『グラインドハウス』

原題:“Grindhouse” / 『プラネット・テラー』監督:ロバート・ロドリゲス / 『デス・プルーフ』監督:クエンティン・タランティーノ / フェイク予告編監督:ロバート・ロドリゲスロブ・ゾンビエドガー・ライトイーライ・ロス / 製作総指揮:ボブ・ワインスタインハーヴェイ・ワインスタイン / 主な出演:ローズ・マッゴーワン、フレディ・ロドリゲス、マイケル・ビーンブルース・ウィリスカート・ラッセルゾーイ・ベルロザリオ・ドーソン、トレイシー・トムズ、ダニー・トレホチーチ・マリンウド・キアニコラス・ケイジ / トラブルメーカー・スタジオズ製作 / 配給:Broadmedia Studios

2007年アメリカ作品 / 上映時間:3時間11分 / 日本語字幕:松浦美奈

2007年08月24日日本公開 ※特別上映

公式サイト : http://www.grindhousemovie.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2007/08/30)



[概要]

 アメリカで1960年代から70年代にかけて、独立系制作会社が無数のB級映画を制作していた。場末の映画館にて状態の悪いフィルムにて二本立てで上映されることが多かったそうした作品を“グラインドハウス”と呼ぶ。低予算で、素速い訴求力が必要であったこうした作品群は、当然のように扇情的な表現を選び、スクリーンにはセックス、バイオレンス、荒唐無稽な展開が繰り広げられていた。だが同時に、大資本の制約やメインストリームの流儀に囚われないこうした作品群には時として社会性や風刺性が巧みに盛り込まれ、一部に根強いファンを持っていた。

 当代きっての映画好きであり、ハリウッドきっての個性派映画人であるクエンティン・タランティーノロバート・ロドリゲスはあるとき、このスタイルを現代に蘇らせようと企図した。それぞれにB級娯楽映画の王道と思える作品を撮り、二本立てとして上映する。冒頭と繋ぎ目には実在しない、けれど当時の雰囲気を感じさせる胡散臭くも魅力的なフェイクの予告編を挿入し、フィルムにとっては決して理想的ではなかった環境さえも、画面に走る無数の傷やノイズ、更には話の途中のフィルムが一巻紛失する、といった趣向を盛り込んで、完全に再現した。

 この彼ららしい凝りに凝りまくった作品は、一部のマニアックな映画ファンには極めて好意的に受け入れられたものの、アメリカ本国での興収は振るわずに終わっている。最大のネックは、2本合わせて3時間を超える、近年としては長すぎる尺であった。また同時に、二本立てにしたがために、それぞれの話をむやみに長くすることは出来ず、タランティーノもロドリゲスも泣く泣く多くの場面をカットしたという。そうした問題点を踏まえ、アメリカ以外での上映においては、クエンティン・タランティーノ監督作『デス・プルーフ in グラインドハウス』と、ロバート・ロドリゲス監督作『プラネット・テラー in グラインドハウス』というそれぞれ単独の作品として、再編集を施しお蔵入りとなっていた描写を復活のうえ、別々に公開する運びとなった。

 だがそうなると、本来の形式でもいちど観てみたい、と思うのが映画ファンの人情というものだ。それに応え、『デス・プルーフ』『プラネット・テラー』単独での公開に先駆けて、イベントという形にて一部の劇場で上映されたのが本編というわけである。

 冒頭にはロバート・ロドリゲス監督による、怪優ダニー・トレホを主演に据えたフェイク予告編『マチェーテ』がおかれ、続いて同じくロドリゲス監督による本編『プラネット・テラー』が上映される。そのあと、ロブ・ゾンビ監督による『ナチ親衛隊の狼女』、エドガー・ライト監督『Don't』、イーライ・ロス監督『感謝祭』と3本のフェイク予告編が挟まれ、トリをクエンティン・タランティーノ監督による本編『デス・プルーフ』が飾る構成となっている――



[感想]

“粗筋”ではなく“概要”としたのは、単独での公開後に2作とも鑑賞する意志があり、そのときにきちんと両編の粗筋を記すつもりだからだ。如何に編集が異なるとはいえ、短期間で行われる再上映を観に行くつもりになっている、という事実から察していただけるとは思うが、はっきり言って、私は大好きである、この作品。

 まず、ジャンルの空気を再現するために、ここまでこだわりにこだわったことが好ましく、また観ていて非常に楽しい。もともと“グラインドハウス”が観客の関心を惹くためにあらゆる扇情的なシチュエーションを盛り込んでいったという事実があるのだから、それを踏襲しようと思えば当然のことではあるのだけれど、とことん観客を面白がらせよう、スクリーンに眼を釘付けにさせよう、という工夫がふんだんに施されているので、3時間と尺は長くともほとんど飽きが来ない。

 また、これを手懸けているのがクエンティン・タランティーノロバート・ロドリゲスである、というのも重要である。ふたりともハリウッドのなかで活動しながら、決してその枠に囚われることなく自在に己のスタイルを追求し、それを楽しんでいる映画作家だ。それだけに、如何に趣味に走ろうとも作品のクオリティを犠牲にしたりしない。ロドリゲスは最新のデジタル技術を駆使してアクロバティック、非現実的な映像をいかにも低予算風に、しかし迫力充分に再現させながら、自信の出世作エル・マリアッチ』のゾンビ版とも言うべきストーリーを美学たっぷりに造りあげている。他方のタランティーノはCGの使用を最小限に留め、限界まで実写にこだわり、チープながらも恐るべき迫真性を備えた映像を造りあげると共に、相変わらず神憑りの構成力を披露、全体では彼自身の最高傑作と言っても良さそうなくらいに完璧な作品に仕上げている。二本立てにするのが勿体ないくらい、双方共に完成度は高いのだ。

 しかし、それでも私はこの二本立て形式で観られたことが喜ばしく思えている。というのも、本編はやはり二本立てという形式に従い、3時間超をしばしだらけつつも付き合い、他の観客と共に時間と娯楽とを共有することがひとつの楽しみ方であると考えるからだ。

 そして何より、この形式で観る価値があると思う最大の理由は、合間に挿入された偽物の予告編にある。実際に撮られることがないと解っているから、いずれも実に好き勝手な要素をふんだんに盛り込んでいる。各監督の嗜好が窺える点でも興味深いが、扇情的な要素ばかりを積み重ねた予告編は、それだけで充分に楽しい。『レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード』などにおいて、その特異な容貌で存在感を発揮しているダニー・トレホが主演の映画などたぶんここ以外ではお目にかかれないだろうし*1、『ナチ親衛隊の狼女』にゲスト出演しているニコラス・ケイジの、僅かな出演にも拘わらず画面全体から滲み出るような楽しげな様子といったら、観ているほうまで嬉しくなるほどだ。ホラーの定石をなぞってあらゆる行為を否定する、という如何にも『ショーン・オブ・ザ・デッド』を手懸けた監督らしい趣向を鏤めた『Don't』、殺戮シーンはあまりに生々しいのにこのシチュエーションに当て嵌めて畳みかけるだけであっさり笑いに繋げてしまっている神憑りな仕上がりが素晴らしい『感謝祭』まで、実物が作られていないのが勿体ないと思えるほどにいずれも抱腹絶倒の愉しさである――しかも、本当に作られていたらみんなたぶん普通にB級作品になるだろうと容易に予想が付くところまで素敵だ。

 斯様に、趣向を徹底することで、完璧なまでにB級映画の空気を再現した本編は、確かにタランティーノとロドリゲス双方の作品単体でも完成されていることは間違いないが、しかしやはりいちどぐらいこの形式で鑑賞する価値のある、れっきとした1本の作品であると思う。

 3時間以上も時間を割き、座り続けることが大変なのは事実なので、恐らくこの形式での公開が今後行われることはそうそうないだろうけれど、もし機会があるならばいちど試してみることをお薦めしたい。こと、『デス・プルーフ』『プラネット・テラー』をいずれも単体で鑑賞し、双方共に琴線に触れるような方ならば、楽しめること請け合いである。


*1:ぶっちゃけこれだけは本気で撮ってくれないかとさえ思う。