『誰も守ってくれない』

『誰も守ってくれない』

監督:君塚良一 / 脚本:君塚良一鈴木智 / 製作:亀山千広 / プロデューサー:臼井裕詞、種田義彦 / アソシエイト・プロデューサー:宮川朋之 / 撮影:栢野直樹(J.S.C.) / 録音:柿澤潔 / 美術:山口修 / 装飾:平井浩一 / VFXディレクター:山本雅之 / 編集:穂垣順之助 / 音楽:村松崇継 / 主題歌:リベラ『あなたがいるから』(EMI Music Japan Inc.) / 出演:佐藤浩市志田未来松田龍平石田ゆり子佐々木蔵之介佐野史郎津田寛治東貴博冨浦智嗣木村佳乃柳葉敏郎 / 制作プロダクション:FILM / 配給:東宝

2008年日本作品 / 上映時間:1時間58分

2009年01月24日日本公開

公式サイト : http://www.dare-mamo.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2009/01/24)



[粗筋]

 2009年1月24日。東豊島署の暴力犯係刑事・勝浦卓美(佐藤浩市)は同僚の三島省吾(松田龍平)と共に警邏中、署に呼び戻され、ある指示を言い渡される。それは昨年暮れに発生した姉妹殺傷事件の容疑者家族の保護であった。勝浦達も知らなかったが、未成年による重大な犯罪の捜査中、マスコミや世間の目に苛まれた容疑者の家族が自殺するケースが幾たびか発生しており、事情聴取を円滑に行うため身柄の保護を行っている、というのである。

 係長の坂本一郎(佐野史郎)と共に赴いた容疑者少年・船村直人の自宅周辺は既に、蝟集したマスコミと野次馬とでごった返していた。家に入れられた勝浦達の前で、容疑者の両親への事情聴取が行われたが、両親は感情的になっており話が進まず、また野次馬の暴言が飛び交い、周囲はいよいよ騒然としはじめていたため、警視庁の捜査員は家族を分散し別々に調査を行うことにする。そのために警察は役人を呼び寄せ、両親を離婚させると同時に妻方の籍にその場で入籍させ姓を変更する手続を行うと、母親のみ家宅捜索に立ち会わせ、父親と娘・沙織(志田未来)を都内のホテルへと隔離して聴取を行うことにした。

 勝浦と三島は沙織を警護することになったが、沙織は怒濤の事態に未だ困惑していた。執拗に追いすがるマスコミの車から逃れる映画じみたカーチェイスの挙句、辿り着いた潜伏先のホテルもあっさりと嗅ぎつけられ、続いて船村の親類宅を頼ろうとするが、そこも既にマスコミに囲まれている。三島は途中で、手の足りない家宅捜索に駆り出され、単独で沙織を背負う羽目になった勝浦は、やむなく自宅に彼女を匿うことにした。

 ろくに口を利かなかった沙織だが、ここへ来て「自宅に携帯電話を置き忘れた」と言い出す。憔悴しながら、友達からのメールの中身を見られたら生きていられない、と口にする沙織のため、勝浦は一時的に彼女の監視を旧知の精神科医・尾上令子(木村佳乃)に委ねて船村家に戻った。

 携帯電話は間もなく見つかるが、その場で不測の事態が発生する。ほんの一瞬、捜査官達が目を離した隙に、容疑者の母親がトイレの中で自殺を図ったのである。他の捜査員が呆然とするなか、勝浦は咄嗟に救命措置を施すが、時既に遅く母親は息を引き取ってしまった……



[感想]

 監督を担当した君塚良一の代表作『踊る大捜査線』最初のドラマシリーズに、妻を殺害した男の不倫相手を湾岸署が保護する、というエピソードがある。刑事ドラマに新たな光を当てたシリーズの中でも、特にその意外な仕事内容に着目した点で興味深い1話だった。

 しかし『踊る〜』はあくまで、一般企業と似たような性質を持つ警官達の悲哀をコミカルに描くことを主軸にしていたため、容疑者の周囲も好奇の目に晒される、ということについてはあまり触れていなかった。本篇は一種、その掘り下げの甘さを補うために作られたような趣がある。

 主題が主題であるだけに、『踊る〜』よりも遥かにシリアスで社会派の内容となっているが、概要を聞いたときの重々しさに反して、作品の牽引力は序盤から著しい。プロローグこそ台詞無しで進行する独特のものだが、いざ主人公のひとりである勝浦が登場すると、あとはほとんど息をつく暇さえなく、一気に本筋へと雪崩れ込んでいく。もう一方の主人公である加害者の妹・沙織が感じている混乱と、まわりが勝手に話を運んでいく、という浮遊感をそのまま再現しているかのようだ。ドキュメンタリー・タッチを意識したハンディ・カメラによる揺れのある映像も、その混乱ぶりとスピード感に拍車をかけている。

 ただ、序盤からひとつだけ気に懸かったのは、マスコミにしてもネット住人にしても、いささか反応が画一化しており、かつ全般に極端な印象を受けることだ。まだ容疑者が逮捕されたという段階でいきなりあそこまでマスコミが叩くことは昨今ではないだろうし、ネット住人の情報収集の速度が幾ら著しいからといって、少しスムーズすぎるだろう。実際には出所の疑わしい怪情報も同時に出てくるので、そう簡単に本人達の居場所を特定することは普通出来ない。出来たとしても多少は認定が遅れる。

 だがこういう“極端化”というのは『踊る〜』では頻繁に用いられていた手法だし、本篇でも主題を浮き彫りにするうえで有効に働いている。実際、容疑者だけでなく加害者に対してもマスコミはしばしば容赦なく牙を剥き、報道倫理などと無縁と思いこんでいる一般大衆は更に残酷な行為に及ぶこともままある。そうした恐ろしさを、流れや反応を極端にすることでよりくっきりと描き出している。

 いち早く勝浦と沙織の潜伏先を嗅ぎつけ取材を行おうとする新聞記者が勝浦に向かって言い放つ、「加害者の家族も死んで償え、と思っている」という台詞は、マスコミとしては公平さを欠いて不適切な発言ながら(聞いている者が勝浦と同僚の記者しかいなかったから、敢えて露悪的に喋った、という意図もあろう)、世間の反応をシンプルに表現した言葉だ。この言葉を丸呑み込みにして疑わない人はともかく、少しでも客観的な立場から物事を眺められれば、あとの成り行きの恐ろしさ、おぞましさが理解できるだろう。

 本篇の優秀なところは、そこで容疑者の家族だけでなく、被害者の家族という視点もちゃんと持ち込んで語っていることだ。粗筋で記したよりもあとに登場する彼らは、今回の事件に直接関係はないが、それ故に時間を経ても被害者を蝕む事件の影響を感じさせ、事件と対峙して生き続けなければいけない難しさを伝える。そんな彼らと縁の深い刑事・勝浦、そして現在進行形で容疑者の妹として苦しむ沙織、3つを1つの舞台に置くことで、その感情をうまく対比させ、それぞれを際立たせることに成功している。こと、被害者の父を演じているのが、善人を演じて傑出した存在感を発揮する柳葉敏郎であるだけに、途中で見せる激情が、居合わせた人々の想いにも反響して轟くかのようだ。

 個人的には、事件の内容がいささかシンプルすぎることがちょっと勿体なく感じたが、しかしあまりに凝りすぎ、余計なツイストを入れればその分だけ焦点は暈ける。更に、設定を聞いたときに誰しもまず思い浮かべるような逆転は、本篇の展開にそのまま填め込めばいっそう救いを喪ってしまう。メディア・スクラムの狂気や世間一般の無責任な好奇心を炙り出すことは出来るが、悲劇と対峙する人々の姿をここまで深く描くことは叶わなかっただろう。

 そして、こういう妥協のない展開を用意したからこそ、物語の先に広がるのが明るくない光景であると想像がついても、ラストのひと幕に救いを感じることが出来る。首尾の一貫した、優秀なプロットなのである。

 観ているあいだはただただハラハラとし、要所で描かれる人々の葛藤に胸を痛め共鳴し、観終わったあとでその出来事や感情、決断について想いを馳せずにいられない、娯楽映画にして社会派の傑作である。



 ちなみに本篇は劇場公開の当日、製作に携わっているフジテレビ系列にて、前日譚にあたる『誰も守れない』というドラマを放映している。あくまで前日譚であるためか、映画本篇で掘り下げる部分は敢えて大きく触れず、映画では事件を客観的に眺める位置づけにいた三島刑事や、映画でエッセンスのように登場する精神科医・令子の人物像を掘り下げたような作りで、ストーリーとしてはやや散漫な印象を受けるが、より大人びた『踊る大捜査線』といった趣のスピード感と生々しい描写が面白い。映画本篇とリンクする描写が随所に見受けられる点でも、映画のほうがお気に召したのであれば、いちど観て損のない作品だと思う。再放送や、恐らく映画に前後してリリースされるであろう映像ソフトでご覧になっていただきたい。