『ブラックボックス:音声分析捜査』

TOHOシネマズシャンテが入っているビル外壁にあしらわれた『ブラックボックス:音声分析捜査』キーヴィジュアル。
TOHOシネマズシャンテが入っているビル外壁にあしらわれた『ブラックボックス:音声分析捜査』キーヴィジュアル。

原題:“BOÎTE NOIRE” / 監督:ヤン・ゴズラン / 脚本:ヤン・ゴズラン、ニコラ・ブーヴェ=ルヴラー、シモン・ムタイルー / 製作:ワシム・ベジ、ティボー・ガスト、マシアス・ウェバー / 撮影監督:ピエール・コッテロー / 美術:ミシェル・バルテルミ / 編集:ヴァランタン・フェロン / 音楽:フィリップ・ロンビ / 出演:ピエール・ニネ、ルー・ドゥ・ラージュ、アンドレ・デュソリエ、セバスチャン・プドルース、オリヴィエ・ラブルダン、ギョーム・マルケ / 配給:kino films
2021年フランス作品 / 上映時間:2時間9分 / 日本語字幕:橋本裕充
2022年1月21日日本公開
公式サイト : https://bb-movie.jp/
TOHOシネマズシャンテにて初見(2022/2/3)


[粗筋]
 ヨーロピアン航空のアトリアン800型機がアルプスに墜落、乗員乗客300人全員が死亡する事故が発生した。航空事故調査局はすぐさま現地に調査官を派遣、コクピットの通話記録やフライトレコーダーを収めたブラックボックスをはじめ、可能な限りの部品を回収した。
 現地にはヴィクトル・ポロック(オリヴィエ・ラブルダン)がバルサン(ギョーム・マルケ)と共に赴いた。さっそく回収された音声データの精査に入ったポロックだが、部品を回収した翌日から忽然と行方をくらましてしまう。そこで調査局長レニエ(アンドレ・デュソリエ)は、マチュー・ヴァスール(ピエール・ニネ)に調査を引き継がせた。マチューは繊細な聴力を持つ優秀な調査官だが、最近は疑惑の鑑定が見られ、ポロックによって今回の調査からは外されていた。
 さっそく音声を確認したマチューは、乗務員がコックピットに食事を運ぶ際、侵入者が現れた可能性を指摘する。そして録音の終盤には「アラーに栄光あれ」という叫び声が微かに残されていたことから、マチューらはこの事故をテロと判断する。
 記者会見でレニエ局長らが行ったこの発表に世間は騒然となった。引き続き、音声データの書き起こしを命じられたマチューに、思わぬ人物から連絡が入る。ドバイで就職するべく面接に向かい、その帰途に犠牲となった女性の夫が、最期に遺した留守電のデータを提供する、という。その内容を確認したマチューは、ブラックボックスに記録されている内容と齟齬があることに気づく。しかも留守電の音声には、技術的な問題を示唆する言葉が聞こえているのに、ブラックボックスには残っていないのだ。
 マチューの疑問に、しかしレニエ局長は取りあわなかった。音声データに深入りすると、無意識に改竄する可能性がある――マチューの過去に犯した失態を仄めかして牽制してきた。
 だが、マチューはどうしても納得がいかなかった。調査開始直後に行方をくらましたポロックのことも引っかかったマチューは、彼が何らかの手懸かりを掴んでいた可能性に賭けて、ポロックの留守宅に向かう。しかし、そこで得たのは、意外な事実だった――


[感想]
 私自身がそうだったのだが、タイトルの印象から漠然と内容を推測して鑑賞すると、ちょっと意外に感じるはずだ。
 タイトルのイメージは、ブラックボックスに記録された音声に謎があり、それを最先端の技術や、事故状況の分析と併せて推理を重ねて真相を解き明かす、というふうに受け取れる。しかし本篇では、記録された音声そのものに大きな不審はない、ように受け取れる。問題は別のところにあり、それゆえに主人公であるマチューは混乱に陥り、やがては危険な状況に追い込まれる。
 つまりは、思いのほかサスペンス色が強いのである。音声の解釈自体は早いうちに決着するが、それでは割り切れない疑問がマチューを駆り立て、彼自身の過去の行状もあって立場を危うくする。それでもなお真相を追い求めた結果、クライマックスは、タイトルからは想像も出来ないほど緊張感に満ちた展開になるのだ。
 だから、それゆえに中盤くらいまで、期待との食い違いに困惑する可能性はある。たとえば、記録された音声からノイズを除去する、音声を絞り込んで会話の内容を特定する、といった試行錯誤の描写はなく、調査チームは聞こえてきた結果をありのままに受け入れてしまう。マチューは、ブラックボックスとは別に入手した手懸かりから、ブラックボックスの内容に不審を抱くが、上層部は取りあわない。そうした対応への違和感や、実態が掴めないもどかしさ、それに自身のままならない境遇、そうしたものが混然としてマチューを翻弄し、彼に逸脱した行動を促していく。こうした中盤の成り行きは、心理サスペンスめいている。
 だが終盤に入っていくと、展開はより動的になり、心理的な緊張ではなく、本物の緊迫感が支配していく。邦題から期待されるものとは異なっているので、手捌きが拙いと違和感をもたらす展開だが、しかし序盤から随所にちりばめた伏線をうまく機能させて、自然と観客を惹きつけてしまう。仮に、「これ思ってたのと違う」と早い段階で感じていたとしても、クライマックスでは手に汗を握ってスクリーンに見入っているはずだ。
 極めてスピーディで、知的にも心理的にも興奮を味わわせる作りだが、しかしラストの成り行きには、収まりの良くない印象を受けるひともいるかも知れない。少なくとも、意外でありながら、理に適った筋書きではあるのだが、その顛末は苦い。なまじヒリヒリした展開が続くだけに、結末に爽快感を求めるとモヤモヤするだろう。
 しかしこの作品の端倪すべからざる点は、まさにここで描かれたような“事件”が、本篇の製作と相前後して現実に発覚した、という事実だろう。そのこと自体が、本篇が事前に丹念なリサーチを重ね、航空業界の深層に踏み込んでいることを証明している。
 エンタテインメントとしての見応えを充分に生み出しながら、現実にあるかも知れない恐怖を織り込んでいる。観よう、と決めたときの期待とは異なっても、創意に富んだ優れたサスペンスであるのは間違いない。


関連作品:
ミックマック』/『96時間
ハドソン川の奇跡』/『フライト』/『フライト・ゲーム
THE GUILTY/ギルティ(2018)』/『THE GUILTY/ギルティ(2021)

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