『ワルキューレ』

『ワルキューレ』

原題:“Valkyrie” / 監督:ブライアン・シンガー / 脚本:クリストファー・マックァリー、ネイサン・アレクサンダー / 製作:ブライアン・シンガー、クリストファー・マックァリー、ギルバート・アドラー / 製作総指揮:クリス・リー、ケン・カミンズ、ダニエル・M・スナイダー、ドワイト・C・シェアー、マーク・シャピロ / 撮影監督:ニュートン・トーマス・サイジェル,A.S.C. / プロダクション・デザイナー:リリー・ギルバート、パトリック・ラム / 衣装:ジョアンナ・ジョンストン / 編集・音楽:ジョン・オットマン / 出演:トム・クルーズケネス・ブラナービル・ナイトム・ウィルキンソンカリス・ファン・ハウテントーマス・クレッチマンテレンス・スタンプ、エディ・イザード、ケヴィン・R・マクナリー、クリスチャン・ベルケル、ジェイミー・パーカー、デヴィッド・バンバー、トム・ホランダー、デヴィッド・スコフィールド、ケネス・クランハム、ハリナ・ライン、ヴェルナー・ダーエン、ハーヴェイ・フリードマン / バット・ハット・ハリー製作 / 配給:東宝東和

2008年アメリカ作品 / 上映時間:2時間 / 日本語字幕:戸田奈津子

2009年3月20日日本公開

公式サイト : http://valkyrie-movie.net/

TOHOシネマズ日劇にて初見(2009/03/20)



[粗筋]

 1944年、アドルフ・ヒトラー(デヴィッド・バンバー)独裁下のドイツ。

 ヒトラーの無謀で国民を顧みない政策に憤り、限界を感じている者は少なくなかった。中枢の者たちがなおも版図の拡大に目を血走らせるなか、ヨーロッパを破滅から救うため、一部の人間はヒトラー暗殺の計画を進めている。

 ヘニング・フォン・トレスコウ少将(ケネス・ブラナー)はウイスキーのケースに偽装した爆弾を、ヒトラーが移動する飛行機に乗せて殺害を目論んだが、手違いにより爆弾は不発に終わり、代償のように暗殺計画のメンバーがひとり更迭されてしまった。

 空いた穴を埋めるべく、白羽の矢が立てられたのは、クラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐(トム・クールズ)であった。シュタウフェンベルク大佐はアフリカで、既に疲弊しきった兵を救うため、糧食が確保出来なかったという名目で撤退することを上官に進言、どうにか説得するが、いざ行動に移そうとした矢先に砲火を浴びる。一命は取り留めたが、右目は摘出、右手は手首を失い、左手も薬指と小指を欠損する、という重傷を負った。ヒトラーではなく国民のために、と口にする彼の信念を見込んで、トレスコウたちはシュタウフェンベルクに会議への参加を求める。

 だがシュタウフェンベルクには不安がふたつあった。ひとつは、ヒトラーを亡き者にしたあと、政治空白をどう最小限に留めるのか。もうひとつは、失敗した場合、どうやって家族を守るか、であった。しかし、手を束ねていては、ヒトラーはドイツどころかヨーロッパ全体を滅亡に導きかねない。

 逡巡するシュタウフェンベルクに天啓を齎したのは、満身創痍で帰宅した彼を出迎えた子供たちが何気なくかけたレコードだった。ワグナーの『ワルキューレの騎行』――ドイツ軍には、この曲の題名にかけた作戦が存在する。それはドイツでの有事に備え、臨時の指揮体制を確立するためのものであった。

 シュタウフェンベルクはこの作戦を一部改竄して、ヒトラー暗殺の混乱に乗じてSSを制圧、一気に政権を転覆する、という大胆な計画を提案する……



[感想]

 本篇の監督ブライアン・シンガーと脚本クリストファー・マックァリーといえば、サスペンス映画の傑作『ユージュアル・サスペクツ』のコンビである。あれ以降、シンガー監督は『X−MEN』『スーパーマン・リターンズ』とアメコミ原作映画で活躍し、マックァリーは脚本・監督を兼任した『誘拐犯』を発表したのみで沈黙を保っていたが、本篇で久々にタッグを組んだ。かつて『ユージュアル・サスペクツ』に痺れた者としては、まさに待望の作品である。

 完全なるフィクションであるあちらに対し、本篇は実際にあった出来事をもとにしているが、しかしテイストにはかなり近しいものがある。登場時間が短くてもきっちりと確立されたキャラクター同士が絡みあい、緊迫したストーリーが展開していく。

 歴史上の出来事を題材にして、このような緊張感を演出するのは決して容易ではない。ほとんど歴史に興味がない人でも、アドルフ・ヒトラーが暗殺によってではなく、終戦間際に自殺を選択した事実ぐらいは朧気に知っているのだから、本篇の暗殺計画がどのような顛末を迎えるのかは察しがつく。にも拘わらず、本篇はかなり終盤が近づくまで、成功か失敗かを観客に確信させない。現実がそういう推移を見せた、ということでもあるのだろうが、いい意味で安心感を持たせない話運びは、さすがの手腕である。

 それにしても、本篇で描かれる、第二次大戦末期のドイツの様相はあまりに絶望的だ。最前線で活動する軍人は、既に敗色濃厚であることを悟りながらも、政治の中枢を完璧に牛耳られているために、表立って撤退を進言することが出来ない。ヒトラーの行為が世界におけるドイツの歴史に汚点を残す行為であると承知していた人も多く存在していたのに、SSの力が強すぎて、真っ当な手段では政治の正常化は望めない。クーデターのあとの政治を配慮するシュタウフェンベルク大佐に対し、トレスコウ少将が「後世に、抵抗したことを示すのが大事なのだ」と叫ぶくらいに、情勢は逼迫していた。

 そんな状況においてシュタウフェンベルクの提示した作戦は、確かにヒトラーに肉迫しうる最後の手段だったのが解る。レジスタンス同士のあいだでの意思疎通も充分ではなく、ヒトラー自身がかなり気紛れな行動をしがちだった*1、といった不確定要素が山積するなかで、見切り発車のまま作戦が展開される様は、悲壮な緊張感に富んでいる。

 こうした事実が、登場人物たちの強いられた覚悟の重さをも同時に裏打ちする。サスペンスに満ち、スピーディに語りながらも軽さを感じないのは、歴史そのものの持つ重みもそうだが、状況的、心情的な難しさも織りこんでいるからだろう。

 丹念にリサーチを行い、史実に添った内容になるよう丁寧に配慮された作品であることが伝わる仕上がりだが、その辺のことを抜きにしても、非常に緊密に完成されたスリラーである。「長すぎる」と感じるギリギリ手前の2時間にきっちりと収めたことや、短い会話の鋭さが利いている。

 細部に拘る人にとっては、ドイツ人が英語で会話していること自体が引っ掛かるかも知れないが、製作者もその点は承知であることが、冒頭部分、日記の文章の体裁を借りたトム・クルーズのナレーションが最初ドイツ語で行われ、終盤で英語に切り替わっていくことから解るはずだ。むしろ、その一点を除けば、充分にドイツや、実際にこの計画に関係した人々に配慮した内容となっていると思う。

 贅肉を削ぎ落とした作りのため、少しばかりあっさりしているようにも思えるが、それでいて検証するほどに重厚さを感じる、完成度の高い1本である。


*1:どうやら暗殺を警戒して、敢えてスケジュールや会議の場所を特定しないようにしていた節もあるようだ。