身勝手”と言われるほど、黒田というキャラクターは充分に行動的であるし、可能な範囲で攻めには出ているのだから、リアリティという面からは肯定できる。むしろ“頭脳戦”と言い切ってしまった広告のほうに問題があるのだろう。

 計算ずくで組み立てられたストーリーは、終盤近くまでヒネリが加えられ、ドンパチや激しいカーチェイスなどの派手な見せ場はないが、終始緊張感が続き、目を逸らさない。最後の駆け引きがいささか性善説に偏りすぎているきらいもあるが、そこに至る心情的な伏線もきちんと鏤めており、細部の描写に気づいているほどカタルシスも大きい。

 海外の景勝地を舞台にし、その美しさをきちんと刻みこみながらも圧倒されず、よく練り込まれたプロットで魅せている。近年の日本映画ではあまりお目にかかれなかった、正統派かつ完成された大作サスペンスである。



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