『インクレディブル・ハルク』

『インクレディブル・ハルク』

原題:“The Incredible Hulk” / 監督:ルイ・レテリエ / 原案・脚本:ザック・ペン / 脚本:エドワード・ハリスン*1 / 製作:アヴィ・アラドゲイル・アン・ハードケヴィン・フェイグ / 製作総指揮:スタン・リー、デヴィッド・メイゼル、ジム・ヴァン・ウィック / 撮影監督:ピーター・メンジースJr.,ACS / 美術:カーク・M・ペトルッチェリ / 視覚効果スーパーヴァイザー:カート・ウィリアムズ / 編集:ジョン・ライト,A.C.E.、リック・シェイン,A.C.E.、ヴィンセント・タバイロン / 音楽スーパーヴァイザー:デイヴ・ジョーダン / 音楽:クレイグ・アームストロング / 出演:エドワード・ノートンリヴ・タイラーティム・ロス、ティム・ブレイク・ネルソン、タイ・バーレル、ウィリアム・ハート / マーヴェル・スタジオズ&ヴァルハラ・モーション・ピクチャーズ製作 / 配給:Sony Pictures Entertainment

2008年アメリカ作品 / 上映時間:1時間52分 / 日本語字幕:松浦美奈

2008年08月01日日本公開

公式サイト : http://www.incrediblehulk.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2008/08/01)



[粗筋]

 ブルース・バナー(エドワード・ノートン)はかつて、アメリカの大学で働く前途洋々たる科学者だった。そんな彼の運命を一変させたのは、恋人エリザベス・“ベティ”・ロス(リヴ・タイラー)の父であり、軍部を掌握するロス将軍(ウィリアム・ハート)の依頼で行った、放射線被曝に関する実験での出来事である。大量のガンマ線放射を浴びたブルースの肉体は膨張、緑色の肌と強大な力を備えた巨人へと変貌した。凶暴な感覚に支配されたブルースは破壊の限りを尽くし、ベティを傷つけ、そしてその能力を軍事利用しようと目論んだロス将軍に追われるようになり、結果彼は潜伏生活を余儀なくされる。

 事故から5年後、ブルースはブラジルに潜んでいた。脈拍200を超えると変貌することを学んだ彼は、怒りを抑えるために武術による精神修養に努め、一方でネットワーク上で知り合った“ミスター・ブルー”なる人物から薬学についての助言を得、どうにか自らの身体を治す方法を見つけ出そうと日々努力を続けているが、なかなか成果は上がらない。

 そんななか、ブルースはアルバイトとして働いていた飲料工場でかすり傷を負い、その血が紛れ込んだボトルがアメリカに輸出されたことで、将軍に居場所を嗅ぎつけられてしまう。将軍は圧倒的な戦闘能力を持つ“緑の巨人”に対抗すべく、イギリスの特殊部隊での任務を経験してきたエミル・ブロンスキー(ティム・ロス)を招聘、態勢を整えて生け捕りを目論んだ。

 いち早く包囲されたことを悟ったブルースは、冷静に網をかいくぐり脱出を図るが、運悪く反りの合わない同僚とはち合わせ、逃げ込んだ工場で暴力を振るわれる。危機感と怒りが急速に脈拍を上げ、ブルースは遂に、半年近く抑えこんできた力を発動させてしまう。

 精鋭とはいえ、ブルースの能力について何の予備知識も与えられていなかったブロンスキーらは、“緑の巨人”の敵ではなかった。撤退を余儀なくされたブロンスキーは、だがしかしその一方で胸の高鳴りを覚える――これまでに見たことのない強大な力に、彼は魅せられていた。ブロンスキーはやむなく事情を語った将軍に、10年前にもし私に同じ実験が施されていれば、と呟く。それに対して将軍は、今からでも遅くはない、と返した……

 一方、グアテマラでようやく本来の姿に戻り自我を恢復したブルースは、彼の症状改善について成算のありそうな“ミスター・ブルー”の発言に縋り、5年振りにアメリカの地を踏んだ。“ミスター・ブルー”よりも先に彼が訪ねたのは、かつて彼が働いていた大学。未だそこに在籍するベティの傍らには、新しい恋人レナード(タイ・バーレル)の姿があった――



[感想]

 数々のヒーローを輩出してきたアメコミの中でも根強い人気を誇った作品を、初めて実写として映画化したのがアン・リー監督による『ハルク』である。監督の代表作『グリーン・デスティニー』にも通じる緑を基調とした美しい映像と、哲学的な要素を孕んだストーリーは一部に好評を博したものの、晦渋な部分も多く原作のファンからは不評も買っていたという。

 本篇はそのことから学び、異なったアプローチをあえて選択している。主人公ブルース・バナーが“ハルク”と化してしまう過程はプロローグとしてざっと描き、主に逃走中の姿を描いているあたりは続篇的な趣があるが、その経緯に細かく異同があり、そこからして差違を打ち出す意志が覗かれる。

 上記のように、書き出すと入り組んでいるように見える経緯も、しかし本篇の中では情報を整頓し、ストーリー展開としては極めてシンプルになるよう工夫がされているのもアン・リー監督版との違いだ。数人の人間の思惑が絡みつつも、基本はその能力ゆえに軍に追われるブルース・バナーの物語であり、主眼は彼の苦しみと悲しみ、そして離れつつも恋人であったベティに寄せる切実な想いであり、その焦点にほとんどブレがない。

 一方で、アン・リー版ほど統一された美しさはないものの、アクション・パートのアイディアに富んだ演出、画面構成は出色の仕上がりだ。ブルースがハルクとなって初めて登場する場面では、ギリギリまで彼を直接撮さず、主にブロンスキーの視点から描写する。一種怪物映画の序盤のような表現をすることで単純なヒーローではないことを示す一方で、次のパートではブルースが怒りで変貌する様を切実に描き、クライマックスの戦闘では舞台を密室から街中へ、そして最初のパートでハルクの姿に魅せられていた当人を逆に間接的に撮るかたちでその凶暴さ、危険さをいっそう強調する。間接的にその破壊力を描写するためのアイディアもうまいが、それがちゃんとドラマの進行と軌を一にしているのが見事なのだ。

 『ダニー・ザ・ドッグ』でアクションの中に悲痛なドラマを取りこんだルイ・レテリエ監督と、初出演作品『真実の行方』でいきなりアカデミー賞にノミネートされ、以来関わる作品において製作に深く食い込んで作品世界を補強してきたことで知られるエドワード・ノートンとの組み合わせが、実によく活きた作りとなっている。シリアスが基調であるために、多くはないもののちゃんとユーモアも織り交ぜて、観る側の緊張を緩める工夫がしてある点までぬかりがない。

 そして何より、人物の配置が完璧なのだ。ちゃんと原作に登場する人物をちりばめ、それぞれ善人でも悪人でもない本質をきちんと抽出して、名前のあるキャラクターは例外なく存在感を示すようにしている。それがちゃんと主要人物の人柄や宿命を浮き彫りにしているのだ。とりわけ、原作に雛形はあるものの本篇では決して重要人物でないベティの元恋人レナードも、二度目の戦闘のあとで実に印象深い会話をしている。彼がいることで、ブルースの切実な想いが客観的に切り取られ、かつベティの偽らざる心情が伝わってくるのである。

 ほぼ完璧、強いて言うならそれゆえに突出したインパクトを残す部分が乏しくなっているのが欠点というぐらい見事な仕上がりなのだが、一点だけ気になったのはエピローグ部分である。ブルースのその後と、将軍のその後とを続けて見せているのだが、ここは正直、順番を逆にするべきだったと思う。いずれも続篇や新たな展開を匂わせるものだが、将軍のやり取りがあとに来てしまったせいで、どうも収まりが悪くなってしまっている。ここはやはりブルースの姿を描き、彼の新たなステップを匂わせたところで、1本の作品として綺麗に締めくくって欲しかった。

 しかし本当に引っ掛かるのはそこぐらいだ。アン・リー版『ハルク』に満足できなかった人も納得している人も、また原作を知っていても知らなくても、充分に深みのあるドラマと迫力のアクションが堪能できる、現代版アメコミ・アクション映画のお手本とも言える1本である。