『消されたヘッドライン』

『消されたヘッドライン』

原題:“State of Play” / 監督:ケヴィン・マクドナルド / オリジナル脚本:ポール・アボット / 脚本:マシュー・マイケル・カーナハントニー・ギルロイ、ビリー・レイ / 製作:アンドリュー・ハウプトマン、ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー / 製作総指揮:ポール・アボット、ライザ・チェイシン、デブラ・ヘイワード、E・ベネット・ウォルシュ / 撮影監督:ロドリゴ・プリエト,ASC,AMC / プロダクション・デザイナー:マーク・フリードバーグ / 編集:ジャスティン・ライト / 衣装:ジャクリーン・ウェスト / 音楽:アレックス・ヘッフェス / 出演:ラッセル・クロウベン・アフレックレイチェル・マクアダムスヘレン・ミレンジェイソン・ベイトマンロビン・ライト・ペンジェフ・ダニエルズ、マリア・セイヤー、ヴァイオラ・デイヴィス / アンデル・エンタテインメント/ビーヴァン・フェルナー製作 / 配給:東宝東和

2009年アメリカ・イギリス合作 / 上映時間:2時間7分 / 日本語字幕:松浦美奈 

2009年5月22日日本公開

公式サイト : http://kesareta.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2009/05/22)



[粗筋]

 ワシントンD.C.でその日、相次いで二つの事件が発生した。

 ひとつは裏通り、麻薬中毒の青年が射殺され、偶然に現場を目撃したと思しいピザ配達人の青年も銃弾を浴び意識不明の重体に陥る。

 世間の耳目を惹いたのはもう一件、地下鉄の“事故”であった。犠牲になったソニア・ベーカーは、アメリカの民間軍事企業ポイント・コープによる軍事産業独占疑惑の調査委員会に所属していたが、“事故”が報じられると、彼女を起用した連邦議会議員スティーヴン・コリンズ(ベン・アフレック)と不倫関係にあった、という疑惑が浮上してきたのである。

 コリンズは同じく調査委員会に属する議員ジョージ・ファーガス(ジェフ・ダニエルズ)らの聴取に対し、不倫が事実であったことを認める。ファーガスらは党の法務担当に対応を一任し、コリンズを護ることを約束するが、数日間騒ぎになることだけは押さえられなかった。聴聞会の実施される大事な時期にあったが、発言を控えざるを得ない立場に追い込まれ、コリンズは唇を噛む。

 一方、コリンズと学生時代に同居していたこともある友人カル・マカフリー(ラッセル・クロウ)も、勤務先であるワシントン・グローブ誌編集部で妙な立場になっていた。同誌のウェブ版で政治関連のブログを担当しているデラ・フライ(レイチェル・マクアダムス)から事情を問われても、最近は疎遠になっていたため不倫の真偽さえも把握していない。背後を探りたい想いはあるが、編集局長のキャメロン・リン(ヘレン・ミレン)からは裏通りでの銃殺事件の記事を早く上げるようにせっつかれ、思うように動くことが出来ずにいた。

 そんな彼のもとへ、行き場を失ったコリンズが、一時的に身を寄せてきた。一連の報道は、ソニアが不倫の恋に破れ自殺を選んだ、という論を採っていたが、カルに対しコリンズはこの説を一蹴する。コリンズの携帯電話には、亡くなるその朝にソニアから明るく彼を励ますメッセージが届いていたのだ。直接取材する立場にないカルは、深夜にデラの携帯電話へと連絡を入れ、カルの伝手で駅構内の防犯ビデオを確認してくるよう指示を送る。

 翌る日、ひとまず路地裏での射殺事件について取材を始めたカルだったが、そこで彼は意外な事実を発見する。死んだ麻薬中毒の青年の携帯電話に残されていた発信履歴のひとつが、ソニア・ベーカーの電話番号だったのだ――



[感想]

 もともと私は本篇を、ケヴィン・マクドナルド監督の新作だから、という理由で期待を寄せていた。ドキュメンタリー畑出身ながら、初めて撮ったフィクション『ラストキング・オブ・スコットランド』を、慣れ親しんだドキュメンタリー的なアプローチに、実在しなかった人物を追加することでサスペンスの興趣を添え、社会派ながられっきとしたエンタテインメントとして成立させた人物である。新作もまたサスペンス色が濃い、というのだから、出来映えはどうあれ観てみたかった。

 日本での公開が決まり、スタッフについての情報が伝わってくると、期待はいっそう募った。何故かというと、本篇の脚本家としてクレジットされているのが、いずれも1本以上、優秀な社会派サスペンスを執筆した人物ばかりだったからだ。ジョージ・クルーニー主演で高い評価を得た『フィクサー』のトニー・ギルロイに、『ボルケーノ』のような娯楽映画の秀作から『ニュースの天才』という実話に基づいた渋めの作品も手懸けているビリー・レイ、そして未だ若手ながら『キングダム―見えざる敵―』『大いなる陰謀』と立て続けに大作に携わっているマシュー・マイケル・カーナハン。個々では少々微妙な作品も発表しているし、どれほど腕のいい脚本家が揃ったところで足並みが乱れれば失敗作になることも珍しくはないが、いま挙げた作品群を評価している者としてはやはり期待してしまう。

 結果、期待は裏切られることはなかった。それどころか、ここしばらくに鑑賞したサスペンス映画の中で屈指の出来映えと言ってもいい。

 語り口自体はオーソドックスだが、堅実で関心の惹き方が実に巧い。相次いで発生したふたつの事件を、一見アメリカではありふれた内容と映る殺人事件を担当しながら、世間を騒がせるスキャンダルの当事者と親しい人物の目によって並行して追いかける。両者がリンクしていくのはお約束のようなものだが、どんな形で絡んでいくのかなかなか全体像が見えてこないのが絶妙だ。その背後には巨大な民間軍事企業の影が揺らぎ、闇に触れた者を躊躇なく殺害していると思われるだけに、意外なタイミングで緊迫した事態に発展していく。

 単純に謎解き、サスペンスとして眺めても優秀な仕上がりだが、本篇の傑出しているのは、現代アメリカを蝕む複数の問題をも織りこんでいることだ。最大の焦点となる、軍事産業の民間委託という歪んだ構図もそうだが、昨年のリーマンショック以前から如実だった、大資本によるメディア買収の弊害についても言及している。報道媒体においても、本誌の売り上げが衰退する一方でWeb版に注目が集まり、緻密な取材よりも速報性が求められる現実を仄めかしている。編集局長が女性、補佐しているのがアジア系の男性、といった性別・人種が混淆した描写も、一時期のハリウッドに顕著だった安易な平等主義とは異なったニュアンスを感じさせる。細部に至るまで、現代のアメリカ社会の特徴、問題が鏤められているのだ。

 しかも、そうして提示される要素がほとんど、激しく変転するストーリーに寄与している。軍事産業に深く根を下ろした大企業のプレッシャーはむろん、それが最終的にはメディア買収ともリンクして記者たちの行動を制約する。速報性と正確性のバランスを保つためのせめぎ合いもまた、中盤あたりからの成り行きを作りあげている。とりわけ注目すべきは、ラッセル・クロウ演じるベテラン記者と、レイチェル・マクアダムス演じる新人記者の微妙な関係性だ。はじめはベテラン記者に振り回されている体だった新人が、次第に先輩の技を身に付けジャーナリストとして開眼していく姿を活写し、そして尊敬とも親愛とも取れる感情を抱くと、それ自体がクライマックスで物語に転機を齎す。唸りたくなるほど緻密な仕上がりだ。

 ストーリーが複雑に揺れているぶん、主人公の置かれた立場はしばしば危うくなったとしても、当人の信念がぶれない――ある程度の強固さを持っていないと、視点までが揺れてしまう恐れがあり、途端に足許がぐらついてしまう。その意味で、本篇のカル・マカフリーという人物の造形もまた優秀だ。近年、貫禄のある人物を頻繁に演じるようになったラッセル・クロウが堂々たる存在感を示して、見事にこのキャラクターを体現している。もうひとりのキーマンである、スキャンダルに晒される議員に、“足許をすくわれたインテリ”を演じて出色のベン・アフレックが扮し、ラッセル・クロウ演じる風采の上がらない新聞記者と絶妙なコントラストを生み出し、物語にもうひとつの芯を作りあげている点にも注目していただきたい。

 2時間を超える尺は決して短くないが、それに見合ったヴォリュームを備え、スピード感もあって飽きることはまずない。社会派らしく苦みをまぶしながら、ストーリーに見合った切れ味のある結末を用意しており、充実感も備わっている。現代アメリカの抱える問題を複数盛り込みながらエンタテインメントとしても成立した、優れた1本である。



関連作品:

ニュースの天才

ラストキング・オブ・スコットランド

キングダム―見えざる敵―

フィクサー

大いなる陰謀