『トールマン』

シネマート六本木、スクリーン1手前に掲示されたポスター。

原題:“The Tall Man” / 監督&脚本:パスカル・ロジェ / 製作:ケヴィン・デウォルト、スコット・ケネディジーン=チャールズ・レヴィ、クレマン・ミザーレ / 製作総指揮:ジェシカ・ビール、他 / 撮影監督:カーメル・デルカウイ / プロダクション・デザイナー:ジャン=アンドレ・キャリエール / 編集:セバスティアン・プランジェール / 衣装:アンガス・ストラシー / 音楽:トッド・ブライアントン / 出演:ジェシカ・ビールジョデル・フェルランド、ウィリアム・B・デイヴィス、スティーヴン・マクハティ、サマンサ・フェリス、コリーン・ウィーラー、イヴ・ハーロウ、ジャネット・ライト、ファーン・ダウニー、ジョン・マン、ティーチ・グラント、ガーウィン・サンフォード、ジャコブ・デヴィーズ / 配給:KING RECORDS

2012年アメリカ、カナダ、フランス合作 / 上映時間:1時間46分 / 日本語字幕:?

2012年11月3日日本公開

公式サイト : http://the-tallman.com/

シネマート六本木にて初見(2012/10/05) ※監督による舞台挨拶つき試写会



[粗筋]

 アメリカでは、毎年多くの子供たちが姿を消す。そのほとんどは2、3日のうちに帰宅、或いは発見され保護されるが、毎年1000人近くが戻らない。

 ワシントン州、都市からほど近い場所にある町コールドロックは、かつて鉱山により栄えていたが、資源が払底して以来、凋落の一途を辿っている。住人の多くは職を失い、明日の暮らしをも知れない状態だった。

 そんな彼らのあいだで、噂になっている都市伝説がある。ときおり現れては、幼い子供を連れ去っていく怪人が存在する、というものだった。その謎の人物は“トールマン”と呼ばれ、恐れられている。

 その晩、亡き夫が経営していた診療所を、看護師ながら切り盛りしていたジュリア(ジェシカ・ビール)が深夜、物音に気づいて階下に向かうと、ベビーシッター代わりのクリスティン(イヴ・ハーロウ)が血を流し、手足を縛られて倒されていた。急いで子供部屋に向かうと、ベッドはもぬけの空。ふたたびクリスティンのもとに戻り、事実を確かめようとした彼女の背後を、子供を抱えた人影が走り去っていった。

 人影は子供をワゴン車に乗せて逃走する。ジュリアは決死の想いで追いすがった――

[感想]

 フランス産ホラー映画『マーターズ』は、観た者の心に深い爪痕を残す、異形の傑作だった。冒頭から繰り出される壮絶な暴力描写、剣呑な空気が醸成する痺れるような恐怖、中盤を過ぎて訪れる逆転と、おぞましい、としか言いようのない結末。ホラー映画の技巧をふんだんに組み込みながらそこに留まらない、圧倒的な作品だった。パスカル・ロジェ監督がすぐにハリウッドから招聘を受け、新作の企画が陸続と持ち上がったのも頷ける話である。

 だが、ハリウッドに進出すると途端に守りに入って、個性を損なってしまう、というのもよく聞く話である。日本産ホラー隆盛のころ、日本人監督がハリウッドに招かれ新作を撮ることが少なくなかったが、やはり個性が削られてしまったり、思ったような映画作りが果たせず、日本に戻ってしまう、という話が多かった。サム・ライミピーター・ジャクソンギレルモ・デル・トロのように、比較的個性を保ったまま大成する例もあるが、海外からハリウッドへ、インディペンデントからメジャーへ、と場を移して成功することはかなり難しい。

 本篇はインディペンデント作品であるし、スタッフの多くはどうやらフランス映画出身のようだが、それでもパスカル・ロジェ監督にとっては海外進出の第一歩である。前例を思うといささか不安も感じるところだが、本篇はそれを見事に乗り越えた、と言っていいと思う。

マーターズ』のイメージで本篇に接すると、次第に戸惑いを覚えるはずだ。『マーターズ』は序盤から慄然とするような暴力描写が組み込まれていたが、あれと比較すると本篇は極めて穏当と言っていい。もし、『マーターズ』でその点を高く評価していたのなら、本篇は或いは期待外れに感じられるかも知れない。

 だが、『マーターズ』が決してそこに価値を見出していたのでもなく、そして決して無意味に容赦のない暴力を描いていたのでもないのと同様、本篇もまた、表現に一切無駄はない。暴力描写が抑えられているのは、その必要がなかったからであり、暴力を際立たせなくとも、『マーターズ』と同じレベルの戦慄をもたらすことが可能なアイディアが存在しているからこそだ。

 この衝撃を体感していただくために、あまり詳述はしないでおくが、『マーターズ』の凄惨極まる物語に辟易した、仄聞するそうした情報ゆえに『マーターズ』を避けていた人でも、本篇は問題なく鑑賞出来る。それでいて、衝撃のレベルは決して落ちていないのだから、むしろ裾野を広げた、という点で本篇にはパスカル・ロジェ監督の成長さえ窺うことが出来るのだ。

 この作品を支えているのは、実は本質的にワン・アイディアに過ぎない。それ故に、観終わった直後にはM・ナイト・シャマラン監督を想起するひともいるだろう――実際、試写会が終わった直後、そういう声が聞こえてきた。しかし――決してシャマラン監督を貶めるつもりはないが、本篇におけるワン・アイディアの活かし方は見事で、いっそ“悪魔じみている”と表現したくなるほどだ。観ているあいだは果てしなく変転するストーリーに幻惑され、最後にはひとつの巨大な衝撃に圧倒されるが、観終わったあとで冷静に検証すると、そのアイディアの軸をいっさいブレさせずに、ドンデン返しを仕込んでいることに気づくはずだ。1本にして数本分のヴォリュームを感じさせる、という意味では『マーターズ』も凄まじかったが、さらに徹底しているのである。

 なるべく観終わったときの興を削がないように留意したいが、ひとつだけどうしても指摘しておきたいのは、作中に登場する、言語障害を患った少女の扱いの驚異的な巧みさだ――どこがどう、とは言わないが、是非とも彼女の存在には注目していただきたい。彼女という視点の存在が、本篇のインパクト、慄然とさせながらも爽快感さえある、奇妙な余韻を膨らませているのだ。

 来日した際にロジェ監督は、本篇のアイディアを、アメリカで実際に目にした行方不明者捜索のポスターから着想したという。そこから掘り下げた悪魔的な発想は、社会派めいた奥行きさえ感じさせる――が、ここで描かれる出来事の是非は、実のところどうでもいい。本篇の素晴らしさは、一点突破で構築された趣向を徹底的に掘り下げ、観客が持っている固定観念を揺るがしかねないスリラーにまで昇華させた、そのこと自体にある。

マーターズ』のような、残酷さ、無慈悲さに支えられた作品ではない。だが、だからこそ断言してもいいように思う――本篇は上質のスリラーであり、観ているあいだよりも観終わったあとにこそ心に爪跡をつける、極上のホラーである。

関連作品:

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