『GROW〜愚郎〜』

監督:榊英雄 / 脚本・製作総指揮:後藤克秀 / 製作:内山秀俊、池内健壱郎 / プロデューサー:川上泰弘、龜石太夏匡、本島章雄 / 撮影:新妻宏昭 / 照明:市川修 / 美術:井上心平 / 録音:宮田靖司 / 編集:清野英樹 / 音楽:榊いずみ / 出演:桐谷健太寺島進菅田俊、木下ほうか、中村映里子三上真史、五十嵐康陽、中江翼、倉科カナ、田辺みさき、遠藤憲一、深浦加奈子、板尾創路渡辺裕之 / 配給:チェイスフィルムエンタテインメント

2007年作品 / 上映時間:1時間54分

2007年09月08日公開

公式サイト : http://www.grow510.com/

Q-AXシネマにて初見(2007/09/08)



[粗筋]

 学校に行けば虐められ、クラスメイトにゴミ扱いされ、家に帰れば酒乱の父に暴力を振るわれる――そんな毎日に嫌気が差し、村上敦(桐谷健太)はとうとう自殺を決意した。町外れの廃墟にロープをぶら下げ、首を通した瞬間、だが彼は何者かに罵られて転落する。

 敦の自殺を妨げたのは、いい年をして学ラン姿の3人組であった。山田泰三(寺島進)、横山淳一(木下ほうか)、佐藤鉄治(菅田俊)と名乗った男達は、友達もいないと嘆く敦に、自分たちが相手をしてやるから、とりあえずもう少し頑張って、辛くなったらここへ来てもいい、と告げる。何となく納得のいかないものを感じながらも、敦は家へと戻った。

 しかし、自殺を思い留まったところで敦の境遇は変わらない。再び廃墟を訪れた敦に3人組は、「自分たちが男にしてやる」と言い出した。手始めに外見から、と提案するなり、嫌がる敦を押さえつけて、髪をリーゼントにしてしまう。

 明くる日、クラスメイトには笑われ、いつも彼を虐める滑川(三上真史)らには罵倒されるが、しかし山田らの後押しもあってようやく言い返すことの出来た敦は爽快感を覚える。境遇は変わらなくても、気の持ちようによって捉え方は変えられるのだ、と敦は知った。

 敦の雰囲気に変化が生じてもなお滑川らは彼を虐めようとするが、敦は必死の想いで逃げ切ることを選ぶ。そんな敦の様子を眺めていた陸上部顧問の石橋(渡辺裕之)は、彼に陸上の才能があるのでは、と直感、強引にスカウトしてしまう。思わぬ展開に戸惑う敦だったが、実際に走り始めると、その魅力に取り憑かれていく。こうして敦は、日増しに成長していったのだが……



[感想]

 私が日本人の俳優でいちばん気にしているのは誰か、と問われたら、たぶん真っ先に名前を挙げるのが榊英雄である。かつては北村龍平監督作品の常連として、とりわけ主演を務めた『ALIVE』では圧倒的なオーラによって密室劇に力強さを齎し、近年は脇役が多いながらも、僅かな出番で雰囲気を作りあげる稀有な存在感を有する俳優として活躍している。だからこそ、初めて監督した長篇作である本編を楽しみにしていたのである。

 映画に対する情熱に満ち、いちど撮った短篇が高く評価されているが、しかしそこはやはり初めての長篇だ。楽しみにしながらも出来自体には正直あまり期待していなかったのだが――蓋を開けてみれば、いい意味で裏切られた、と感じるほどの出来映えであった。

 話の骨子は非常に有り体だ。胆は3人組の背景にあるが、意識して隠そうとすらしていないので、大抵の人は察しがつくだろう。彼らとの接触を契機に主人公の意識が急速に変化していき、同時に彼を囲む状況も一気に好転していくのだが、さすがにこの流れはいささか速すぎる。御都合主義であることは否めない。

 だが、本編は御都合主義であることを自覚して、それを徹底的に楽しもう、観客に楽しませようという姿勢を貫き、見るからに低予算、短期間で撮影が行われているにも拘わらず、決して安易に作っていないことが窺え好感が持てる。随所に、映画をよく理解しているからこその実験的な映像もちらついており、こと中盤に近い物語のターニング・ポイントで、逃げまわる主人公・敦を、学校にいる教師の目線から遠景で追い、長い移動経路をワンショットで見せるあたりはユニークさと躍動感、そして実験的な意欲さえ窺われて好もしい。

 長篇としては処女作であるぶん、随所に“描きたい”という意欲が先走っている画も見いだせる。特に病院における敦の言動と周囲の反応はかなりアンバランスで違和感が色濃い。敦の決意を描く上で重要なシークエンスであるのは確かなのだが、あの場にあの人物がいたり、病院内でああいう行為を看過したりするというのはさすがに御都合主義が過ぎる。

 だが反面、無理矢理リアルにしたり、不自然さについて言い訳をしようとしない潔さを貫き、粗っぽさを強引に矯正しようとしなかったことが、本編の場合は魅力に繋がっているのも事実だ。そもそも成長過程の少年が粗っぽいのは当然のことで、描き方が粗っぽくても寧ろ勢いを助ける方に役立っているのである。

 また舞台を大阪に設定し、大阪弁主体に会話を構築、細かくギャグを織りこんでいることも、本編では奏功している。どれど言い繕おうと扱っているのがいじめである限りある程度の陰湿さは拭えないのだが、こうしたコメディ要素が陰湿さをいい具合に緩和しつつ、終盤へと繋ぐ軽やかなリズムを生み出すことにも貢献している。

 どの程度まで計算ずくかは不明だが、こうした要素が巧く噛み合って、本編は得難い魅力を獲得している。だが何と言っても本編を最も力強く支えているのは、寺島進、木下ほうか、菅田俊という実に濃い面々が演じるロートル学生3人組であることは間違いない。いい具合にお馬鹿でいい具合に自覚的にギャグを駆使し、そのくせ限りなく格好いいこの3人と主人公とのやり取りは、最初から最後まで可笑しく、快い空間を作りあげている。恐らく多分にアドリブを交えているだろうその会話の応酬は、いつまでも聞いていたいという気分にさせられるのだ。敦ならずとも、入り浸りたくなるのが当然だろう。

 決して独創的ではないが、きちんと考えつつも勢いを大切にしたシナリオ。役者陣の達者ながらも熱のある演技。画面から映画への情熱がにじみ出る演出。そうしたものが絶妙にミックスされ、あらゆる角度から爽快感を齎す作品である。荒削りすぎ、ある意味役者たちに甘えている面も多々あることを批判する向きもあるだろうが、しかし青臭さや若々しさを本気で描こうとすればこうなるのも必然だろう。意識した部分でも無意識の部分でも完璧に“熱い男たち”の映画たろうとした本編、私は高く評価する。