『クロッシング(2009)』


『クロッシング(2009)』DVD Video版のAmazon.co.jp商品ページ。

原題:“Brooklyn’s Finest” / 監督:アントワーン・フークア / 脚本:マイケル・C・マーティン / 製作:エレン・コーン、ベイジル・イヴァニク、ジョン・ラングレー、ジョン・トンプソン / 製作総指揮:ボアズ・デヴィッドソン、ダニー・ディンボート、アントワーン・フークア、ロバート・グリーンハット、ジェシ・ケネディ、アヴィ・ラーナー、トレヴァー・ショート、メアリー・ヴィオラ、マルコ・ウェバー / 撮影監督:パトリック・ムルギア / プロダクション・デザイナー:テレーズ・デプレス / 編集:バーバラ・タリヴァー / 衣装:ジュリエット・ポルクサ / キャスティング:スザンヌ・クロウリー、メアリー・ヴェルニュー / 音楽:マーセロ・ザーヴォス / 出演:リチャード・ギア、ドン・チードル、イーサン・ホーク、ウェズリー・スナイプス、ウィル・パットン、リリ・テイラー、マイケル・ケネス・ウィリアムズ、ブライアン・F・オバーン、シャノン・ケイト、エレン・バーキン、ヴィンセント・ドノフリオ、ワス・スティーヴンス、ローガン・マーシャル=グリーン、ウェイド・アライン=マーカス、ジェシ・ウィリアムズ / サンダーロード・フィルム/ニュー・イメージ製作 / 配給:Presidio / 映像ソフト発売元:Happinet
2009年アメリカ作品 / 上映時間:2時間12分 / 日本語字幕:? / R15+
2010年10月30日日本公開
2012年12月4日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD VideoBlu-ray Disc]
DVD Videoにて初見(2021/9/11)


[粗筋]
 7日後にブルックリン警察を退職するエドワード・“エディ”・デューガン(リチャード・ギア)は、上の方針により、危険な地区の巡回を新人警官と共に行う羽目になる。毎日のように殺人、強姦、強盗に対処しているうちに事なかれ主義が身についたエディは、指導を任された新人パントン(ローガン・マーシャル=グリーン)に対し、自分の指示がない限り行動しないように命じるが、強く反発したパントンは上司に訴え、翌日には別の警官のもとに移っていった。
 クラレンス・“タンゴ”・バトラー(ドン・チードル)は、自分の出入りする地区に大量の薬物が持ち込まれたことに動揺する。一帯を取り仕切るキャズ(ウェズリー・スナイプス)の信頼を勝ち取り、キャズが捕まって裁判にかけられているあいだ、縄張りを任せられるほどのタンゴだが、実は数年間にわたり潜入捜査官として、情報を流していた。余りに長い間、ギャングたちと交わっているうちに、血と暴力に慣れていく自分に恐怖したタンゴは、約束されていたはずの昇進と本署復帰を訴えるが、上層部はまだタンゴの仕事に満足してはいなかった。
 サルヴァトーレ・“サル”・プロシダ(イーサン・ホーク)は情報屋のカーロ(ヴィンセント・ドノフリオ)を殺害し、彼が抱えていた大金を奪った。サルは麻薬捜査官という立場を利用し、ガサ入れのたびに売人たちの隠し持っていた資金をくすね、新居購入の頭金に充てようと奔走していた。しかし、目をつけていた住宅の契約期限を間近に控えているのに、未だ所持金は足りていない。妻のアンジェラ(リリ・テイラー)はいまの貸家のハウスダストで喘息を悪化させており、サルは焦っていた。
 耐えず凶悪事件の発生する職場に疲弊しきった3人は、それぞれに試練の時を迎えようとしていた――


『クロッシング(2009)』本篇映像より引用。
『クロッシング(2009)』本篇映像より引用。


[感想]
 アメリカの警察を題材とした映画では、どうしても汚職が切り離せない印象がある。本邦でも、事件そのものに焦点を当てた作品でもない限りは同様のジレンマに陥りがちだが、アメリカの場合は特に顕著ではなかろうか。それがドラマとして盛り上げやすい、という一面もあるのだろうが、金銭の着服、麻薬組織との繋がりが無視できない実態が背景として常に横たわっていることを窺わせる。
 本篇でもっとも不運と思われるのは、ドン・チードル演じるタンゴだ。彼は潜入捜査官であるが、ある意味、有能すぎるが故に、一帯を取り仕切る男の信頼を得すぎ、自身の留守のあいだを任されるほどになっている。当然ながら、彼が潜入捜査官であることは、直近の同僚や上司しか知らず、所轄の警官から見ればタンゴもまたギャングの一員に過ぎない。たとえ、自身で直接的に犯罪に荷担しなかったとしても、行動や意識が同化していくのは抑えようがない。同僚にオフィスへの復帰を懇願する際、彼が口にする経験談は、決して込み入ってはいないのに重みがある。
 エディにしても、観ていて同情は禁じ得ない部分がある。組まされた新人に「自分が指示しない限り手出しをするな」と命じ、目の前で起きる修羅場にも頬被りをする言動には、新人同様の反発を覚えるが、その直後の悲劇も含め、彼の眼前で展開する出来事、事件の数は、確かに現場の人間の心をすり減らす。世間が求めるイメージとは乖離した警官像になってしまうのもやむを得ない。
 唯一、サルだけは同情の余地に乏しい。冒頭でいきなり情報屋を殺害して現金を奪い、ガサ入れに乗じて売人の隠し持った売上から金をくすねる。劇中で、売人や組織と賄賂のやり取りをするようなくだりはないが、しかしやり口は充分に悪どい。病身の妻のために安全な住宅を購入しようという焦りはあるが、そのための手段が汚職というレベルではなく、もはや犯罪そのものだ。警官という地位を利用しているだけで、この男は既に足を踏み外している。
 この3人の、同じ管区で働きながらも、立場が違うために直接は絡まない警官達が、微妙に接近しながら物語は展開していく。随所で剣呑な駆け引きや事件を挟み、緊張を孕んだ展開は、そのリアリティとも相俟って見応え充分だ。デンゼル・ワシントンにオスカーをもたらした監督の代表作『トレーニング・デイ』に通じるテンポの良さと重量感がある。
 そして物語がクライマックスに至ると、その緊張感はより高まっていく――が、率直に言って、この壮絶な展開に、消化不良の印象を受けるひとは少なくないはずだ。この内容、この展開なら、メイン3人のエピソードが密接に結びついて派手な事態に発展することを期待してしまうが、そういう意味でのカタルシスは得られない。そこまでに提示された要素をきちんと用いているが、感じるのは物足りなさと不条理さのほうだろう。
 恐らくは、それぞれに必死に生きている警官達の辿る結末の虚しさが、もともと本篇の描きたかったものだろう、とは思う。ただ、だとしたらわざわざ3人のエピソードを平行で綴った意味があまり感じられない。彼らはたまたま同じ管区で奉職しているだけで、担当も、それぞれが首を突っ込む事件も別々なのだ。事件を構成する要素がリンクしているわけでもなければ、それぞれの行動が互いに影響し合うわけでもない。まして、それぞれのエピソードが表現として対を為しているわけでもない。本篇の描写では、そのクライマックスがたまたま近場に密集しただけ、という印象しかもたらさないのだ。
 描写にリアリティはある。強制捜査や、抗争の現場の緊迫した表現はエンタテインメントとしての迫力を備えていて、プロセスの見応えは充分だ。そして、その結末でもたらしたかった余韻もなんとなく察しはつく、が、過程での工夫が足りずに充分な効果を上げられなかった。恐らく監督アントワーン・フークアが、自身の出世作である『トレーニング・デイ』に近い世界観と主題のなかで、また異なる警官像を描き出そうと試みたのだろうが、そのためにはもう少しプロットを緻密に組み立てるか、内容を整理すべきだったように思う。俳優たちの演技は重厚で、作品としてのテンポもいいだけに惜しい。観ているあいだはヒリヒリするような緊張と昂揚に包まれ、そしてその顛末には虚しくも滋味深い余韻は流れるが、文句なしの傑作と呼ぶには、少々締まりが悪い。


関連作品:
トレーニング・デイ』/『キング・アーサー(2004)』/『バチカン・テープ
アイム・ノット・ゼア』/『オーシャンズ13』/『ファーストフード・ネイション』/『カオス』/『プロフェシー』/『パブリック・エネミーズ』/『セントアンナの奇跡』/『ダブリン上等!』/『クローン』/『レスラー』/『デビル(2011)』/『キャビン
アンタッチャブル(1987)』/『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』/『バッド・ルーテナント(2009)

コメント

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