『狂武蔵』

新宿シネマカリテ、エレベーター前のフロアに展示された『狂武蔵』ポスター。
新宿シネマカリテ、エレベーター前のフロアに展示された『狂武蔵』ポスター。

英題:“Crazy Samurai Musashi”
オリジナルスタッフ
プロデューサー:國實瑞恵 / 原案協力:園子温 / 撮影:長野泰隆 / アクション監督:カラサワイサオ / 照明:児玉淳 / 録音:治田敏秀 / 美術:大庭勇人 / 装飾:山下順弘 / 衣装:宮本茉莉、江頭三絵 / ヘアメイク:新井みどり、宇都圭史 / 編集:西尾光男 / 格闘監修:白石しげき / 剣術指導:稲川義貴 / 製作:株式会社鈍牛倶楽部
追加撮影スタッフ
監督:下村勇二 / 脚本:灯敦生 / プロデューサー:藤田真一 / エグゼクティヴプロデューサー:太田誉志 / アクション監修:稲川義貴、坂口拓、下村勇二 / 撮影:長野泰隆 / 照明:児玉淳 / 特殊機材:塩見陸 / 録音:池田友久 / 編集:藤田真一、下村勇二 / 衣装:天野多恵、上田紗栄 / メイク:新井みどり、高橋亮 / 狂武蔵刀造形:梅沢壮一 / 剣術指導:稲川義貴 / 音楽:カワイヒデヒロ / 出演:TAK∴(坂口拓)、山崎賢人、斎藤洋介、樋浦勉、山中アラタ、ZEROS / 企画&制作:WiiBER、U’DEN FLAME WORKS、株式会社アーティット / 配給:ALBATROS FILM
2020年日本作品 / 上映時間:1時間31分
2020年8月21日日本公開
公式サイト : https://wiiber.com/
新宿武蔵野館にて初見(2020/09/08)


[粗筋]
 1604(慶長9)年、の京都にある神社に、剣術家・吉岡家の一門が集結した。
 このとき吉岡一門は崩壊の瀬戸際にあった。当主の清十郎、その弟の伝七郎が道場破りにより相次いで倒されてしまったのである。面目を潰された格好の一門は、やむなくまだ幼い又一郎を名目上の後継者として、道場破りに果たし状を叩きつける。
 むろん、ただひとり残された又一郎をむざむざ殺させる訳にはいかない。吉岡一門は門下生百名に加え、雇い入れた野武士三百名を各署に潜ませていた。道場破りを一斉に襲撃し、一矢報いようとしたのである。
 だが、彼らは知らなかった。その道場破りは、一門の者たちよりも早く果たし合いの場所を訪れ、周到な準備のうえで、彼らの目の届かない樹の上で、鋭く目を光らせていた。
 道場破りの名は、宮本武蔵(TAK∴)。のちに剣豪としてその名を残す彼もこの当時は僅か二十歳。自らの名を挙げん為に吉岡一門を敵に回した武蔵はこれより、たったひとりで四百人に立ち向かっていく――


新宿シネマカリテの休憩スペースに展示された『狂武蔵』場面写真と、チケットが買えなかった坂口拓がせめても、とサインを残していったというスタンディ。
新宿シネマカリテの休憩スペースに展示された『狂武蔵』場面写真と、チケットが買えなかった坂口拓がせめても、とサインを残していったというスタンディ。


[感想]
 作品の質云々以前に、成立した背景にまず言及せねばならない。
 それ自体が史実であったという、宮本武蔵と吉岡一門との決闘をベースに、長尺ワンカットでの殺陣を採り入れる、というのはもともとの構想だったようだ。そして実際に77分にものぼる決闘が撮影されたが、製作は頓挫してしまう。武蔵として闘いきった坂口拓も、撮影後に俳優業を引退、一時は完成の可能性が断たれた。
 その後、その才能を惜しむひとびとの声もあって坂口は復帰、本邦のアクション作品を支える重要な人材のひとりとして活躍を続けている。だがその中で、坂口はしばしばこの作品についてこぼしていたようだ。それが本篇でエグゼクティヴプロデューサーとしてクレジットされた太田誉志の耳に入った。どうしても限られてしまう政策予算をまかなうためにクラウドファンディングも実施され、ワンカットの撮了から7年を経て追加撮影を敢行、遂に完成へと漕ぎつけたのが本篇なのである。
 この点をまず説明したのは、こうした事実を知らず、ただワンカットという尖った趣向のあるアクション映画だ、という程度に捉えて鑑賞すると、恐らく失望のほうが大きくなるからだ。
 むろん、見せ場はこの長尺のアクションであることは間違いないのだが、昨今の様々な技術やアイディアを投入し変化に富んだアクション映画に見慣れた眼には、本篇のアクションは単調に映ってしまうはずである。
 撮影するうえで人物配置、どの位置から撮影して、どのくらいの時間であればこんな絵が撮れるか、といった計算は多少あったはずだが、恐らく細かい動き、場面ごとのカメラの位置については厳密に定めていない。
 だから序盤はずっと武蔵は後ろ姿で表情が見えず、同じような場所を右往左往するので映像的なメリハリもない。坂口拓が演じる武蔵の戦い方も、やや離れた位置にいる人間は片手で脳天を幹竹割りにする、とか、順番に襲ってくる敵はだいたい上段の構えで胴を斬られる、とかいった具合に、攻守の動きもパターン化に陥って、正直に言えば飽きが来る。
 むろん、きちんと映画としての緩急は、あらかじめ設計してあることも解る。何箇所かで登場する“吉岡十剣”を名乗る手練れや、閑話休題的に挿入される吉岡門人の内輪揉め、更にはこれも何箇所か設けられている、水筒や替えの刀を隠した場所でひと息つく武蔵の姿。水筒については、坂口の気力、体力の恢復を図る必要のほうが大きかったと思われるが、それもしっかりと場面の一部として採り入れたのは、工夫として評価出来る。
 だが、本篇の凄味は、そうしたアクションの工夫やインパクト以上に、過酷すぎる撮影を文字通り決死の覚悟で乗り切ろうとする坂口拓が、カメラの前で見せる“変化”そのものにある、と思う。
 序盤の坂口は、恐らくは長丁場となる撮影を乗り切るために、強い緊張感をもって臨んでいるのが窺える。機敏だが、隙を見せまい、とする気迫がその背中から感じられる。
 だが、時間が過ぎるにつれ、武蔵の様子に変化が生じる。動きがコンパクトになり、表情に疲れが滲んでくる。尺の長さを思えば当然だが、それに加え、かなり早い段階で坂口は指を折っていたらしい。痛みを堪えながら刀を振っていれば、余計に疲労は蓄積したはずだ。
 そしてある段階を過ぎると、更に武蔵の表情は変容する。疲労がピークに達し、目の焦点は合わなくなっている。だがその一方で、眼光は鋭さを増す。静止状態で構えるのが難しくなったからなのか、まるで玩具のように刀を振り回し始める。どこか自暴自棄のようでいて、攻撃に対してはすかさず反応し、剣尖をかいくぐって叩き伏せていく。前述の指ばかりでなく肋骨も折れ、奥歯も砕け、アクション監修の見立てでは肘も欠けていたのではないか、という満身創痍の状態で、恐らくは腕を上げることすら困難だったはずだ。それでも、押し寄せる群衆を流れるような刀の振りで威嚇し、敵の刀を跳ね返しながら隙を突いて攻めに転じるその佇まいは、もはや演技ではなく、本物の“剣豪”の如く映る。
 最終的に、幾分長めの一騎打ちを挟んだあと、ふたたび四方を囲まれたところで、ワンカットの殺陣は終わる。カメラの動きからするとそこは想定通りながら、坂口拓の壮絶な変化、進化に対し、どこか宙ぶらりんな締めくくりが、この映像だけ取り残された状況から推測すると、確かに大いに遺恨を残すものだった。実際に、撮影後の坂口拓は意気阻喪し、その後いちどは現役を退く決断を下したのも、このワンカットに因るところが大きかったらしい。それでも坂口は求められるかたちで復帰、近年も実写版『キングダム』などで辣腕を振るうようになったが、心残りは拭えなかったという。
 本篇が追加撮影とポストプロダクションを経て、映画としての体裁を整えて市場に出されたことは、他の誰よりも、坂口拓という、稀有なアクション俳優にとって必要なことだったのだろう。長回しの途中、小休止から戦場に戻る直前、ぽつり、と呟く「どうせ死ぬんだし」という台詞に異常な迫真性を帯びるほどに追い込まれた経験が、大勢の観客の前に提示され、作品として昇華されなければ、ずっと囚われたままになっていたのかも知れない――いざリリースしたところで、本当に彼が解放されるかどうか、は時間の経過を待たなければいけないが。
 しかしひとつだけ確実に言えることは、ワンカット部分を映画として成立させるために追加された部分が、極めていい仕事をしている、という点だ。出演者などから推測するに、ワンカット部分直前、武蔵の到来を待つ吉岡一門の姿を捉えたシーンと、ワンカットが終わったあと、7年後を描いたエピローグ部分が追加撮影されたと思しいが、特に後者が素晴らしい。
 あの決闘でほぼ根絶やしにされた一門の生き残り・忠助が7年後、河原にいる武蔵に復讐を試みる、というシチュエーションだが、ここでの武蔵は当然、現在の坂口拓が演じている。ワンカット撮影当時よりも恰幅がよく、シルエットからして変化しているのだが、そこに坂口がアクション俳優、アクション演出家として積み上げた経験がはっきりと滲み、まさにあれから更なる修羅場をくぐった剣豪の風格が備わっている。
 そして、そのあとに展開されるアクションシーンがまた凄い。ワンカット撮影では出来なかった、カットを割るからこそ出来る細やかなギミックと、その後の蓄積が成せる圧倒的スピード感とパワーの表現。長尺のワンカットを経て完成された、映画の中での“剣豪”が、空白の期間に重ねた研鑽によって更に研ぎ澄まされ、鬼気を帯びて降臨した、と思わせるこのシーンが、あのワンカットに意味を加え、映画として完成させた。
 確かにこれはただ“アクション映画”として観ることは難しい。しかし、あるアクション俳優が、撮影時の体験とその後の挫折と再起によって、スクリーン上にひとりの“剣豪”としてその存在を刻み込む様を記録したこの作品は、やはり根っこは“アクション映画”でありながら、その枠を超越した唯一無二の存在感を放つ異形の華なのだ。こんな映画は、たぶん他にはない。


関連作品:
ALIVE』/『導火線 FLASH POINT』/『いぬやしき』/『任侠学園
あずみ2 Death or Love』/『ヲタクに恋は難しい』/『るろうに剣心』/『座頭市(2003)
海辺の映画館-キネマの玉手箱』/『トム・ヤム・クン!』/『ドラゴン×マッハ!』/『カメラを止めるな!

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