『アメリカン・ギャングスター』

原題:“American Gangster” / 監督:リドリー・スコット / 脚本:スティーヴン・ザイリアン / 製作:ブライアン・グレイザーリドリー・スコット / 製作総指揮:スティーヴン・ザイリアン、マイケル・コスティガン、ブランコ・ラスティグ、ニコラス・ピレッジ、ジム・ウィテカー / 製作補:ジョナサン・フィレイ / 撮影監督:ハリス・サヴィデス / 美術:アーサー・マックス / 編集:ピエトロ・スカリア / 衣装:ジャンティ・イェーツ / 音楽:マルク・ストレイテンフェルド / 出演:デンゼル・ワシントンラッセル・クロウ、キウィテル・イジョフォー、キューバ・グッディングJr.、ジョシュ・ブローリンテッド・レヴィンアーマンド・アサンテジョン・オーティスジョン・ホークス、RZA、ルビー・ディー、コモン、ライマリ・ナダル / 配給:東宝東和

2007年アメリカ作品 / 上映時間:2時間37分 / 日本語字幕:松浦美奈

2008年02月01日日本公開

公式サイト : http://americangangster.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2008/02/23)



[粗筋]

 1968年、ニューヨークのハーレムで、貧しい黒人を中心に支持を集めて“ロビン・フッド”の異名を取っていたギャングのバンピー・ジョンソンが心臓発作で急逝した。彼を飼い慣らしていたマフィアや、暗黒街と癒着の深い警官達は、以後ハーレムを巡る情勢が混沌とすることを予測したが、そこに頭角を顕してきたのが、フランク・ルーカス(デンゼル・ワシントン)という男だった。

 バンピーの運転手兼ボディガードとして間近でその手腕を観察してきた彼は、イタリア系マフィアのファミリー形式が組織に結束を齎すこと、部下や隣人達への施しが地位を盤石のものとすることを学んできた。他方、同じ手法を踏襲しているだけでは、自分たちがいつまで経ってもより古く強大な組織に利用されるだけで終わることも察知している。注意深く身辺を観察したフランクは、やがてある結論に達した。

 フランクは全財産を携え、単身タイへと渡る。目的は、東南アジアで生産される麻薬を直接買い付けること。当時、依然として続いていたベトナム戦争において、アメリカ兵達の間に麻薬が蔓延していた。フランクは帰還兵たちの、“ベトナム産のほうが純度が高い”という言葉をヒントに、産地で直接仕入れることで、流通を繰り返す間に増えていく混ぜ物を排除し、また仲介手数料を省くことで安く供給することを思いついたのだ。

 フランクの構想は的を射て、彼の販売する麻薬ブランド“ブルー・マジック”は瞬く間にニューヨークを席巻する。斯くしてフランクは一気にバンピーの後継者としての地位を確立、郊外に豪邸を購入し、離れて暮らしていた家族を招いた。そして、マフィアの様式に則り、強固な結束に支えられた“ファミリー”を急激に形成していく。

 ――同じ頃、ニュージャージーの警察署に勤めるリッチー・ロバーツ(ラッセル・クロウ)は対照的な苦境に追いやられていた。正義を重んじるあまり、仕事に没頭してきた彼の家庭は冷え込み、妻は子供と共に姉のいるラスヴェガスに移ってしまう。仕事の面では、捜索の最中に発見した百万ドル近い大金を馬鹿正直に提出したことで、周囲から冷ややかな視線を浴びせられるようになってしまった。

 それでもリッチーは意地を貫き通したが、しかし他の者はそうはいかない。相棒のジェイ・リヴェラ(ジョン・オーティス)は周囲からの冷たい眼差しに耐えかねて麻薬に手を出し、薬欲しさに売人を殺害、リッチーが対処できぬうちに、過剰摂取で命を落としてしまった。屍体安置所で変わり果てた相棒と面会したリッチーは、彼が最期に使用していた麻薬の袋を証拠品として押収する。そこには、“ブルー・マジック”というブランド名が記されていた。

 間もなく、彼の潔癖な姿勢を評価した地方検事ルー・トバック(テッド・レヴィン)が時間を持て余すリッチーを訪ねてくる。癒着が蔓延する警察において、理想的な麻薬捜査を行うためには、既存の指揮体系に依らず、かつ潔癖を貫くリッチーのような刑事こそ必要なのだ、と。部下の選択から一任されたリッチーは、心許ない捜査費用に苦しめられながらも、麻薬犯罪との直接対決に乗り出していく……



[感想]

 すっかり円熟の域に達したリドリー・スコット監督に、優等生的なキャラクターで評価を高めながら意表をつく悪役でオスカーに輝いたデンゼル・ワシントン、パワフルな演技により多くの作品で存在感を醸してきたラッセル・クロウ。この三人の組み合わせで、脚本は『シンドラーのリスト』でアカデミー賞に輝き、リドリー・スコット監督とも『ハンニバル』『ブラックホーク・ダウン』と素晴らしいコンビネーションを披露してきたスティーヴン・ザイリアンを筆頭に、リドリー・スコットロン・ハワード監督作品に関わってきたスタッフが結集している。これで不出来に終わることなどまずない、と思うが、案の定の高いクオリティに仕上がっている。

 ただ、予告編から想像していた内容とは若干異なっていた点には触れておきたい。予告編だともっと随所にアクションが鏤められ、刺すか刺されるか、という緊張感が全篇に漲っているかのような印象があり、それが2時間以上続くだろうことに覚悟を決めて劇場に乗り込んでいったのだが、案に相違して、どちらかと言えば穏当な話運びになっている。オープニングこそ、まだバンピー・ジョンソンの元で働いていた時分のフランク・ルーカスが、恐らく裏切りを犯した男を処刑するショッキングな場面から始まるものの、以降はあまり派手に血が飛ぶことはなく、驚かされることはほとんどない。

 冷静に考えてみればそれも当然の話で、実際の出来事に基づいているのだから、手当たり次第に人を殺したり銃をぶっ放していればそれだけ早く馬脚を露呈する。そのあたり、下手な製作者の手にかかると、その場限りのインパクトに固執した挙句、作品を荒唐無稽にしてしまうところを、実にうまく抑制を利かせている印象だ。

 かといって緊張感がゼロというわけではなく、危険と隣り合わせに生きている、という雰囲気は常に保っている。かたや、非常に劣悪な境遇から出世を遂げ、マフィアでさえ成し得なかった一大犯罪組織を作りあげた男の、理性的で慎ましくも華やかな暮らしぶりと、対照的に危険と退廃の蔓延る彼の商売ぶりを巧みに折り重ねて描き、かたや仕事に誠実であり続けようとするあまり家庭を顧みることが出来ず、幸せを次から次へと失いながら自らの理想へ着実に邁進し、望んで危険に相対する男の姿を、表面的な薄汚さと裏腹な高潔な志を滲ませて見事に描ききっている。その腰の入った叙述ぶりが、中途半端な銃撃戦やカーチェイスなどを用いずとも、充分に緊迫感を演出しているのだ。

 長い尺を殆ど飽きさせない一因に、行動の理由を逐一説明せず、流れに乗せて少しずつ観客に理解させる手法がこなれている点がある。ナレーションどころかテロップでの説明もないため、予備知識が最小限だと序盤で何が起きているのかも把握しきれないのだが、話が進むうちにいつの間にか状況を理解してしまっているのである。説明の巧みさもさることながら、事情の伏せ方がいちいち観る側の関心を惹きつけるので、それ自体が優秀な牽引力となっているのだ。

 物語の中で、いささか多すぎるかに思える登場人物も、最終的にほとんど無駄になっていないことも素晴らしい。比較的人物の少ないリッチー・ロバーツ側でも、売人をしている友人らの扱いが後半になって活きてきているし、家族を総動員するフランク・ルーカスのほうなど、ある程度描写のある人物は何らかの見せ場であったり、存在意義を示す場面がある。特に、野球選手を志願していた甥など、最小限の登場で実に効果的なエッセンスになっている。現実に依っているとは言え、ある程度は潤色があるだろうことを考えると、この辺りこそ製作者達の粋な手管を堪能できる部分だろう。

 しかし何だかんだと言って、やはり作品のクオリティを高めているのは、デンゼル・ワシントンラッセル・クロウという二人の主演俳優である。凶悪な事業に品格を求め、規則正しく運営しようとした、一種アンビバレントな役柄を、もともと優等生的なキャラクターで売りながら、『トレーニング・デイ』で敢えて悪役に転じてオスカーをもぎ取ったデンゼルが、双方の味わいをうまく掛け合わせて演じきると、家庭や豊かな暮らしを犠牲にして正義を貫こうとする男の泥臭さ、孤高ぶりを、彼特有の荒々しい存在感でもって裏打ちするラッセル・クロウがそれに対抗する、といった感じで、実際にはクライマックスまでじかに接する機会がないにも拘わらず、互いに刺激し合って、競って理想を突き詰めていくかのように見える様が、そのまま作品のエネルギーとなっているのだ。脚本や編集の巧さも貢献しているが、それとて二人が演じてこそだろう。

 唯一、結末の成り行きが『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』のような印象を齎すのが個人的に引っ掛かったのだが、そのくだりも実話なのだから致し方のないところだろう。それに、締め括りに齎される深い余韻は、どちらかと言えば陽性であったあの作品とはまるで対照的だ。あちらが最後までどこか無邪気であったのに対し、本編はその締め括りに至るまで生々しく、渋く、そして熱い。
 エンタテインメントとしての驚異的な馬力を示しながら、枯れた語り口の巧みさを見せつける、まさに円熟の1本である。当初本命視されていたわりにはアカデミー賞でのノミネートは助演女優部門*1と美術部門のふたつに留まってしまったが、しかしそれでもリドリー・スコット監督の作品群の中でもトップクラスに位置する傑作であることは疑いない。


*1:フランク・ルーカスの母親を演じたルビー・ディー。