『トランス』

TOHOシネマズシャンテ、施設外壁の看板。

原題:“Trance” / 監督:ダニー・ボイル / 脚本:ジョー・アヒアナ、ジョン・ホッジ / 製作:クリスチャン・コルソン / 製作総指揮:バーナード・ベリュー、フランソワ・イヴェルネル、キャメロン・マクラッケン、テッサ・ロス、スティーヴン・レイルズ、マーク・ロイバル / 撮影監督:アンソニー・ドッド・マントル / プロダクション・デザイナー:マーク・ティルデスリー / 編集:ジョン・ハリス / 衣装:スティラット・ラーラーブ / キャスティング:ゲイル・スティーヴンス、ドナ・アイザックソン / 音楽:リック・スミス / 出演:ジェームズ・マカヴォイヴァンサン・カッセルロザリオ・ドーソン、ダニー・スパーニ、タペンス・ミドルトン、サイモン・クーンツ、マット・クロス / クラウド・エイト/デシベル・フィルムズ製作 / 配給:20世紀フォックス

2013年アメリカ、イギリス合作 / 上映時間:1時間42分 / 日本語字幕:松浦美奈 / R15+

2013年10月11日日本公開

公式サイト : http://www.foxmovies.jp/trance/

TOHOシネマズシャンテにて初見(2013/10/14)



[粗筋]

 その日、オークション会場で競売にかけられたのは、ゴヤの名作『魔女たちの飛翔』であった。突如、会場に溢れたガスに参加者が騒然とするなか、競売人のサイモン(ジェームズ・マカヴォイ)はマニュアルに従い絵画をバッグに詰め、緊急用のボックスに向かう。だがそこには強盗が潜んでおり、奪われかかったサイモンはスタンガンで逆襲、しかし強盗に殴打され、昏倒する。

 目醒めたとき、病院にいたサイモンは、記憶の一部を失っていた。何が起きたのかさえ曖昧なまま帰宅したサイモンを出迎えたのは、あの強盗――フランク(ヴァンサン・カッセル)たちであった。実はあの襲撃はサイモン自身が手引をしたもので、緊急用のボックスに向かう途中で襲撃された際、速やかに手渡すはずだった。しかしサイモンは過剰な抵抗をしてフランクの怒りを買い、更にフランクが持ち出したバッグの中身は、額縁のみだった。激昂するフランクは拷問までしてサイモンを問い詰める――いったい絵をどこに隠したのか?

 しかし、サイモンの記憶喪失が本物だ、と確信したフランクは、何とかして彼の記憶を取り戻すために、催眠療法士の手を借りることを思いつく。フランクが提示したリストから、サイモンが選んだのは女性の療法士エリザベス(ロザリオ・ドーソン)だった。

 もちろん、強奪した絵画の隠し場所を思い出したい、などと話をすることは出来ず、細かい事情を伏せて、大雑把に「失くしたものを探したい」という趣旨でカウンセリングに赴いたサイモンであったが、話を進めていくと、エリザベスは彼に向かって1枚のカードを提示する。そこには、“面倒な事態に?”という問いかけが記されていた。

 強盗と、彼らに加担した競売人、そしてそこに催眠療法士が加わって、消えた絵画の追跡が始まるが、しかしここから、サイモンは奇妙な非現実感に苛まれるようになる……

[感想]

スラムドッグ$ミリオネア』以降、完全に一流監督の仲間入りを果たした感のあるダニー・ボイル監督だが、基本的にこのひとは変化球の使い手である。それは出世作トレインスポッティング』の時点で顕著だった。ドラッグや生活環境によって追い込まれるひとびとの姿を描く、とかるくアウトラインを語れば、それはたとえば『レクイエム・フォー・ドリーム』ぐらいの陰鬱な代物になりそうなものだが、あのトーンは不思議なほどに軽く、そしてある意味自暴自棄とも言えるラストシーンに不思議な力強さが漲っていた。変化球、というよりも、ものごとに対する捉え方や意志が、エピソード自体の生命力を導き出すような表現、というべきかも知れない――この表現は他ならぬ『スラムドッグ$ミリオネア』で頂点に達し、『127時間』に受け継がれていくわけだが、この近年の作品群に至るまでは、彼のそうした“変化球”を好むようなスタイルは必ずしもセールスには結びついていなかった。ディカプリオを擁した『ザ・ビーチ』や、『スラムドッグ〜』の趣向を先取りしたような『ミリオンズ』、そしてSFらしいモチーフが終盤で思わぬ方向へ転がっていく『サンシャイン2057』など、いずれも評価のわりにヒットに結びつかなかったり、狙いが穿ちすぎていて評価に繋がらなかった。

 だが、そうした変化球好みの作風と評価、そして成績がほぼリンクしたことで、試行錯誤の段階を脱したのかも知れない。文芸的、内省的だった『127時間』から一転し、本作はまるで初期の、それこそ『トレインスポッティング』のときのユニークさや独特の熱気が感じられる仕上がりとなっている。

 序盤の展開は正統派のクライム・サスペンスの趣だ。絵画の強奪計画から、記憶喪失、というひねりはあるが、奇妙な絵画の消失を巡る予測不能のやり取りには、ミステリとしての興趣を期待したくなる。

 だがそれが、サイモンやフランクたちに催眠療法士のエリザベスが絡んでくると、一気に様相が複雑化する。基本的にミステリの手捌きではあるのだが、どこかに幻覚や妄想が絡んでいるような展開に変じていくのだ。どこからが本当なのか、何が嘘なのか? 登場人物同士の言動にも、相手を疑うようなものが増えていくが、観ている側も果たしてこれは作中人物の妄想を描いているのか、物語における現実を描いているのか判然としなくなる。幻惑される、とはこういうことを言うのだろう。

 全般に青みがかった色調に保たれた映像は、作中でいっさい地名に言及していないせいもあって、どこの出来事かも解らない。サイモンの異様に凝ったデザインの住居などもあいまって、知っているようでいて知らない土地の出来事、というイメージは強く、それが展開の掴み所のなさ、謎めいたムードを強調する。

 そして、こうして丁寧に組み立てられた世界の中で、ジェームズ・マカヴォイヴァンサン・カッセル、そしてロザリオ・ドーソンという、いずれも腕のある俳優たちが変幻自在の演技で、物語の不可解さをいっそう深めていく。さっき見せた表情が、ほんの10分程度で一変し、やがてはその意味さえも変わっていくスリルと心地好さは絶品だ。

 徹底的に振り回された挙句、本篇は思いがけないところへ着地する。ひとによってはこの終幕を裏切り、と捉えるかも知れないし、期待と違いすぎている、と失望する可能性も決して否定しない。ただ、こういうストーリーを、ある種の爽快感をもって飾ることの出来る手管を真似の出来るひとはそうそうあるまい。

スラムドッグ$ミリオネア』のようなものを期待すると違和感がある。ただ、ここにしかない種類のインパクト、爽快感が得られる、という捉え方をすれば、ダニー・ボイル監督の姿勢は本篇までまったくブレていない。彼らしい“騙り”が味わえる、ならではのサスペンスである。

関連作品:

トレインスポッティング

28日後…

ミリオンズ

サンシャイン2057

スラムドッグ$ミリオネア

127時間

声をかくす人

ブラック・スワン

アンストッパブル

レクイエム・フォー・ドリーム

サイド・エフェクト

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