『キャロル』

TOHOシネマズ六本木ヒルズ、スクリーン7入口に掲示されたチラシ。

原題:“Carol” / 原作:パトリシア・ハイスミス(河出書房新社・刊) / 監督:トッド・ヘインズ / 脚本:フィリス・ナジー / 製作:エリザベス・カールセン、テッサ・ロス、クリスティン・ベーコン、スティーブン・ウールレイ / 製作総指揮:ドロシー・バーウィン、ケイト・ブランシェット、ダニー・パーキンス、ソーステン・シュマッチャー、アンドリュー・アブトン、ボブ・ワインスタインハーヴェイ・ワインスタイン / 撮影監督:エド・ラックマン / プロダクション・デザイナー:ジュディ・ベッカー / 編集:アフォンソ・ゴンカルヴェス / 衣装:サンディ・パウエル / キャスティング:ラウラ・ローゼンタール / 音楽:カーター・バーウェル / 出演:ケイト・ブランシェットルーニー・マーラサラ・ポールソンカイル・チャンドラー、ジェイク・レイシー、ジョン・マガロ、コーリー・マイケル・スミス、ケヴィン・クロウリー / 配給:PHANTOM FILM

2015年イギリス、アメリカ、フランス合作 / 上映時間:1時間58分 / 日本語字幕:松浦美奈 / PG12

2016年2月11日日本公開

公式サイト : http://carol-movie.com/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2016/1/22) ※特別舞台挨拶付ジャパンプレミア



[粗筋]

 テレーズ・ベリベット(ルーニー・マーラ)がキャロル・エアード(ケイト・ブランシェット)と出逢ったのは、クリスマスを間近に控えた冬の日だった。

 デパートの玩具売り場に勤めるテレーズは、鉄道模型を眺めていたキャロルの姿に、一瞬、目が釘付けになった。やがてキャロルは、頼まれていた人形についてテレーズに質問してきたが、あいにく品切れになっていたその人形の代わりに、テレーズが勧める鉄道模型を迷うことなく注文して去っていった。売り場に、手袋を忘れたままで。

 テレーズが手袋を郵送で返すと、キャロルは律儀に礼の電話を寄越し、テレーズをランチに誘い――そうしてふたりの交流は始まった。

 キャロルは現在、夫のハージ(カイル・チャンドラー)と別居しており、離婚の協議をしているところだった。ハージはキャロルが家庭に戻ることを望んでいるが、キャロルはそれを頑なに拒んでおり、協議は難航している。

 知り合って数日、テレーズはキャロルの自宅に招待された。キャロルがリンディのためにクリスマスの準備をしているのを手伝っていると、突然ハージが押しかけてくる。予定ではクリスマス前夜に迎えに来るはずだったが、急遽予定を早める、と言うのだ。キャロルは拒むが、ハージは「一緒に過ごしたいなら、戻ればいい」と強引にリンディを連れ去ってしまう。

 自暴自棄になったキャロルの八つ当たりを受け、テレーズはその場を去るほかなかった。しかし家に着くとすぐにキャロルから電話で謝罪され、近いうちにテレーズの家を訪ねたい、と言われる。

 才色に恵まれながら、不幸を身にまとうかのようなキャロル。凡庸な人生を送っていたテレーズは、奇妙なほど彼女に惹かれ始めていた……

[感想]

 原作者のパトリシア・ハイスミスは傑作『太陽がいっぱい』の原作でも知られる、サスペンス小説の名手である。亡くなったあとも読み継がれる傑作が多いが、本篇の原作は当初、彼女の名義では出版されなかったらしい。わざわざ匿名にしなければならなかった事情は浅学ゆえ不明だが、本篇が原作者の執筆してきた犯罪ものとは同列で語りづらいのは確かだろう。

 本篇のなかでは、いわゆる“事件”は起きない――その気配は終始滲ませているが、具体的な“犯罪”が行われるわけではない。ただ、本篇が1950年代の出来事として描かれていることを思えば話は違う。同性愛が社会的に認められていなかった時代に、同性に思慕を抱き、行動に移してしまえば、周辺に及ぼす影響は犯罪に等しくなるのだ――その想いがどれほど純粋で、それ自体に罪がなくとも、である。

 物語の中では、視点人物であるテレーズもむやみに自身の心情を語りすぎることはない。キャロルに惹かれている、とか耐えがたい衝動に突き動かされる、なんてことを軽々に口にしたりはしない。しかし友人や、ずっと言い寄ってくる青年への言動に、その心の揺れが垣間見える。静謐を湛えた映像の中で繰り広げられる心理描写は、どこかサスペンスめいている。

 相手となるキャロルは序盤、その心情が伝わりにくい。視点人物をテレーズに設定しているが故だが、その描き方はまるで謎解きのような趣がある。解らないからこそ惹かれてしまう――と単純にまとめてしまうのは乱暴だが、そうした感覚も確かにあるのだろう。

 あの『太陽がいっぱい』の原作者が手懸けたにしてはいささかウェットではないか、と思われる向きもあるかも知れないが、少なくとも映画の手触りには確かにサスペンスの匂いがある。罪の意識を起こさせる恋愛を、こういうふうに描けばそれは確かに犯罪ドラマに近いムードを帯びるのだ。

 だが、そういう時代背景、設定の上に基づく“犯行”を描く上で、そこに至る経緯の描写は非常に丁寧に、繊細に施されている。ふたりが初めて互いを認識する瞬間に、ぎこちなく不自然な交流、感情を掻き乱されたときの諍いや、その後の躊躇いがちな和解。

 特にキャロルは複雑だ。親として、かつての妻として、家族を想う心もあるが、己の本音を裏切りたくない想いもある。時代的に、そうした感情が“異常”と捉えられていたからこそ尚更に迷いはある。ここに過去の出来事までが絡んで、終盤の“事件”や離婚協議の俎上に乗せられるのだ。

 この物語が求めるハッピー・エンドに至る門は非常に狭い。決して誰かを憎んでいるわけではないキャロルにとって、間違いなく通りようがない。それ故に、この結末は必然と言える。だが、必然としか言いようがないから、とても哀れであると同時に、やけに清々しくも映る。

 その嫋々たる着地もまた、犯罪ドラマに似た趣を感じさせる。これほど周囲から責められ、ようやく辿り着いた終幕に覗かせる安堵。望んでいたものを手にしたかも知れないが、失ったものは更に多く、喪失感にその佇まいは儚げだ。

 これを書いている現在、本年度のアカデミー賞にはキャロルを演じたケイト・ブランシェット、テレーズに扮したルーニー・マーラが揃ってノミネートされている。結果はどうあれ、ノミネートも頷ける演技だったのは確かだ。

 その愛のかたちは当時の社会にはあまりに異端、現代でも決して一般的に馴染みがあるわけではない。それ故に、共感できるとは言えないが、しかしその情感は豊かに織り込まれている。決して派手な波乱はないが、忘れがたい気配をたたえた作品である。

関連作品:

エデンより彼方に』/『アイム・ノット・ゼア』/『太陽がいっぱい

アビエイター』/『あるスキャンダルの覚え書き』/『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』/『ハンナ』/『ドラゴン・タトゥーの女』/『サイド・エフェクト』/『それでも夜は明ける』/『ウルフ・オブ・ウォールストリート』/『ダイアナの選択

さらば、わが愛/覇王別姫』/『めぐりあう時間たち』/『ブロークバック・マウンテン』/『つぐない』/『愛を読むひと

コメント

  1. […] 関連作品: 『アイアンマン』/『インクレディブル・ハルク』/『アイアンマン2』/『マイティ・ソー』/『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』/『アベンジャーズ』/『アイアンマン3』/『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』/『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』/『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』/『アントマン』/『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』/『ドクター・ストレンジ』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』/『スパイダーマン:ホームカミング』 […]

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