闇の前の儚い輝き。

 午前十時の映画祭12は、プログラムが切り替わった週の火曜日に観る、というのが私の基本的ローテーションです。なので、通常なら先日の31日に観に行くはずでした。が、その2日前までの、雪降りしきるなかの松江旅行により太腿が筋肉痛を起こしてしまった。歩くくらいは出来るけど、階段、とりわけ下りが辛い、という状態になり、この映画祭を観に行っているTOHOシネマズ日本橋までのルートを歩ききるのは無理と思い断念。
 仕切り直しを翌週ではなく今日にしたのは――日本橋ふくしま館のイートインに老麺まるやが来ているから。今週の火曜もまるやが入っていて、食べてくるつもりでいたので、頭の中できょうの映画とセットになってしまった。まるやの出店は日曜日でいったん終了するため、この口を満足させるためには、今日しかなかったのです……。
 TOHOシネマズ日本橋にて鑑賞した今コマの作品は、『シカゴ』を生んだボブ・フォッシー監督作品、1931年のベルリンを舞台に、歓楽街で奔放に生きる女と彼女を巡る男たちの姿を華やかに、かつ空虚に描きだしたミュージカル『キャバレー(1972)』(20世紀フォックス初公開時配給)
 ……ミュージカル、とは聞いてたが、こんな不穏な映画だってことは知らなかったぞ。
 しかも、登場人物がその場その場で感情や物語を歌で表現する、というくだりは一切ない。ミュージカルに該当するのは、メインキャラクターを巡るドラマや心情を代弁するために織り込まれたキャバレーの演目。どぎついファッションと煽情的なダンスはいかにも夜の街の趣ですが、それ故に異様な虚無感をも滲ませている。嘘や虚栄心、薄っぺらな自尊心に支配された若者たちの姿を巧みに象徴し、確かに表現はミュージカルならでは、なのです。
 しかしこの作品の肝は、背景が1930年代のドイツであるということです。序盤ではさほど意識させないこの事実が会話の端々に滲み、やがては主人公たちの日常をも蝕んでいく。なまじその後を知っているだけに、この一連の流れが恐ろしく、そして虚しく思える。
 ミュージカルとしての華やかさ、どぎつさにひと味もふた味も加えた名作。『シカゴ』といい『オール・ザット・ジャズ』といい、ボブ・フォッシーというひとは確かにただ者ではなかったようだ。

 鑑賞後はまっすぐふくしま館へ……は行かず、まずは映画館の入っているコレド室町の目の前にある福徳神社へ。TOHOシネマズ日本橋が営業を始めて以来、何度も前を通ってるのに、いちどもお詣りをしてないな、とふと思い、今朝いちど訪ねたのです。お詣りしたところではなるべくご朱印をいただいてくるのですが、社務所での対応は10時からだったので、映画を観てから出直したのです。ようやく義理を果たした感じ。
 それから心置きなくふくしま館へ。提供する量の少ないチャーシューメンは目の前で終了しましたが、私は麺を大盛りにするだけで充分です。

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