『ル・アーヴルの靴みがき』

ル・アーヴルの靴みがき 【DVD】

原題:“Le Havre” / 監督、製作&脚本:アキ・カウリスマキ / 製作総指揮:ファビエンヌ・ヴォニエ、ラインハルト・ブルンディヒ / 助監督&キャスティング:ジル・シャルマン / 撮影監督:ティモ・サルミネン / 照明:オッリ・ヴァルヤ / 美術:ヴァウター・ズーン / 編集:ティモ・リンナサロ / 衣装:フレッド・カンビエ / メイク:ヴァレリー・テリー=ハメル / 出演:アンドレ・ウィルム、カティ・オウティネン、ジャン=ピエール・ダルッサン、ブロンダン・ミゲル、エリナ・サロ、イヴリヌ・ディディ、ゴック・ユン・グエン、フランソワ・モニエ、ロベルト・ピアッツァ、ピエール・エテックスジャン=ピエール・レオー / スプートニク、ピラミッド・プロダクションズ、パンドラ・フィルム製作 / 配給:ユーロスペース / 映像ソフト発売元:KING RECORDS

2011年フィンランド、フランス、ドイツ合作 / 上映時間:1時間33分 / 日本語字幕:?

2012年4月28日日本公開

2013年1月16日映像ソフト日本盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

公式サイト : http://www.lehavre-film.com/

DVD Videoにて初見(2014/04/06)



[粗筋]

 かつてはパリで自由気ままな芸術家を気取っていたマルセル(アンドレ・ウィルム)だが、いまは港町ル・アーヴルで靴磨きとして細々と暮らしている。家族は妻のアルレッティ(カティ・オウティネン)と飼い犬ライカだけだが、マルセルに不満はなかった。

 だが、ある晩、アルレッティが体調を崩して入院してしまう。担当医のベッカー(ピエール・エテックス)はもはや手の打ちようがない、とアルレッティに告げるが、彼女は子供のような夫を慮り、出来る限り真実を伏せるように頼み込んだ。

 そうとは知らず、いつものように仕事に赴いたマルセルは、港で食事をしているとき、ひとりの黒人少年と出会った。折しもその頃、コンテナに隠れていた難民が発見され、そこから少年ひとりが逃走した、と報じられていた。すぐにその少年だ、と気づいたマルセルだが、彼は通報せず、あとでこっそり食事とお金を置いて立ち去るのだった。

 夜行列車に合わせて営業をした晩、家に戻ると、納屋で例の少年がライカに見守られて眠っていた。イドリッサ(ブロンダン・ミゲル)と名乗った少年は、お金だけは返すつもりでマルセルのあとを追ってきたらしい。本当はロンドンで働いている母を頼ってイギリスへ密航するはずだった、という彼のために、マルセルは何か出来ないか、奔走し始める。

 一方、逃走した少年を探すために、ル・アーヴル自治体も総力を傾けていた。腕利きの捜査官であるモネ警視(ジャン=ピエール・ダルッサン)もまた、少年の行方を追いはじめる――

[感想]

 映画鑑賞に耽るようになってせいぜい10年ちょっと経つ程度、しかも新作を中心に鑑賞しているため、未だに古い作品に接した数の乏しい私がこういうのも何なのだが、本篇の匂いはどこか、古い日本の映画に似ているように思う。

 舞台は港町、作中で漁をする光景はないが、その空気感は日本の少し発展した漁村のような雰囲気がある。登場するのは華やかで格好いい若者、伊達者ではなく、既に半ばリタイヤしていたり、難民としてやって来たために蓄えにも乏しい、倹しく暮らしているひとびとばかりだ。背伸びしない、身の丈に合った暮らしぶりの描写は、港町の光景とあいまって、日本に近いものを感じる。

 そんな日本めいた光景の中で繰り広げられるのも、まるで往年の人情ものを想起させる物語である。偶然に出逢った難民の少年が、何とか家族と暮らせるように、自分に可能な範囲で懸命な努力を試みる。それまでは流されるように暮らし、他人の善意に甘えるかのような行動をしばしば見せていた主人公マルセルの、そんな漢気にほだされるかのように、かつては彼を迷惑がっていたかのようなひとびとも快く手を貸す。

 妻のアルレッティが「子供のようなひと」と評するマルセルの、まさに大人げのない行動を序盤でちりばめているから、こうしたひとびとの優しさにハッとさせられる。モネ警視が素速くマルセルに目をつけ、周囲のひとびとにマルセルの様子や最近の言動について訊ねるが、ひとびとは彼が難民を匿っているらしい、などと告発したりしない。入院した奥方の容態を気づかい、変わらぬ日常を送りながらも妻を心配するマルセルを褒める。警察から質問を受ける、という特異な状況にも物怖じしないひとびとのしたたかさと、それが支える人情味がじっと沁みてくる。

 メインはイドリッサという難民の少年を助けることだが、脇役にもいちいちドラマの奥行きが垣間見えるのが、作品の深みを増している。どうもアキ・カウリスマキ監督の作品は登場人物や世界観が接している、という話を聞いたこともあるのだが、本篇に他の作品とのリンクが用意されているのかは解らない。しかしそれでも、マルセルと隣人たちとの関係性には何やら含みが見え隠れするし、イドリッサの渡航費用を工面するために手を貸すひとびとのやり取りなど、それだけでもドラマになりそうなほどだ。確か『それぞれのシネマ 〜カンヌ国際映画祭60周年記念製作映画〜』参加作品においても、アキ・カウリスマキ監督は唐突に演奏のシーンを挿入していたが、そのいささか古めかしい音楽に対するこだわりもまた、日本の人情ものに通じる雰囲気を濃密にしているようだ。

 その語り口にも展開にも、本篇はどこか絵空事めいている――こんなに都合よく物事が運ぶのだろうか、という感想を抱くひともたぶん多い。それ故にリアリティがない、と切り捨てるのも簡単だろう。

 しかし、醸す雰囲気が身近で生々しいからこそ、非現実的なほどの善意、優しい成り行きが快い。真面目に、誠実に生きてきたなら、きっと何かしらご褒美があるはずだ、という、現実なら儚い希望を真っ向から肯定する――フィクションだからこそ許される、というより、どうせフィクションならばそうあって欲しい。作り手のそういう想いまで籠もっているから、きっと本篇はここまで優しく、暖かいのだろう。

関連作品:

10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス』/『それぞれのシネマ 〜カンヌ国際映画祭60周年記念製作映画〜』/『ポルトガル、ここに誕生す〜ギマランイス歴史地区

ロング・エンゲージメント』/『映画に愛をこめて アメリカの夜

プレシャス』/『家族の灯り

コメント

タイトルとURLをコピーしました