『ALWAYS 続・三丁目の夕日』

原作:西岸良平(小学館・刊) / 監督・VFX:山崎貴 / 脚本:山崎貴古沢良太 / 撮影:柴崎幸三,J.S.C. / 照明:水野研一 / 録音:鶴巻仁 / 美術:上條安里 / 装飾:龍田哲児 / 編集:宮島竜治 / 音響効果:柴崎憲治 / 音楽:佐藤直紀 / 主題歌:BUMP OF CHICKEN『花の名』(TOY'S FACTORY) / 出演:吉岡秀隆堤真一小雪薬師丸ひろ子堀北真希三浦友和須賀健太小清水一揮もたいまさこ小日向文世小木茂光浅利陽介小池彩夢、マギー、温水洋一手塚理美渡辺いっけい貫地谷しほり藤本静平田満吹石一恵福士誠治浅野和之上川隆也 / 企画・制作プロダクション:ROBOT / 配給:東宝

2007年作品 / 上映時間:2時間26分

2007年11月03日日本公開

公式サイト : http://www.always3.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2007/11/03)



[粗筋]

 色々なことのあった年の瀬から4ヶ月を経て、夕日町三丁目にまた春が来た。

 惹かれあっていたヒロミ(小雪)が忽然と行方をくらましてしまったのちも、彼女に託された少年・淳之介(須賀健太)と倹しいながらも穏やかな暮らしを送っていた小説家・茶川竜之介(吉岡秀隆)のもとに、淳之介の実父・川渕(小日向文世)からふたたび「淳之介を引き取りたい」という話が舞い込んでくる。既に淳之介と絆を築いていた茶川は大金を提示されても固辞し、淳之介も彼のもとに残ることを望んだ。川渕は最低限の生活を送らせるように、と条件をつけていったんは引き下がるものの、依然として状況は芳しくない。

 茶川家のお向かいに居を構える鈴木オートにも、この春からちょっとした変化があった。則文(堤真一)の従兄弟である大作(平田満)が事業に失敗し、しばらくダムでの労働に従事することとなったため、唯一の家族である娘・美加(小池彩夢)を則文の元に託していったのである。それまでは成城にある大きなお屋敷で贅沢三昧の暮らしを送っていた美加は、三種の神器こそ揃っているものの“貧乏くさい”鈴木家の様子に不満を顕わにする。

 同い年の一平(小清水一揮)は当然面白くなかったが、すっかり鈴木家に溶け込んだ鈴木オート従業員の六子(堀北真希)は姉のように、則文の妻・トモエ(薬師丸ひろ子)は母のように接し、美加の気持ちを解すように心を配る。そんな鈴木家の人々の優しさと、当たり前のように家族の仕事を手伝う一平や淳之介たち三丁目の子供達の姿に触れているうちに、美加の気持ちも少しずつ変化していくのだった。

 しかし、対する茶川家の方は、なかなかいい方向へと転ばなかった。決定的だったのは、淳之介が給食費を収めていなかったことである。竜之介はきちんと渡していたのだが、淳之介は米の値段が上がって預かっている分では足りず、自分の給食費を使って補填していたのだ。言い訳の利かない状況に、だが逆に茶川は一念発起する。淳之介にきちんとした教育と生活環境を与えられる、と証明するために、かつて選考で落ちてしまった芥川賞にふたたび挑むことにしたのだ……



[感想]

 長年にわたって漫画誌で連載され、昭和三十年代の暖かな空気を伝えてきた名作漫画『三丁目の夕日』を、VFXに強みを持つ作品を作りあげてきた山崎貴監督が、セットや視覚効果を用いて往時の風景を巧みに再現し、シナリオの面からも当時の風俗や人々の温かみを描き出して高い評価を得た前作から2年、同じキャスト・スタッフを結集して製作された続編が本編である。

 世間的に続編、しかも高い評価を得た作品の続編ほど不安をもって迎えられるものだが、本編は“前作を超える”という気負いがいい意味で感じられず、前作の良さ、暖かな雰囲気をうまく踏襲しつつ、少し異なった切り口を示した、優秀な仕上がりとなっている。

 前作では茶川が「縁もゆかりもない赤の他人」淳之介を突如預かることになり、この少年と親しみ絆を築いていく過程が全篇に強い縦糸を引いて物語としての結構を完成させていたが、本編はその見方からするとやや焦点に欠く組み立てとなっている。

 鈴木家に加わった美加は最初こそ身勝手な言動をするが、すぐに自分の価値観がずれていることに気づき、修復する気配を見せ、以降はこうした葛藤はあまり主筋に登場しない。前作でも少ない登場ながら存在感を発揮した医師・宅間先生と絡むエピソードで重要な役割を果たすが、しかしここでの関わり方は既に“三丁目に暮らす普通の女の子”になっている。一方で、淳之介を養育し続けることを彼の実父に納得させるべく芥川賞に再挑戦する茶川のエピソードも、それ自体さして膨らましようがないせいもあって中盤を過ぎてからでないと絡まず、またこの一件を巡る波乱もいささか有り体で推測がしやすい。いずれにしても物語としてのシンプルさ、また焦点の曖昧さは前作よりも薄まっているのは明白だ。

 しかしその分、前作のようにテレビ・冷蔵庫といった当時に一般家庭へと普及していった電化製品の登場や東京タワーの完成に至る道程を絡めて懐かしさを演出するよりも、キャラクターの人柄やそれぞれの関わり方によってノスタルジィを演出する傾向を強め、その技術も前作と比べて洗練されていることは間違いない。とりわけ、前述した宅間先生の、前作のエピソードを踏まえた“焼き鳥踊り”を巡る一連の流れの巧さといったらどうだ。クライマックス、美加が鈴木家を去る際のやり取りへと至る暖かさの連携が素晴らしい。

 この心理的伏線の巧妙さが、茶川家を巡るメロドラマの終盤に“破壊力”を与えている。あまりに王道通りで、粗筋だけ聞かされると気恥ずかしくなるほどだが、三丁目の人々の描写や心理的伏線をおろそかにしていないお陰で決して大きく無理は感じないし、ツボに嵌れば間違いなく涙腺が緩む。

 日本はこの物語のちょうどあとぐらい、東京オリンピックの開催などを経て高度経済成長に突入するが、それがただ明るいだけの時代でなかったことは私たちの知る歴史が証明している。当時でさえ生じていた歪みを、本編ではあまり採り上げていない。しかしそれは無視しているのでも無自覚なのでもないのは、日本橋における一平と美加の会話から窺える。解った上で、当時の人間関係の優しさや、物に溢れていなかった時代の心地好さを中心に据えているのである。気づかなければ微温的で心地好いメロドラマとして、知っていたとしてもそれを承知のうえで優しさに酔わせてくれる良作である。前作が好きだったなら決して失望はしないだろう――どちらが上か下か、評価の差は別としても。

 なお、恐らく前作を観ていなくとも充分に楽しめるが、しかし前作を観ていたほうがより味わい甲斐がある作品であることは間違いない。何度も触れている宅間先生の“焼き肉踊り”に至る事情もさることながら、やはり鈴木家と六子の絆や茶川家のロマンスは前作を踏まえてこそよりいっそう深みを増す。とりわけ、本当にちらっとしか出て来ないピエール瀧の登場の仕方を楽しむことが出来るのは、両方をきちんと観た者だけだろう。