『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』

原題:“There will be blood” / 原作:アプトン・シンクレア『石油!』(平凡社・刊) / 監督・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン / 製作:ジョアン・セラー、ポール・トーマス・アンダーソン / 製作総指揮:スコット・ルーディン、エリック・シュローサー、デヴィッド・ウィリアムズ / 撮影監督:ロバート・エルスウィット,A.S.C. / プロダクション・デザイナー:ジャック・フィスク / 編集:ディラン・ティチナー,A.C.E. / 衣装:マーク・ブリッジス / 音楽:ジョニー・グリーンウッド / 出演:ダニエル・デイ=ルイスポール・ダノ、ケヴィン・J・オコナー、キアラン・ハインズ、ディロン・フレイジャー / 配給:WALT DISNEY STUDIOS MOTION PICTURES. JAPAN

2007年アメリカ作品 / 上映時間:2時間38分 / 日本語字幕:松浦美奈

2008年04月26日日本公開

公式サイト : http://www.movies.co.jp/therewillbeblood/

日比谷シャンテ・シネにて初見(2008/04/26)



[粗筋]

 始まりは、場末の鉱山。発破を用いた発掘作業中に金塊を発見したダニエル・プレインヴュー(ダニエル・デイ=ルイス)はやがて、それを元手に石油掘鑿を始める。困難に見舞われながらも、パートナーのフレッチャー(キアラン・ハインズ)と息子のHW(ディロン・フレイジャー)と共に着実に成功を積み重ねていった。

 そんな彼のもとを、ひとりの気弱そうな青年が訪ねてきた。ポール・サンデー(ポール・ダノ)と名乗る彼は、自分の生まれ故郷リトル・ボストンの地下に石油が眠っている可能性がある、という情報をダニエルに売り渡す。HWを連れ、鶉狩りの名目で現地を訪れたダニエルは、そこが極めて土壌が貧しく、耕作から収入を得ることの出来ない土地であることに勘づき、石油の痕跡を発見すると躊躇なく買い占め工作に走る。

 計画は順調に進んでいったが、ひとりだけ、ダニエルを患わせる存在がこの土地にはいた。ポールの兄弟、イーライ(ポール・ダノ/二役)である。最初にサンデー一家の農場を直接買収にかかったときから値段の吊り上げを図り、ダニエルの支援を当てに建てた教会を一気に地元に浸透させ、無神論者であるダニエルにことあるごとに取り入ろうとする。当初から彼の言動に偽善と虚飾の匂いを感じ取っていたダニエルは距離を置き、すり寄ろうとすると軽い嫌がらせであしらう、ということを繰り返した。結果的に、ダニエルとイーライとのあいだには静かな確執が生じていく。

 そんなある日、掘鑿中の櫓のひとつで、突如ガスが噴き出すという事故が発生した。この出来事が、ダニエルの思惑に意外な影を落とすこととなる……



[感想]

 昨年末から今年にかけての映画賞は数人、大本命と呼ばれる候補者が現れたが、その中でも特に、総ナメと言われる勢いで賞を獲得していったのが、『ノーカントリー』のハビエル・バルデムと、本篇で主人公を演じたダニエル・デイ=ルイスであった。アカデミー賞においては、同じ主演男優賞候補に挙がっていたジョージ・クルーニーがオープニング映像のなかでダニエルを名乗り、既に彼の受賞を疑っていないコメントをして笑いを取ったことを記憶している方も多いだろう。

 それほど大きな話題となった彼の演技を目にする機会をずっと楽しみにしていたが、確かにこれは疑いようのない名演であった。

 まず冒頭、ひとりきりで坑道に潜り、発掘している場面だけでも驚異的に惹きつけられる。続く、初めて油井を掘り下げる場面での穏やかだが重々しい表情、そして油田候補地買収交渉の場での貫禄のある佇まいと、巧みに連携していく編集によって畳みかけるように描かれるダニエルの変遷の異様なまでの力強さに、瞬く間に呑みこまれてしまう。厚く渋みのある低音、ひょろりとした体格は、さながらスクリーンを覆うが如く映ってしまうほどだ。

 意外であったのはもうひとり、そんなダニエルに対して終始反感を示し、取り入って自らの欲望をも満たそうとする伝道師イーライを担当したポール・ダノもまた好演していたことである。自らの言葉に陶酔し、優れた宗教家を自認しながら、根底では名誉欲や物欲に支配されている。その魅力と醜さとを、実に見事に体現している。より強大なダニエルの前にあっては小物に過ぎないが、人間嫌いゆえ他人と深く関わろうとしないダニエルの存在感を強調しているのが、小さなカリスマである彼であることは間違いない。

 しかし、全体の話運びは決して整っているとは言い難い。その時代の出来事の描写があとにどう繋がっていくのか、どう繋げたかったのか、という意志が全般に不透明なままで、ワンシーンワンシーンが切れ切れに感じられる。実際には心理的な伏線が巧みに鏤められているのだが、インパクトの凄まじい場面があまりに多いために、ガタガタした印象を与えてしまうようだ。

 だがそれでも、個々の場面の迫力の凄まじさ、その分量という点では、これほど見所の多い作品も珍しい。不協和音を活かしたBGMを背に、ほとんど台詞なしに繰り広げられる導入部。分岐点となる事故の静かな激しさ。その後登場する新しい人物との絡みで描かれる、ダニエルの弱みと増幅される心の闇。直後にイーライの教会で繰り広げられるひと幕はそれ自体が戦慄を誘うが、それまでの前提があってこそのインパクトであり、このひと幕がクライマックスの狂気を裏打ちしている。ガタガタな印象を齎しながらも牽引力を損なわないのは、エピソードの力強さと、奥に流れる意識に揺らぎがないせいだろう。むしろ、あまりに情熱が籠められすぎ、業の域にまで達した場面が多いがゆえに、歪さを生じている。

 それぞれの映像美も出色だ。荒涼とした土地で行われる石油の掘鑿と、そこで繰り広げられるドロドロとした人間模様が美しいはずはないのだが、構図と特徴的な色彩設計によって、息を呑むような美しさを演出している。本編はアカデミー賞において主演男優賞の他に撮影賞を獲得しているが、それも頷ける。

 原作自体がそういう趣旨で執筆されたこともあって本編には、資本主義に凝り固まった思考に対する皮肉と警句が漲っている。資本主義が誘発する欲望が塊となって生まれたモンスターのような主人公ダニエル・プレインヴューこそが最大の象徴だが、イーライを筆頭に、周囲の人々も多かれ少なかれ金銭に取り憑かれた者ならではの滑稽さ、醜さを随所で露呈する。そうして辿り着く心の荒廃は、現代だからこそいっそうリアルに感じられるとも言える。

 まさに作られるべくして作られた傑作であるが、しかしそのガタガタとした構成と、あまりにアクの強すぎる主人公像ゆえに観る者を選ぶことも否定できない。とは言え、ダニエル・デイ=ルイスの間違いなく映画史に残る名演を目の当たりにするためだけにでも劇場に足を運ぶ甲斐はあるだろう。