『浅田家!』

TOHOシネマズ上野、スクリーン3入口脇に掲示された『浅田家!』チラシ。
TOHOシネマズ上野、スクリーン3入口脇に掲示された『浅田家!』チラシ。

原案&劇中写真:浅田政志 / 監督:中野量太 / 脚本:中野量太、菅野友恵 / 製作:市川南 / 企画&プロデュース:小川真司 / 撮影:山崎裕典 / 照明:谷本幸治 / 美術:黒川通利 / 装飾:松葉明子、天野竜哉 / 編集:上野聡一 / 衣装:西留由起子 / 特殊メイク&特殊刺青:下畑和秀 / 録音:久連石由文 / 音楽:渡邊崇 / エンディングテーマ:THE SKA FLAMES『’S.Wonderful』 / 出演:二宮和也、妻夫木聡、風吹ジュン、平田満、黒木華、菅田将暉、渡辺真起子、北村有起哉、野波麻帆、駿河太郎、後藤由依良、池谷のぶえ、篠原ゆき子、松澤匠 / 製作プロダクション:東宝映画、BRIDGEHEAD、Pipeline / 配給:東宝
2020年日本作品 / 上映時間:2時間7分
2020年10月2日日本公開
公式サイト : https://asadake.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2020/10/3)


[粗筋]
 浅田政志が初めてカメラを手にしたのは12歳のときだった。看護師として多忙を極める母・順子(風吹ジュン)に代わって家事全般を請け負う父・章(平田満)が趣味で使っていたカメラを譲り受けたのである。被写体を理解するまではシャッターを切らない、というスタイルも、この当時から既に片鱗を見せていた。
 18歳になった政志(二宮和也)は写真専門学校に進学、そのまま順調にプロカメラマンの道へと進んでいく――かに思われたが、入学から2年後、浅田家には、出席日数が足りないためこのままでは卒業できない、という連絡が届いた。
 兄の幸宏(妻夫木聡)が気を揉む中、2年間ぷっつりと音沙汰のなかった政志が突然帰宅してくる。学校に相談した結果、卒業制作で優秀な作品を提出すれば卒業を認めてもいい、と言われた政志は、家族の協力を求めたのだ、テーマは、「たった1回しか写真が撮れないとしたら、どんな写真を撮るか?」。政志は思案の末、幼少の頃のある想い出を、現在の家族全員で再現する、という趣向を試みた。
 この作品で見事に専門学校の卒業を果たした政志だったが、どういうわけかプロにならず、実家で漫然と過ごし続けた。たまりかねた幸宏が職場の先輩に頼み込み、警備の仕事を政志に斡旋するものの、その面接もすっぽかしてしまう。
 そんな我が子に、しかし章は、自分と違い、なりたい自分になればいい、と励ます。その言葉に、ふと父がかつて夢見ていた仕事は何だったのか? と問いかけた政志は、父の返答にひとつの着想を得る。
 政志が試みたのは、父がかつて夢見ていた消防士の扮装を、家族全員でして撮影する、というものだった。この体験に曙光を見た政志は、母や幸宏の要望も参考にして、次々と変わった“家族写真”を撮影していく。
 撮りためた作品に自信を得た政志は、遂に上京を決意した。アパレルの仕事に就くため、咲に上京していた幼馴染みで恋人でもある川上若菜(黒木華)の部屋に転がり込むと、出版社への売り込みを始めた――


[感想]
 実在の写真家・浅田政志が、実際に自らの家族をモデルに撮影した写真集と、その成立に至るエピソードをもとにしたドラマ……なのだが、その“実話を元にした作品”という事実が意外に感じるほどに、バランス感覚に優れた仕上がりである。
 序盤から絶え間なく擽りが挟まれている。実際に成功したことを考慮しなければ、なかなか働こうとしない厄介者を抱えた一家、という決して珍しくないパターンなのだが、その描き方に嫌みや悪意をまったく感じさせず、笑いに昇華しているのが巧い。看護師として夜勤もこなしている母の分も、父が家事をこなす、という、この世代ではまだまだ珍しいライフスタイルを取っているが、それをことさらに大きく採り上げるでもなく、適度なバランスで笑いの仕掛けに組み込む。ひとの不快感を刺激しない匙加減が絶妙だ。
 中盤を過ぎ、舞台が東日本大震災直後の岩手に移ったあとも、このバランス感覚の素晴らしさは一貫している。この時期の被災地を巡る現実はあまりに重いが、本篇はその現実から決して目を逸らさず、しかし適度なユーモアを絡めることで、情感にメリハリをつけると共に、こういう事態に直面していればこその人間の善意や逞しさもきっちり表現しているので、写真集が評価されるまでの経緯と相通じる軽さを留めている。
 それにしても本篇、俳優陣のレベルが極めて高い。自由奔放だが憎めない主人公・政志を完璧に体現する二宮和也に、そんな弟に振り回されながらもしっかりと“兄貴”らしさを醸し出す妻夫木聡、この世代ではまだ珍しかった専業主夫という立ち位置をしばしばいじられながらも泰然として、自分の生き方を模索する主人公を支える父。タイトルロールである浅田家の面々の、家族としての仕上がり方が実にいい。政志とずるずる関係を続ける恋人を演じた黒木華や、被災地で政志を写真の洗浄というボランティアへと導いていく人物に扮した菅田将暉ら脇役陣も、決して強く主張をせず、抑え気味の演技で巧みに情感を添えている。誰も強く主張しすぎず、しかしきちんと人間性を確立して役割を果たしている、という辺りにも、この作品の優れたバランス感覚が窺える。
 この作品にはどこにも押しつけがましさがない。感動しろ、と言わんばかりにドラマを粒立てることもしないし、教訓めいたことを強く打ち出すこともしない。身内や他人に気遣い、配慮し合いながら、それぞれのやるべきことを果たす、という政志やその家族に見えるスタンスが、作品全体に貫かれている。
 鑑賞後、パンフレットを読んで唸らされたのは、被災地でのあるエピソードと、エピローグにあたるくだりがフィクションである、という事実だ。確かにこのふたつのくだりは本篇の中でも出来すぎ、の印象はあるのだが、しかしその一方で、本篇の中に通された芯を象徴し、それらの要素を締めくくるのに最善の内容となっている。これらが綺麗に全体を総括しているからこそ、本篇の後味は類を見ないほどに爽やかで心地よい。
 観ていて悪い後味は一切残さず、それでいて確実に胸の中を温かくしてくれる。軽薄な作品はいやだけど、いい気分で観終えることが出来る作品に触れたい、というなら、躊躇うことなくお薦めできる1本である。

 本篇の劇場用パンフレットは1100円と、最近のなかでもやや高めに属する。ターゲットを絞ったアニメ作品ではありがちな価格設定だが、実写で1000円を超えるのはまだ珍しいほうだろう。
 実はこのパンフレットには、劇中で用いられた浅田家のコスプレ写真の数々が、写真集と同様の体裁で収録されている。原案である浅田政志が実際に発表した写真集『浅田家』を、映画の出演者で、浅田本人の撮影により再現したものなのだ。
 感覚としては劇中の写真集をそのまんまかたちにしたような趣がある。それを思えば、この価格設定も妥当と言えるし、本篇を楽しんだひとなら買って損のない仕上がりだろう。個人的には、浅田家以外の家族写真も同じ体裁で収録してくれていれば更に文句なしだったのだけど。


関連作品:
検察側の罪人』/『一度も撃ってません』/『そして父になる』/『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』/『幕が上がる』/『銀魂2 掟は破るためにこそある』/『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』/『寄生獣
麦秋』/『男はつらいよ』/『リバー・ランズ・スルー・イット』/『サマーウォーズ』/『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』/『万引き家族』/『パラサイト 半地下の家族』/『ひとよ』/『インポッシブル』/『風に立つライオン

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