『キングダム/見えざる敵』

原題:“The Kingdom” / 監督:ピーター・バーグ / 脚本:マシュー・マイケル・カーナハン / 製作:マイケル・マン、スコット・ステューバー / 製作総指揮:マリー・ペアレント、スティーヴン・シータ、サラ・オーブリー、ジョン・キャメロン / 撮影監督:マウロ・フィオーレ,A.S.C. / プロダクション・デザイナー:トム・ダフィールド / 編集:ケヴィン・ステット,A.C.E.、コルビー・パーカー・Jr. / 衣装デザイン:スーザン・マシスン / 音楽:ダニー・エルフマン / 出演:ジェイミー・フォックスクリス・クーパージェニファー・ガーナージェイソン・ベイトマン、ジェレミー・ピヴェン、ダニー・ヒューストンリチャード・ジェンキンス、アシュラフ・バルフム / フォワード・パス&ステューバー−ペアレント製作 / 配給:UIP Japan

2007年アメリカ作品 / 上映時間:1時間50分 / 日本語字幕:?

2007年10月13日日本公開

公式サイト : http://www.kingdom-movie.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2007/10/13) ※初日舞台挨拶あり



[粗筋]

 2001年を経て、アメリカと中東諸国との関係が緊迫するなか、石油消費大国であるアメリカの動力源とも言えるサウジアラビアで、衝撃的な事件が発生する。現地の石油採掘会社に勤務するアメリカ人が生活する外国人居住区にて開催されたソフトボール大会で銃撃と自爆テロが発生、無数の犠牲者を出した。現地に滞在する友人から電話で出動を求められたFBI捜査官ロナルド・フルーリー(ジェイミー・フォックス)だが、彼がようやく職場に着いたときには、二度目の爆破により、避難していた人々が大量に被害に遭い――彼の友人も還らぬ人となってしまう。

 友人に恩のある同僚ジャネット・メイズ(ジェニファー・ガーナー)とともに復讐心に滾るフルーリーは即刻現地に捜査員を派遣することを訴えるが、テロの動機が現地にアメリカ人労働者が存在することにある、と考えられる状況で捜査員を送ることは火に油を注ぐ結果になる、と上層部は躊躇する。しかしとうてい収まりのつかないフルーリーは中米サウジ大使に対し、王室にまつわる過去の醜聞を材料にして交渉、たった4名、正式な許可を得られないままながら、現地への渡航許可を勝ち取った。

 翌朝、サウジアラビアのプリンス・スルタン空港に降り立ったのはフルーリーとメイズに、爆発物の専門家である捜査官のグラント・サイクス(クリス・クーパー)、そして情報分析官のアダム・レビット(ジェイソン・ベイトマン)。出迎えたのは国家警察のアル・ガージー大佐(アシュラフ・バルフム)である。

 だが、捜査はなかなか立ちゆかなかった。アル・ガージー大佐を筆頭に現地の警察はFBIへの不信感をあらわにして、夜間は宿として最低限の設備を揃えただけの体育館に閉じこめ、捜査中も宗教の戒律などを楯にとって激しく締めつける。

 苛立ちを募らせる一方で、フルーリーはアル・ガージー大佐としばしば交わす会話のなかから、少しずつ友情を築きあげていた。やがて、捜査に積極的な王室の人物との会食に際してフルーリーは巧みな弁舌を用い、捜査上の枷を大幅に解き放たれる。アル・ガージー大佐とともに捜査を続けていくうちに、彼らのなかには首謀者を必ず捕まえる、という共同の目的を通じて、絆が生まれていくのだった……



[感想]

 911直後、ハリウッドではしばらくのあいだ戦争について描くことに慎重になる傾向を強めていた。リドリー・スコット監督『ブラックホーク・ダウン』は観る者の立場によって解釈が異なり、弟トニー・スコット監督『スパイ・ゲーム』は試写を行い表現に問題がないことを確認したうえでようやく公開が決まった。他方では、プレミア上映で好評を博しながら、アメリカ軍部の腐敗を描いた内容が問題視されて何年もお蔵入りの憂き目を見た『戦争のはじめかた*1という作品も存在する。

 直後のそうした揺れを経て、近年は911を真っ向から題材にした作品も製作されるようになった。『ワールド・トレード・センター』のようなストレートな路線から、関係者の証言に基づきまるでその現場で撮影していたかのような驚異的な臨場感を実現した『ユナイテッド93』などが記憶に新しい。

 本編もまたそうした流れに組み込まれるべき1本である。舞台はアメリカと原油を巡って相互に依存し合うサウジアラビアだが、未だ戦火のくすぶるイラクなどと同じイスラム国家であり、国民にはアメリカに対して複雑な感情が残ると共に、一部集落は武装集団の拠点ともなっており、大きな火種を抱えている。911を境に、アメリカとの関係は複雑化しており、それが本編の背景となっている。

 対テロ戦争を安易に描くのではなく、本編は“大量虐殺”を警察組織が調査する、という角度から切り取っているのが特色だ。単に排除するものとしてテロリストを描くのではなく、平和を望む多くの国民の中に潜む犯罪者として捉え、それを追う。

 そういう観点で読み解いていくと、印象的なのはまず捜査官たちが現場であるサウジに立ち入ることが困難であり、いざ海を渡ることに成功しても現地の警察によって行動を監視され、なかなか思うような捜査ができない、という流れ自体が特異だ。序盤はそういう形で文化間の軋轢を背景とした捜査の様子を、サスペンス的な筆致で描き出していく。

 だが物語は先に進むごとに、人種や宗教を超えた、というよりはそれらの混濁した人間ドラマの様相を呈していく。FBI捜査官たちと上層部との仲介や通訳を担当する警官との交流を経て、両者は互いの身上や宗教背景に理解を示し、絆を創り上げていく。テロリストたちの拠点がある国だろうと、一般人の多くは平穏を望んでおり、そうした人々たちとであれば解り合えることをちゃんと描いていることは、これまでハリウッドで作られていたアクションや戦争物とは一線を画している。プログラムにて専門家が指摘している通り、イスラム国家に捜査員としてユダヤ人や肌も顕わな女性を送りこむ不自然は否めないものの、そういった点は寧ろハリウッド映画としての約束をなぞったものであり、総体ではイスラム国家に対して公平な視点を貫こうと心懸けた作品と捉えていいだろう。

 一方で、監督がアクションを作ってきた人物であり、また製作には『マイアミ・バイス』などリアルな銃撃戦を創り上げたマイケル・マンが名前を連ねているだけあって、爆破シーンの迫力や銃撃シーンの生々しさは出色であり、エンタテインメントとしても純粋に楽しむことが出来る。ただ痛快なだけでなく、現場の緊迫感や沈痛な決着をきちんと描き出している点でも、好感が持てる仕上がりとなっている。個人的には、事件の核となる首謀者の正体にもう少しひねりを入れて、最後にあとひとつ衝撃を繰り出して欲しかったと思うが、それは高望みしすぎだろう。

 だが本編の何よりも優れている点は、決して“アメリカ万歳”一辺倒にせず、イスラム国家に暮らす人々の価値観を認め、平和を望む人々は無論、テロリストといえども決してただの悪人と安易な描き方をしていないことだ。そうした公平な描写を積み重ねたあとに突きつけられるラストシーンの会話は、観終わったあといつまでも胸に響く。これほど皮肉で、対テロ戦争というものの現実を射貫いた台詞は、前述したような事実を元にした作品では出し得ないものであり、このあたりにフィクションとして物語を組み上げた本編の強みがある。

 娯楽映画としても充分に完成されながら、911を背景に新しい局面を迎えている戦争映画やポリティカル・アクション映画に対してひとつの優れた回答を示した作品と言えよう。


*1:ビデオ化の際、原題に近い『バッファロー・ソルジャーズ 戦争のはじめかた』に改題した。