『逃走車』

109シネマズ木場、エスカレーター上に掲示されたポスター。

原題:“Vehicle 19” / 監督&脚本:ムクンダ・マイケル・デュウィル / 製作:ピーター・サフラン、ライアン・ハイダリアン / 製作総指揮:ポール・ウォーカー、カリファ・エドワード・ムバロ、ジェフリー・ケーナ、バジル・フォード / 撮影監督:マイルズ・グドール / プロダクション・デザイナー:スー・スティール / 編集:ミーガン・ギル / スタント・コーディネーター:コーデル・マックイーン / キャスティング:クリスティーナ・シャンバーガー / 音楽:ジェームズ・マッテス、ダニエル・マッテー / 出演:ポール・ウォーカー、ナイマ・マクリーン、ツシェボ・マセコ、ジス・デ・ヴィリアーズ、レイラ・タヴェルナロ・ハイダリアン / 配給:Asmik Ace

2012年アメリカ、南アメリカ合作 / 上映時間:1時間25分 / 日本語字幕:松崎広

2013年2月23日日本公開

公式サイト : http://tousousha.com/

109シネマズ木場にて初見(2013/02/23)



[粗筋]

 マイケル・ウッズ(ポール・ウォーカー)が、仮釈放中の身にも拘わらず、渡航許可が下りなかったことを無視してまでわざわざ南アフリカに飛んだのは、別れた妻アンジェリカ(レイラ・タヴェルナロ・ハイダリアン)に許しを乞うためだった。

 しかし、彼の旅は終始トラブル続きだった。飛行機の到着は遅れ、空港でレンタカーを探し出してみれば、発注したミニバンではなくセダン車が置いてある。しかし既に充分に遅刻しているので、やむなくその車のまま出かけるが、慣れない左側走行に戸惑い、渋滞にはまり、当然のように道に迷う。刑務所入りする前から続く不運に、マイケルは苛立っていた。

 が、そんなとき、車内で聴き覚えのない音色が鳴り響いた。グローヴボックスに入っていた、携帯電話の着信音である。恐る恐る出てみると、“誰にも知られるな”という意味不明のメッセージが届いている。ふたたび電話が鳴り響き、マイケルは試しに出てみたが、相手は応答しているのが目当ての人間でないと気づいて、すぐに切ってしまった。

 不審に思いながら車を走らせていると、マイケルは更に、シートの下に1挺の、消音器を装着した拳銃を見つけた。慄然としているところへ、またしても携帯電話が鳴った。今度の発信者は、刑事のスミス(ジス・デ・ヴィリアーズ)と名乗り、捜査に関係する車両が、手違いでマイケルのところへ行ってしまった、と弁解する。車を交換するので、指定の場所まで来てほしい、という話だった。ようやく安堵するマイケルだったが、指示された通りの名は南アフリカでは無数に存在するもので、またしても道に迷ってしまう。

 このとき、車はマイケルにまたしても衝撃を与える。ブレーキを強く踏んだとき、後部のシートが開いて、中から手足を縛られ、猿ぐつわを噛まされた女性が転がり出てきたのだ――

[感想]

 予告篇を初めて観た瞬間、「それがあったか!」と唸らされた。全篇、主人公が搭乗する車の中から撮影する――このシンプル極まりないアイディアは、だが昨今、主観視点撮影の映画が多く製作されるようになっていたのに、未だ誰も手をつけていなかった。強いて言うなら、『ボーン・スプレマシー』がスタントに用いられる車中からの映像を採り入れることで、クラッシュの迫力を観客にも体感させる工夫をしていたが、あちらはカースタントが中心ではなく、他の視点からの映像も無数に盛り込まれている。色々な映画を観ているひとほど、本篇の着想には唸らされ、惹きつけられてしまうのではなかろうか。

 ただ、率直に言えば、完成された作品は、この発想の魅力を充分に活かしきっていない、と鑑賞直後はやや落胆せざるを得なかった。

 問題は、発想を知ったときに想像するほど、臨場感を味わえない、という点にある。確かに、追っ手から逃げまわり、赤信号を走り抜け、ゲートをぶち抜いて銃弾をかいくぐる、というシチュエーションはきっちり盛り込まれているが、なまじ車内からの映像限定、という制約のために、障害との距離が迫り来る感覚を充分に再現できないのである。もし他の目線からの映像があれば、一気に距離が詰まり、追い込まれた感覚を味わうことも出来たのだろうが、それが出来ずに却ってカーチェイスの迫力を減退させてしまった、というのはちょっと痛い。恐らく、主人公が巻き込まれるトラブルにもうひとひねりあれば、より理想的な内容になっただろうに、と惜しまれる。

 しかし恐らくは製作者も、ある程度はこの欠点を承知していたのだろう、プロローグとしてまず、終盤での印象的なシーンをあえて抽出してお披露目し、観客の興味を惹く一方で、中盤ぐらいまでは奇妙な展開を繰り返すことで、サスペンス的な趣を演出することに尺を割いている。実際、これはかなりの効果を上げており、車からカメラが出ていかない、という状況が不自然に感じられない状況をうまく構築している。

 先にお断りしておくと、大半の観客が首を傾げる、ある疑問については最後まで答が提示されない。それ故に、腑に落ちない、という想いに囚われ、不満を抱くひともあるのはまず間違いないだろう。私自身、この疑問がなおざりにされてしまったため、最後スクリーンに向かって「おいおい」とツッコミたくなったのも事実だ。

 しかし、恐らくスタッフは本篇を、謎解きよりも、このシチュエーションだからこそ味わえる緊張感、独特のムードをこそ重視して組み立てることに気を配ったのだろう。次々と遭遇するトラブルにせよ、主人公がなんとか炙り出す解決策にせよ、それを描くうえで車を出る必要がない、ないからこそ効果的な出来事をうまく選択している。着想が秀逸なのは間違いないし、カーチェイスにおいての掘り下げに万人が満足するとは言えないが、しかしシチュエーション、展開の選択は確かなのである。

 本篇のキモは、主人公をアメリカ人に、舞台を南アフリカに選択した点にもある。これは恐らく、脚本も手懸けた監督自身の経歴に起因したものでもあるのだろうが、基本的にカメラに近い位置にいるのが“旅人”である、ということが、観客の立ち位置ともシンクロし、作品世界に迷い込んだような感覚をもたらす。

 粗筋ではすぐに背景を割ってしまっているが、当初、主人公マイケルがどういう人物なのか、という点も観客には伏せられている。それが少しずつ明かされていく一方で、だからこそ顕わになる弱さと、繰り返す難局を経て、じわじわと表情に覚悟が滲んでいく、その迫力も、カメラとの距離が近いからこそ余計に生々しい。大元の発想もさることながら、カーアクション映画のメガヒット・シリーズ『ワイルド・スピード』の主演俳優であり、自身が優れたドライヴァーである一方で、演技にも定評があるポール・ウォーカーという俳優の起用は、作品にとって必然的だったとさえ言える――製作総指揮も兼任していることを考慮すると、先に完成していたという脚本にウォーカー自身が辿り着き、製作開始に尽力したのかも知れないが、いずれにせよ、逢うべくして巡り逢った組み合わせであろう。

 残念ながら、予告篇から期待されたほどにアイディアを活用しているわけではなく、多くの観客の期待に充分応える、とは言い難い。しかし、きちんと芯は通った、良質のエンタテインメントであることは保証しよう――恐らく、ほとんどのひとにとって経験したことのない、ユニークな空間が確かにここにはある。

関連作品:

ロード・キラー

ワイルド・スピードMAX

ワイルド・スピード MEGA MAX

第9地区

デンジャラス・ラン

ボーン・スプレマシー

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コラテラル

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