『パンズ・ラビリンス』

『パンズ・ラビリンス』

原題:“El Laberinto del Fauno” / 英題:“Pan's Labyrinth” / 監督・脚本:ギレルモ・デル・トロ / 製作:アルフォンソ・キュアロン、ベルサ・ナヴァロ、フリーダ・トレスブランコ、アルバロ・アウグスティン、ギレルモ・デル・トロ / 製作総指揮:ベレン・アティエンサ、エレナ・マンリケ / 撮影監督:ギレルモ・ナヴァロ / 美術:エウヘニオ・カバイェーロ / 編集:ベルナ・ビラプラーナ / 衣装:ララ・ウエテ / 音楽:ハビエル・ナバレテ / 出演:イヴァナ・バケロ、セルジ・ロペスマリベル・ベルドゥダグ・ジョーンズアリアドナ・ヒル、アレックス・アングロ、ロジェール・カサマジョール、マノロ・ソロ、セサール・ベア、エウセビオ・ラサロ、パコ・ビダル、フェデリコ・ルッピ / 配給:CK Entertainment

2006年メキシコ、スペイン、アメリカ合作 / 上映時間:1時間59分 / 日本語字幕:松浦美奈

2007年10月06日日本公開

2008年03月26日DVD日本盤発売 [限定版通常版]

公式サイト : http://www.panslabyrinth.jp/ ※終了

ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2008/10/21) ※ユナイテッド・シネマ豊洲オープン2周年記念特別上映



[粗筋]

 1944年、未だ内戦の影を色濃く落とすスペイン。

 オフィーリア(イヴァナ・バケロ)は母カルメン(アリアドナ・ヒル)の再婚に伴い、結婚相手であるヴィダル大尉(セルジ・ロペス)が一時的に居を置く、山の麓にある元製粉所を改装した屋敷に転居する。妊娠中毒で体調の良くない母を無理矢理引っ越させた義理の父に反感を抱くオフィーリアにとって、この転居は楽しいものではなかった。

 引っ越してきたその夜、オフィーリアは思いがけないものと巡り逢う。それは引っ越しの道中に見つけた奇妙な石像から出て来た大きな虫。しかし、妖精と信じて語りかけたオフィーリアの前でそれは本当に妖精へと形を変え、彼女を屋敷の近くにある、廃墟となった迷宮へと導いた。

 その中心にある、地下の空洞に身を潜めていたのは、醜悪な姿形をした怪物パン(ダグ・ジョーンズ)。彼はオフィーリアに、彼女が異世界からこの世界に転生してきた王女であり、彼女がいつか異世界に戻る日のため、世界各地に迷宮が用意されており、自分がいるここが最後のひとつである、と語る。そしてやがて訪れる王女を異世界に導くためには、彼女が人間に染まっていないことを証明するため、三つの試験に合格する必要がある、と説いた。

 現実世界では、近隣の住人に対して大尉が示威的な行動を取り、いっそう憂鬱を募らせていたオフィーリアは、その試験に挑む。

 最初の試験は、朽ちて芽吹かなくなった大樹の根元に棲みついた大ガマの退治。託された道具でそれは何とかなったが、折しもその日は、大尉が客を招いてパーティーを催しており、オフィーリアは着飾って出席するはずだった。出ないだけならまだしも、せっかくのドレスまで泥だらけにして戻ってきた彼女に、母も憤りを隠さない。

 そうしているあいだにも、オフィーリアを取り巻く状況は悪くなっていく。すぐにでも次の試練に挑みたいオフィーリアだったが、母の立場と体調を案じ、道案内となる本を開くタイミングも掴めない。なかなか動かない彼女に業を煮やしたのか、パンは彼女の部屋に現れ、特別に母を助ける方策を授けた……



[感想]

 本篇のギレルモ・デル・トロ監督は人気シリーズ物の続篇『ブレイド2』や、アメコミ・アクションの大作『ヘルボーイ』で知られているが、他方でスペイン内戦を背景とした『デビルズ・バックボーン』を監督し、連続猟奇殺人とマスメディアの関わりを重々しく綴った『タブロイド』で製作を務めるなど、ユニークな作品にも関わっている。本篇は『デビルズ・バックボーン』と同様にスペイン内戦を背景に、そこへファンタジーの構造を重ねることで作りあげた、やはり独自な雰囲気の支配する意欲作だ。

 一種、『不思議の国のアリス』を彷彿とさせる導入だが、しかしそのトーンは最初から沈鬱だ。オフィーリアの表情も暗いし、母親カルメンも決して楽そうではない。その後の異世界に繋がっていく出来事はあるが、そこを除くとおよそ明るい側面が窺えない。事実、それから立て続けに描かれる“現実”は凄惨で、気の弱い人なら目を覆いたくなるほどだろう。オフィーリアから嫌悪される義理の父・ヴィダル大尉の言動が特に象徴的ながら、そもそもその背景として横たわる内戦に、明るい材料がない。そこをまったく容赦することなく、本篇では明確に描いている。

 巧妙なのは、ファンタジー部分でさえも決してヒロインにとって甘くないことだ。異世界に踏み込んでいるのだから、そこでの疵や汚れは無視されそうなものだが、きちんと地続きになっており、身体や服を汚した泥はそのままになる。異世界での死は現実での死にも結びつくことを容易に想像させる試練を冒頭から用意し、その影響を現実にも及ぼすことで、彼我の差を見えなくしていく。

 この構成はそのまま、物語の決着に深い余韻を齎すことにも繋がっている。現実の苛烈さに潜む切なさと、異空間における厳しさと裏腹の優しさとが溶けあったラストシーンは、何も考えずに観ても心を打つのだが、この結末があるために、作品全体の流れが大きく分けてふた通りの解釈が出来てしまう。そのことが作品の齎す余韻を大きく膨らませているのだ。

 本篇の優秀な点は、現実世界も異世界も同様に、美術や衣裳が作り込まれ、凄惨ながらも美しい映像を作りあげていることである。現実世界は山中のゲリラ戦を中心としているが、戦争映画ならではの悽愴なムードをよく醸成しているし、異世界のグロテスクと紙一重の美しいモチーフの数々は記憶に強く刻まれる。特にパンなど、その異様な風貌故に果たして善人であるのか悪人であるのか察しがつかず、時として優しさを覗かせたかと思えば突如凶暴さを剥き出しにする、掴み所のない怪しさを見事に体現している。

 如何せん、戦争の描写といい、ファンタジー世界の容赦のなさといい、ファンタジーと言いながら決して子供向きではない。本篇はまさに、“大人のためのファンタジー”としか呼びようのない傑作である――なるほど、公開当時様々な賞に輝いたことも頷ける。日本で初めて公開された当時、時間の都合がつかずに見送ってしまったのだが、こうして劇場で鑑賞する機会が得られたのは本当に幸運だった。