『ドラッグ・ウォー 毒戦』

新宿シネマカリテ、入口ドアに貼られたポスター。

原題:“毒戦 Drug War” / 監督:ジョニー・トー / 脚本:ワイ・カーファイ、ヤウ・ナイホイ、リケール・チャン、ユー・シー / 製作:ジョニー・トー、ワイ・カーファイ / アクション監督:イー・ティンフォン / 撮影監督:チェン・シュウキョン / 撮影:トー・フンモ / 美術監督:ホレース・マー / 編集:アレン・リョン / 編集監修:デヴィッド・リチャードソン / 衣装:ボーイ・ウォン / 音楽:グザヴィエ・ジャモー / 出演:ルイス・クー、スン・ホンレイ、クリスタル・ホアン、ウォーレス・チョン、ラム・シュー、ラム・カートン、ミシェル・イェ、ロー・ホイパン、チョン・シウファイ、バーグ・ウー、フィリップ・キョン / 銀河映像(香港)有限公司製作 / 配給:alcine terran

2012年中国・香港合作 / 上映時間:1時間46分 / 日本語字幕:風間綾平 / PG12

2014年1月11日日本公開

公式サイト : http://www.alcine-terran.com/drugwar/

新宿シネマカリテにて初見(2014/01/25)



[粗筋]

 中国・津海の高速料金所で、時ならぬ捕物が展開された。腸内に麻薬を詰めた運び屋が、ジャン警部(スン・ホンレイ)の潜入捜査によって、一気に摘発されたのである。

 麻薬を回収するために、運び屋立ちを集めた病院に、折しもひとりの人物が搬送されてきた。飲食店に乗用車を突っこませたというその男、テンミン(ルイス・クー)には、間違いなく麻薬中毒の兆候が認められた。ジャン警部は運び屋共々、テンミンに監視をつけるが、目醒めたテンミンはすぐに病院から逃亡を試みる。

 テンミンは、妻や妻の兄弟達と共に麻薬を密造している人物だった。しかしその日、工場で爆発事故があり、家族は全員死亡、テンミンは過剰吸引の症状に苦しみながら逃亡を図り、途中で事故を起こしたのである。

 中国では、麻薬犯罪に対する処罰は極めて重く、テンミンのように大量の密造が発覚すれば、死刑は確実だった。逃走したテンミンだったが、すぐにジャン警部によって逮捕されると、その晩のうちに行われる取引に大物が関与しており、自分が囮になれば一斉摘発できる、ということを仄めかす。

 ジャン警部は疑いを抱き、テンミンに対しても監視を仕掛けながら、取引に潜入する。だが、この捜査は、彼らの予想を超えて過酷なものとなるのだった……

[感想]

 ジョニー・トーは極めて守備範囲の広い監督である。コメディやラヴ・ストーリー、ひねりの効いた知的ドラマも多数発表しているが、しかしそうは言っても、やはり映画好きにとって最も鮮烈なイメージを残しているのは、『ザ・ミッション/非情の掟』に始まる3部作や、『エレクション』2部作といった、アクション風味を加えたノワールだろう。緻密に計算されたプロットと人間関係、そのなかで繰り広げられる独創的なアクションの魅力は、ハリウッドにさえ比肩する者の少ない、特異なレベルに位置している。しかし、フランスとの合作で生んだ『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』以降、サスペンスタッチには優れていても、彼の名を世界に轟かせた暗黒街の表現、ユニークなアクション描写からは縁遠くなっており、その点が物足りない、というひとも多かったのではなかろうか――かくいう私自身、『名探偵ゴッド・アイ』のような異形の名作を愛しながらも、ちょっと残念に思っていた。

 そういう観客にとって本篇は間違いなく、待ち焦がれていた1本となるはずだ。本篇が放つ香気は『エグザイル/絆』を含む3部作と『エレクション』2部作に匹敵する――というより、この両者の魅力を集約したかのような、見事な仕上がりとなっている。

 序盤は、何が何だかよく解らないまま話が転がっている、といった印象がある。煙を噴く建物のほうから走ってくる乗用車を、嘔吐しながら運転する男。男が事故を起こすと、今度は一転、高速料金所を境に、複数の車内の様子が描かれる。アクションも絡めた捕物のあと、病院に至って、嘔吐していた男と、料金所のひと幕が初めて合流する。下手な語り手であれば退屈させそうなものだが、描写ひとつひとつのユニークさと、テンポの良い構成によって巧みに惹きつけ、それらが醸しだす謎で観客を引っ張っていく。

 ジャン警部やテンミンの正体が明らかとなると、ほとんど間を置かずに、緊迫感に満ちた潜入捜査に突入していく。やけに潔く罪を認め、情報を漏らしたが、真意の計り知れないテンミンと、そんな彼に警戒しながらも、捜査陣との息の合った連携により、臨機応変で事態に対処していくジャン警部、双方の知略と駆け引きとが緻密に折り重なって、絶えず見せ場を生み出していく。

 本篇における公安部の麻薬捜査は、フィクションらしくいささか派手に過ぎる印象もあるが、しかし細部が作り込まれていて非常にリアルだ。作戦のための緻密な準備と、その場の状況に応じてすみやかな対処を迫られたときの潔さ。男性捜査官たちが居合わせる室内で手早く下着姿になり着替える女性捜査官の姿や、密売人にテストとして突きつけられたコカインを吸い、別れたあとで悶絶するジャン警部の様子には、驚きと戦慄を覚えずにいられない。囮となるテンミンに隠しカメラやマイクを持たせる一方で、彼と縁のある密造業者たちが聾唖である、ということから、監視に手話を解する者を配したり、といった細かな専門的要素の組み込み方も巧いが、それをちゃんと新たな展開やアクションの布石にしている辺りも見事だ。“練り込まれた脚本”、という安易に使われがちな褒め言葉を、本篇に対しては躊躇いもなく差し出せる。

 そして、やはり出色なのはアクション描写だ。練り込まれた脚本が生み出す特異な状況のなかで繰り広げられる、先読みの出来ない銃撃戦の迫力はただ事ではない。『エグザイル』3部作のようなトリッキーな見せ場こそ乏しい(まるっきりないわけではない)が、気づけば敵味方が入り乱れて銃弾が飛び交い、誰が犠牲になっても不思議ではない事態に陥っていく。作中では偶然が作用しているように見えているが、この壮絶なクライマックスを演出するための計算の緻密さには唸らされるはずだ。しかも決着がまた凄まじい。

 ほぼ群像劇、しかもトー組らしい個性を感じさせる面々が大挙しながらも、観終わって印象づけられるのは、“執念”だ。未だ中国本土では言論統制が厳しく、イギリス統治下の香港ほどの自由さはないようだが、それ故に薬物取引やそれに携わる捜査官の描き方に配慮し、距離を置いたことにより、中心に据わるジャン警部とテンミンが滾らせる執念がいっそう色濃く浮き彫りになっている。その頂点にあの血飛沫の舞う銃撃戦があり、あの凄絶な決着があるのだから、観ていて震える。慄然としながらも、そこにはすべてを燃やし尽くしたからこその爽快感さえ滲んでいるのだ。

 個人的には、香港に大陸の資本が介入してきたことで、大作が手懸けられる土壌は出来たものの、トー監督がこれまでに発表していたような、ユニークな作品はなかなか出にくくなるのでは、と危惧していた。だが、自身の個性と、それを表現するのに必要なのが何かなど、トー監督らスタッフは充分に弁えていたらしい。既に充分すぎるほど優れた作品を繰りだしてきたトー監督だが、まだそのポテンシャルに余裕があることを窺わせる、痛快な逸品である。

関連作品:

ザ・ミッション/非情の掟』/『エグザイル/絆』/『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を

エレクション〜黒社会〜』/『エレクション〜死の報復〜

PTU』/『タクティカル・ユニット 機動部隊−絆−

暗戦 デッドエンド』/『デッドエンド 暗戦リターンズ

ヒーロー・ネバー・ダイ』/『フルタイム・キラー』/『ブレイキング・ニュース』/『強奪のトライアングル』/『奪命金

アンディ・ラウの麻雀大将』/『ターンレフト ターンライト』/『マッスルモンク』/『柔道龍虎房』/『MAD探偵 7人の容疑者』/『スリ』/『名探偵ゴッド・アイ

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