『ウォンテッド』

『ウォンテッド』

原題:“Wanted” / 原作:マーク・ミラー&J.G.ジョーンズ / 監督:ティムール・ベクマンベトフ / 脚本:マイケル・ブラント&デレク・ハース、クリス・モーガン / 原案:マイケル・ブラント&デレク・ハース / 製作:マーク・プラット、ジム・レムリー、ジェイソン・ネター、イアイン・スミス / 製作総指揮:マーク・シルヴェストリ、アダム・シーゲル、ロジャー・バーンバウム、ゲイリー・バーバー / 撮影監督:ミッチェル・アムンドセン / プロダクション・デザイナー:ジョン・マイヤー / 編集:デヴィッド・ブレナー / 衣装:ヴァルヤ・アヴデュシコ / 音楽:ダニー・エルフマン / 出演:ジェームズ・マカヴォイモーガン・フリーマンアンジェリーナ・ジョリーテレンス・スタンプトーマス・クレッチマン、コモン、マーク・ウォーレン、デヴィッド・パトリック・オハラ、コンスタンチン・ハベンスキー、ダート・バクタデツ / 配給:東宝東和

2008年アメリカ作品 / 上映時間:1時間50分 / 日本語字幕:松浦美奈

2008年09月20日日本公開

公式サイト : http://www.choose-your-destiny.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2008/09/13) ※先行上映



[粗筋]

 つい6週間前まで、僕は君たちと変わりない、ごく平凡な男だった。

 僕――ウェスリー・ギブソン(ジェームズ・マカヴォイ)は顧客管理担当という、延々パソコンに向かい合う仕事をしているが、効率の悪さから“拒食症”の上司に毎日のようにネチネチと責め立てられている。いちおう恋人はいるが、その彼女は友人のバリーと僕自身のアパートでよろしくやっていた。おまけに僕はパニック障害と診断されて、薬がないと1日冷静に過ごすことも出来ない。

 そんなストレスだらけの毎日は、ある日突然終わりを告げた。パニック障害の薬を買いに訪れたドラッグ・ストアで、背後に妖しい美女が佇んだ瞬間から。突如、彼を挟んで銃撃戦が繰り広げられ、訳の解らぬまま僕は女の操る車に乗せられ、襲撃者からの逃走を余儀なくされる。

 人智を絶した応酬の果てにどうにか襲撃者を振り切り、女の手で僕が連れこまれたのは紡績工場。胡散臭い連中に取り囲まれたなか、僕に語りかけたのはスローン(モーガン・フリーマン)と名乗る年輩の男。何を考えているのか、僕に銃を握らせて、ゴミ箱のなかに飛んでいる蠅の翅を撃ち落とせ、と言い出した。脅されるまま、それまで手にしたこともない拳銃の引き金を立て続けに6回引き、衝撃でうずくまる僕にスローンは、翅を失った3匹の蠅を差し出した。

 スローンたちは、超人的な力を備えた暗殺者を育成し、運命の名のもとに暗殺を行う組織“フラタニティー”のメンバーであるという。そして、僕の生後7日で失踪した父もまたメンバーのひとりであり、特に優秀な“暗殺者”だったんだそうだ。だが父は、裏切り者によって殺されてしまった――その才能を引き継いでいるはずの僕も、裏切り者によって狙われている。そこで例の女、フォックス(アンジェリーナ・ジョリー)が僕を保護し、組織に招き入れるために遣わされた、という話だった。

 常軌を逸している。夢だと思いたかったが、翌朝、僕の手許にはあのとき握りしめたままの拳銃が確かに残っていた。そして、父が遺したという多額の財産が、スローンの言った通り僕の口座に振り込まれているのを見て――僕はやっと、この日常を捨てられる、と直感した。上司を罵り、親しげに近づいてくる友人を叩きのめして、僕はふたたびフォックスの車に乗る。

 まだこのとき、僕はとても安易に考えていた。僕が飛び込もうとしていたのは、“平凡な世界”から抜け出す、というレベルでは到底語れない、恐るべき世界だったのだ……



[感想]

 近年、娯楽映画の台頭著しいというロシアにて2004年に製作され空前の大ヒットを記録、世界的にも評価を集めた『ナイト・ウォッチ』の監督ティムール・ベクマンベトフの、ハリウッド進出第1作である。“ロシア版『マトリックス』”という言い方もされただけに、決して親和性は低くない、と感じていたが、想像していた以上に見事な仕上がりだった。

 娯楽映画では特に刺激的なシーンを冒頭に持ってくることで観客の心を掴む、という技を使うことが多いが、その点からまず本篇は完璧だ。いきなりのビル越しの狙撃シーンから、窓を突き破り空中からの射撃で目覚ましい報復を行う男、しかし更にそれを、弾道の大きくカーブする人智を絶した銃撃で射止める男。これと前後して、平々凡々、というかどちらかと言えば惨めな境遇にある主人公の日常を、モノローグにスローモーションなどを駆使した工夫の著しい映像で綴り、それがいきなりプロローグで示されたような常識を軽く逸脱する銃撃戦、逃走劇へと雪崩れ込んでいく。素晴らしいまでの接続の巧みさで、あっという間に作品世界に惹きこまれてしまう。まさに娯楽映画の鑑、とでも言うべき構成の完成度だ。

 しかもこのスタイリッシュでテンポのいい描写、またごく有り体の光景が人間の能力を逸脱したアクションを組み込むことで異空間に変貌していく感覚は、『ナイト・ウォッチ』『デイ・ウォッチ』と続いたシリーズの様式美をきちんと踏襲している。当然のように聞こえるかも知れないが、しかしこと娯楽映画という枠組のなかでは、他国から招かれた映像作家が本来のスタイルを留めたままハリウッドで映画を撮ることは決して容易ではない。ハリウッド特有の方法論に蹂躙され、片鱗程度しか留めない、ということが往々にしてあるのだ――まあ、最近はさすがにそこまで酷くはなくなっているようで、フランスのルイ・レテリエ監督らのように決して当初のスタイルを崩すことなくハリウッドで成功を収めている例もあるが、出世作そのものではないのに、その良さをここまできちんと織りこんだうえで、いちおう原作は存在するものの、ほぼオリジナルと言っていい作品を完成させていること自体が驚異だ。

 加えて、ベースとなっている設定が込み入っていて、2作を経てもまだ謎の多い『ナイト・ウォッチ』のシリーズと較べると、本篇は背後関係が実に解り易い。それでいて、背後関係を説明したり暗殺技術の訓練を施したりしていく過程で、クライマックスへの伏線が無数にちりばめられている、その巧みさも出色なのだ。伏線を敷くのは当たり前としても、だいたい無理が生じたりわざとらしかったりで見た瞬間に「あれ?」と違和感をもたらして悟られるケースが往々にしてあるが、本篇の場合はその埋め込み方が実にスマートで、仮に見抜けたとしても、採り上げるタイミングや活かし方には唸らざるを得ないはずである。とりわけ最後の最後で繰り出されるシークエンスの見事な回収ぶりは、決してハッピーエンドではないはずの結末に異様な爽快感を演出している。

 だが個人的に本篇で私が何よりも痺れたのは、クライマックスにおける一大アクション・シーンである。アクション映画、それも世界観の構築とアクションの見せ方に拘った作品を愛好する向きなら、あそこを観て恐らく歓声を上げるはずだ。作中で語られる、人間の限界を超えた暗殺技術の果てにある境地を描き出したこのシーンのインパクトは並大抵ではない。VFXを駆使したタイプのアクション映画でここまで興奮したのは、久々のことだ――アメコミ原作という括りなら『ダークナイト』という歴史的傑作はあるが、とことん現実の枠内で語ろうとするあちらとは意味合いが異なるし、アクションの存在を引き立たせる、という意味では本篇のほうが間違いなく優れている。

 キャストについても申し分はない。序盤ではただの間抜け男、しかし自らの能力を知ると舞いあがり、過酷な訓練を経てどんどん精悍さを増していき、最後には虚無さえ漂わせた“暗殺者”へと変貌していく過程を完璧に表現したジェームズ・マカヴォイ、もはや存在だけで作品に風格をもたらしているモーガン・フリーマン、そして魅惑的で凶暴ながら、監督が語る通り日本の武士道に通じる信念を感じさせる芯の通った女を体現したアンジェリーナ・ジョリー、この3人で作品のドラマ部分を充分に支えている。

 当初掲げているお題目の割には予定外の犠牲が多いこと、格好良くはあるがこの先があまりに不透明で落ち着きの悪い結末が引っ掛かる人もあるだろうが、都合良く死者を減らしたり安易にハッピーエンドにするよりは正しいし、その苦い余韻も作品の味わいを膨らませている。

 世界観の持つ常軌を逸した技術を活かしたアクションをふんだんに盛り込み、それでいて破綻せず巧みな伏線でもって構築されたストーリー。SF・ファンタジー系統の設定を盛り込んだ映画としては久々に、アクションにおいてもストーリーにおいても、そしてその味わいにおいても充分な満足をもたらしてくれる傑作である。