『大誘拐 RAINBOW KIDS』

神保町シアターの展示。

原作:天藤真 / 監督&脚本:岡本喜八 / 製作:岡本よね子、田中義巳、安藤甫 / プロデューサー:森知貴秀、水野洋介 / 撮影:岸本正広 / 美術:西岡善信、加門良一 / 照明:佐藤幸次郎 / 編集:鈴木晄、川島章正 / 録音:神保小四郎 / 音楽:佐藤勝 / 主題歌:サイコヒステリックス / ナレーター:寺田農 / 出演:北林谷栄風間トオル内田勝康、西川弘志緒形拳神山繁水野久美岸部一徳、田村奈巳、松永麗子、岡本真実、天本英世本田博太郎竜雷太嶋田久作常田富士男、橋本功、樹木希林、松澤一之、藤木悠上田耕一中谷一郎、山本廉、大木正司、山藤章二景山民夫 / 配給&映像ソフト発売元:東宝

1991年日本作品 / 上映時間:2時間

1991年1月15日日本公開

2006年2月24日映像ソフト最新盤発売 [DVD Video:amazon]

『飯田蝶子とにっぽんのおばあちゃん』(2012/6/9〜2012/7/6開催)にて上映

初見時期不明

神保町シアターにて再鑑賞(2012/07/05)



[粗筋]

 刑期を終えて出所した秋葉正義(内田勝康)と三宅平太(西川弘志)を、戸並健次(風間トオル)が出迎えたときから、事件は始まった。刑務所を出ても稼ぎ口のないふたりに健次が持ち込んだのは――誘拐計画だった。

 健次はかつて身を置いていた孤児院で、柳川とし子刀自(北林谷栄)という人物と逢ったことがある。孤児院に資金提供をしていた彼女は、紀州一の山林王であり、齢を重ねたいまも莫大な資産を保有していた。彼女を誘拐し、身代金を要求すれば、効率的に大金が手に入る――健次の話に、弟分ふたりは乗じることを決めた。

 3人は山深いところにあるとし子刀自の邸宅を監視し、彼女の行動パターンを分析して、誘拐する機会を窺った。とし子刀自は健康のために毎日山歩きをしており、途中まで車に遅らせたあと、しばらく手伝いの娘とふたりきりで山中を移動している。健次たちはそこを狙って、とし子刀自の拉致に成功した。

 あとは身代金をせしめるだけ、と興奮気味の健次たちだったが、彼らに水を差したのは他でもない、とし子刀自だった。刀自は健次たちの計画の杜撰さを容赦なく指摘すると、動揺した彼らに助言、新たな隠れ家だけでなく、より緻密な身代金強奪計画を指南し始める。女だてらに山林王に君臨した女傑の才気に、気づけば健次たちのほうが翻弄されていた。

 やがて、とし子刀自の指示による身代金額が提示されると、刀自の親族のみならず、陣頭指揮に就いた和歌山県警本部長・井狩大五郎(緒形拳)すら瞠目した。

[感想]

 本篇は、日本推理作家協会賞を受賞した天藤真の同題小説を映画化したものである。原作自体も、歴史的傑作なのだが、この映画版も、未だにこれを上回る誘拐ものは存在しない、とさえ断じたくなるほどの素晴らしさだ。

 まったくネタを知らずに鑑賞すると、これほど意外性に満ち、終始驚きに振り回される作品も珍しい。誘拐犯相手に、遭遇直後からお付きの少女だけは帰すように交渉を持ちかけるかと思えば、目隠しをされ連れ去られるあいだの車中で誘拐犯の計画の甘さを看破し、代案を持ちかける。こんなに機転の利く“人質”など、これ以前にもこれ以後にも類例が思いつかない。

 そして、この才気走る“人質”の魅力が、そのまま本篇の魅力とも直結している。およそ映画のヒロインとしてはトウが立ちすぎている、と言わざるを得ないおばあちゃんが中心人物だが、並大抵の女優なら蹴散らすくらいにキュートだ。誘拐犯だろうと刑事だろうと臆するところのない、いい意味でも悪い意味でも人を分け隔てしない振る舞いは、天真爛漫でもあり、老獪でもある。なまじっかの小娘では出しきれない魅力は、そのまま彼女が舵取りを務めるようになる誘拐計画にも当てはまる。

 警察と“誘拐犯”の駆け引きが本格化すると、本篇は次第に井狩本部長と、とし子刀自との知恵比べの様相を呈してくる。出だしこそ一風変わっているが、井狩本部長が如何にも切れ者らしい冴えを見せ始める中盤以降の味わいは、往年の探偵小説の様式美“名探偵vs.怪盗”を彷彿とさせるほどだ――この側面を強調すると時として大時代的なムードを帯びてしまうが、本篇のやり口はあまりに鮮やかで、こうした様式美に関心のない人でも魅せられてしまうのは請け合いだ。

 本篇の趣向は決してシンプルに語れるものでもなく、映像的に適しているとも言い難いのだが、それをうまく整頓し、映像的なインパクトをもたらすものに構築している点でも出色だ。誘拐もののハイライトである身代金のやり取りでは、同じ場面を複数の視点で描いて鮮やかさを演出し、最後に遺された謎についても、視覚的に強調する趣向をうまく用いている。

 そしてこの作品の何よりも優れたポイントは、これほど大規模な“犯罪”にも拘わらず、目に見えて傷つけられた人間がほとんどおらず、不快感をまったく残さないことだ。古今東西、様々な犯罪映画が存在するが、これほど大胆不敵で緻密、そして痛快な作品は、それほど例がないし、恐らく今後も無数に現れることはまずないだろう。

 原作自体、ミステリのオールタイム・ベストを集計すると、上位に名前を連ねる作品だが、映画もまた、本邦のミステリ映画のなかで特筆されるべき名作だ、と私は信じて疑わない。題材が日本に根付いていることも含め、世界に誇ってもいい1本である、とさえ思う。

関連作品:

助太刀屋助六

コール

二重誘拐

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アマルフィ 女神の報酬

武士の一分

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